駆け落ちから四年後、元婚約者が戻ってきたんですが

影茸

文字の大きさ
2 / 26

婚約者が駆け落ちしてから Ⅱ

しおりを挟む
「何を言っているのですか!?」

 お義父さまの信じられない言葉に、私は思わずそう声を上げていた。
 婚約を破棄して、男爵家に戻る。
 確かに、駆け落ちが判明した今、それは当然の結論かもしれない。

 ……だが、それをすれば伯爵家の先はもうないことを知るが故に、私は声を上げずにはいられなかった。

「この状況で私と、私の実家であるマルデーン男爵家と縁を切ってしまえば伯爵家は……!」

 私の実家であるマルデーン男爵家は豪商上がりの新興貴族だ。
 そのせいで周囲から軽んじられることもあるが、その資金力は相当なものなのだ。
 そのマルデーン男爵家の支援さえ受けられなくなれば、伯爵家の未来はない。
 だが、そんな私の言葉を受けてお義父さまはゆっくりと首を横に振った。

「ありがとう、マルシア。でも、余計な心配だ」

「……っ!」

 まっすぐと私を射抜くお義父さまの視線に、私は思わず口を噤む。
 そんな私に、お義父さまは優しく微笑んだ。

「今まで君は、充分伯爵家に尽くしてくれた。もういい。男爵家に帰れる内に、君は帰るんだ」

 その言葉に、私は何も言い返せなかった。
 そう、私は決してマルデーン男爵家での地位は高くない。
 なぜなら、私は父の愛妾の娘だからだ。
 マルデーン男爵家には、既に正妻と次期当主にあたる義母兄がいて、私は決して必要な存在ではない。
 シャルルが消えた今、そんな私が伯爵家に残ったところで、もはやマルデーン男爵家の支援は受けられないだろう。
 マルデーン男爵家も、他の家と同じようにシャルルの魔法の才につられてきた貴族なのだから。
 私が残ると言っても、伯爵家ごと切り捨てられておしまいだ。

 ……黙ってしまった私を慰めるように、お義父さまは優しく告げる。

「大丈夫だ、マルシア。確かに、シャルルがいないと伯爵家は衰退するだろう。だが、まだ跡取りには弟のルクスがいる。伯爵家は問題などない」

 その言葉に、私は唇を噛み締める。
 確かに、私の義弟となるはずだったルクスは、十三歳にして賢い子供だった。
 我儘だらけだったシャルルと比べ、精神的に成熟していると言えるだろう。
 それに、剣の腕では評価される剣士であり、決して無名ではない。

 ……しかし、シャルルと違って魔法を持たないルクスが次期当主では、支援してくれる家は遥かに少なくなるだろう。

 そうなればあの子は……私に良くしてくれていたルクスは、一体どうなるのだろうか。
 そう考えた瞬間、私の頭に彼の顔が頭に浮かぶ。

 決して蔑まれるような存在ではない。
 けれど兄と比べられ続け、自信を無くしてしまったルクス。
 ……それでも必死に努力を欠かさなかった彼の姿を、私は見てきたのだ。
 その瞬間、私は決断した。

「いえ、決めました。私は伯爵家に残ります」

「……なっ!?」

 私の宣言に、お義父さまが言葉を失う。
 今まで呆然としていたお義母さまも、私の肩に手をかけて告げる。

「何を言っているの! そんなことすれば、貴女は男爵家でなくなってしまうわ! そんなことはダメよ。これは全て、私達の責任なのだから……」

 そのお義母さまの言葉に、私は頭を横に振った。

「いえ、いいのです。どうせ戻っても、私には男爵家に居場所なんてありません。もちろん私がいても、男爵家の支援は受けられませんが、私には父から学んだ商売の知識があります」

 私は決して父を尊敬してはいないし、好きでもない。
 ただ一つ感謝していることがあるとすれば、それはこの知識を与えてくれたことだった。
 このお陰で、私は少しでも伯爵家の力になれる。
 自分が折れないと暗に告げるように、私はまっすぐとお義母さまの目を見つめる。

「でも、そんな……」

「そうだ。君を巻き込んでしまうのだけは……」

 それでも、お義母さまもお義父さまもすぐに顔を縦に振ることはなかった。
 そんな二人に、私は止めとなる言葉を告げる。

「全ては覚悟の上です。だから、どうか私を家に置いてくださいませんか? ──全ては、ルクスの未来のために」

 くしゃり、と二人の顔が歪んだのはその時だった。
 その表情は、二人がルクスを巻き込んでしまうことに罪悪感を覚えていることを。

 ──ルクスを息子として、愛していることを物語っていた。

 それから数分後、苦悶した表情で二人は口を開いた。

「……本当にすまない。マルシア、どうか伯爵家に残ってほしい」

「本当にごめんなさい、マルシア」

 罪悪感を顔に浮かべながら、泣きそうな表情で告げるお義父さまとお義母さま。

「いえ、全ては私が決めたことですから」

 その二人にそう返しながら、私は決める。

 ルクスだけではなく、この優しすぎる二人も何とかして救ってみせると。

 ……それが私、マルシアが苦難の日々を生きることを決めた日だった。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?

今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。 しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。 が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。 レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。 レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。 ※3/6~ プチ改稿中

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...