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謎の女性 Ⅶ
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「っ!」
自分の心に気づいた時、私は反射的に唇をかみしめていた。
私はなにを考えているのだと。
確かに、アイラは同情できる身の上ではある。
しかし、彼女の要求を聞くことは、シャルルをこの屋敷に入れることにつながる。
そんなこと、許される訳がなかった。
……正直、一度もこの家に戻す選択を考えなかった訳ではない。
泣きながら私達に謝るお義母様の姿。
それを見たシャルルがどう思うか、それ次第によっては一度だけチャンスを上げてもいいかもしれない。
そんな考えが私の中にも存在しない訳ではなかった。
もちろん、それは楽な役目を与えるわけではない。
むしろ屈辱的な雑用で、だからこそそれでどのような対応を取るかで、シャルルの今後を判断する。
しかしそれは、こんな情に流されるような形で判断することではない。
もっと、様々な人間と話し合ってするべき判断で。
──私達のことは気にせず、好きにしてくれていいのよ。
「……っ」
その言葉を思い出してしまったのは、その最中だった。
それは、お二人が私とルクスにくれた言葉。
よりにもよって、このタイミングで思い出してしまうなんて。
私は自分を責めながら、その言葉を自分の胸に納めようとして。
……けれど、できなかった。
「ああ、もう!」
貴族の女性として許されないような乱雑な足取りで、私は抑えられたアイラの前に立つ。
「彼女を離して頂戴」
「いや、しかし……」
「彼女の先天魔法は魅了だけでそれ以外は脅威にはならないわ。いいから離して」
私の言葉に、魔術師は少しの間躊躇する。
しかし、すぐにため息をつくとアイラを離した。
「……っ! ごほ」
自由の身になったアイラは苦しそうに数回咳をする。
けれどその最中も、私から目を離すことはなかった。
「マルシア、様?」
解放されたアイラが浮かべる驚きを隠せない表情に、私は再度自分を責める。
相手の方が困惑するようなことをするなど、本当に自分はなにをしているのだろうかと。
しかし、そんなことを言ってもどうしようもないことを私はよく理解していた。
……何せ、自分がこういう人間を見捨てられないことも、遙か前からよく理解していたことなのだから。
「良いわ。貴女の頼みを聞いてあげる。シャルルにもう一度チャンスをあげれるか掛け合ってみましょう。もちろん話が受け入れられても、雑用からではあるけど」
「っ!?」
諦めの広がっていたアイラの顔に、血色が戻ったのはその瞬間だった。
しかし、間髪入れず私は告げる。
「けれど、もちろん貴女にはその代償を払ってもらうわ」
喜色が広がっていたアイラの顔が、真剣なものに変わったのはその時だった。
それも気にせず、私は続ける。
「従業員とはいえ、今のこの家にシャルルを入れるのには多大なるリスクがつきまとうわ。外からの評判を聞いていると言うなら、貴女もその話は知っているわよね?」
「……はい」
私の言葉に、アイラがこくりと首を縦に振る。
今のこの街は、機密の固まりだ。
従業員とはいえ、数多くの診査を持って迎え入れる必要があり、とてもシャルルがその信用に足るなど私は思えなかった。
「だから、貴女にはシャルルをこの家に入れるだけの働きをしてもらうことになるわ」
その私の言葉に、少しの間アイラからの返答はなかった。
だが、その沈黙の後に顔をあげたアイラの表情には、強い決意が浮かんでいた。
「分かりました。彼の為になるのなら、私はどうなっても構いません」
その言葉の覚悟を理解した私は、ゆっくりと頷く。
そして、告げた。
「その言葉、忘れないように。──では、取り急ぎ貴女には魔術師になってもらいます」
「は、はい。……え?」
アイラの顔から悲壮な覚悟がはがれおちたのは、その瞬間だった。
自分の心に気づいた時、私は反射的に唇をかみしめていた。
私はなにを考えているのだと。
確かに、アイラは同情できる身の上ではある。
しかし、彼女の要求を聞くことは、シャルルをこの屋敷に入れることにつながる。
そんなこと、許される訳がなかった。
……正直、一度もこの家に戻す選択を考えなかった訳ではない。
泣きながら私達に謝るお義母様の姿。
それを見たシャルルがどう思うか、それ次第によっては一度だけチャンスを上げてもいいかもしれない。
そんな考えが私の中にも存在しない訳ではなかった。
もちろん、それは楽な役目を与えるわけではない。
むしろ屈辱的な雑用で、だからこそそれでどのような対応を取るかで、シャルルの今後を判断する。
しかしそれは、こんな情に流されるような形で判断することではない。
もっと、様々な人間と話し合ってするべき判断で。
──私達のことは気にせず、好きにしてくれていいのよ。
「……っ」
その言葉を思い出してしまったのは、その最中だった。
それは、お二人が私とルクスにくれた言葉。
よりにもよって、このタイミングで思い出してしまうなんて。
私は自分を責めながら、その言葉を自分の胸に納めようとして。
……けれど、できなかった。
「ああ、もう!」
貴族の女性として許されないような乱雑な足取りで、私は抑えられたアイラの前に立つ。
「彼女を離して頂戴」
「いや、しかし……」
「彼女の先天魔法は魅了だけでそれ以外は脅威にはならないわ。いいから離して」
私の言葉に、魔術師は少しの間躊躇する。
しかし、すぐにため息をつくとアイラを離した。
「……っ! ごほ」
自由の身になったアイラは苦しそうに数回咳をする。
けれどその最中も、私から目を離すことはなかった。
「マルシア、様?」
解放されたアイラが浮かべる驚きを隠せない表情に、私は再度自分を責める。
相手の方が困惑するようなことをするなど、本当に自分はなにをしているのだろうかと。
しかし、そんなことを言ってもどうしようもないことを私はよく理解していた。
……何せ、自分がこういう人間を見捨てられないことも、遙か前からよく理解していたことなのだから。
「良いわ。貴女の頼みを聞いてあげる。シャルルにもう一度チャンスをあげれるか掛け合ってみましょう。もちろん話が受け入れられても、雑用からではあるけど」
「っ!?」
諦めの広がっていたアイラの顔に、血色が戻ったのはその瞬間だった。
しかし、間髪入れず私は告げる。
「けれど、もちろん貴女にはその代償を払ってもらうわ」
喜色が広がっていたアイラの顔が、真剣なものに変わったのはその時だった。
それも気にせず、私は続ける。
「従業員とはいえ、今のこの家にシャルルを入れるのには多大なるリスクがつきまとうわ。外からの評判を聞いていると言うなら、貴女もその話は知っているわよね?」
「……はい」
私の言葉に、アイラがこくりと首を縦に振る。
今のこの街は、機密の固まりだ。
従業員とはいえ、数多くの診査を持って迎え入れる必要があり、とてもシャルルがその信用に足るなど私は思えなかった。
「だから、貴女にはシャルルをこの家に入れるだけの働きをしてもらうことになるわ」
その私の言葉に、少しの間アイラからの返答はなかった。
だが、その沈黙の後に顔をあげたアイラの表情には、強い決意が浮かんでいた。
「分かりました。彼の為になるのなら、私はどうなっても構いません」
その言葉の覚悟を理解した私は、ゆっくりと頷く。
そして、告げた。
「その言葉、忘れないように。──では、取り急ぎ貴女には魔術師になってもらいます」
「は、はい。……え?」
アイラの顔から悲壮な覚悟がはがれおちたのは、その瞬間だった。
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