駆け落ちから四年後、元婚約者が戻ってきたんですが

影茸

文字の大きさ
1 / 26

婚約者が駆け落ちしてから Ⅰ

しおりを挟む
「……嘘、ですよね?」

 最初その話をされた時。
 私、マルシアは信じることができなかった。
 たちの悪い冗談だと、そうあってくれと祈りながら私は目の前の人達、伯爵当主夫妻へと視線を向ける。

「すまない。本当のことだ。どの部屋を見ても、シャルルの姿はない。間違いなくあの馬鹿息子、シャルルは失踪……いや、駆け落ちした」

 その瞬間、私がその場に崩れ落ちなかったのは、奇跡だった。
 それほどの衝撃を、私はその言葉に覚えていた。

 ……なぜなら、その駆け落ちしたシャルルとは、私の婚約者なのだから。

 呆然と立ち尽くしながら、私は考える。
 一体なぜ、彼はこんなことをしたのかと。

 確かに、私とシャルルの関係はあくまで政略結婚。
 私の実家であるマルデーン男爵家と、アルタルト伯爵家で幼い頃から決められた婚約者ではあった。
 それでも私は、シャルルの我儘に付き合いながら、それでもよき婚約者であろうとしてきた。
 少なくとも、私はそう思って今まで頑張ってきた。
 だからこそ、突然の婚約者の駆け落ちが私には信じられなかった。

 もちろん、シャルルが平民の女性にちょっかいを出していたことを私は知っていた。
 その上で、私は我慢していたのだ。
 にもかかわらず、その女性とシャルルは駆け落ちしたのだ。

 どうしてなぜ、なにも言わずに。
 それも、こんな結婚を目前にして。
 ……そんな感情におそわれ、私は呆然と立ち尽くすことしかできない。

「本当にごめんなさい、マルシア。シャルルが、どうしようもない息子が……!」

「お義母さま……」

 そんな私を正気に戻したのは、アルタルト伯爵夫人で私の義母にあたる、クリスタ様の悲痛な謝罪だった。
 周囲の目など気にせず、お義母さまは私へと頭を下げる。

 この駆け落ちが衝撃なのは、自分だけではない。

 そんな簡単なことに、私が思い当たったのはその時だった。
 いつもは凛とした伯爵夫人である義母さまの声は、隠しようがないほど震えていた。
 今にも倒れてしまいそうなお義母さまを支えながら、アルタルト伯爵家当主、私の義父にあたるマイヤーズ様も、私へと頭を下げる。

「シャルルは本当に……本当にどう言葉を尽くしてもおわびできないことをしでかしてしまった。これも全て、魔法の才能があるからと甘やかしてしまった私達の責任だ」

 お義父さまの方は、義母さまに比べしっかりとたっている。
 しかし、その顔が蒼白なのは変わりなく、その衝撃の受けようを物語っていた。

 普段目にしない二人の取り乱した姿に驚愕しながらも、同時に私は理解していた。
 そんな二人の態度が仕方ないことであることを。

 ……なぜなら、次期当主であるシャルルが去った今、アルタルト伯爵家は存続の危機にあるのだから。

 シャルルは性格に難があったが、その魔法の才能は歴代伯爵家有数のものだった。
 いや、それだけの才能があったからこそ、性格に問題が生まれてしまったのかもしれないが。
 そして、伯爵家はそのシャルルの才能によって、徐々に力をつけている最中だった。

 ……そんな中で、突然のシャルルの駆け落ちはあまりにも致命的だった。

 今まで伯爵家と付き合おうとしていた貴族達も、肝心のシャルルがいないとなれば離れていくだろう。
 それどころか、突然のことで他の家から恨みを買う可能性も皆無ではない。
 そうなれば、元々裕福な土地を持つ訳でもない伯爵家は一気に寂れていくだろう。

 今から、対処しなければ伯爵家の存続は危うくさえある。
 そんな状況で、こんな風に呆然としている暇などない。
 そう私は自分に喝を入れようとする。

「……だからマルシア、君には婚約をなかったものとし男爵家に戻って欲しい」

 お義父さまが、そう告げたのはその時だった。


 ◇◇◇


 気分転換で書いていた新作のストックが溜まりましたので、短めですが連載させていただきます。
 今日の9時頃にもう1話、更新させていただく予定です。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?

今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。 しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。 が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。 レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。 レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。 ※3/6~ プチ改稿中

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...