裏切り者、そう呼ばれた令嬢は

第14話 マーリス目線

 「貴様っ！」

 数秒の硬直の後、平民の男の言葉を理解した私の胸に浮かんだのは、激しい怒りだった。
 私は、その怒気をぶつけるように男を睨みつける。

 「……何を怒っている？自身のしたことがどれだけ悪劣なのか、理解できなかったとでも言うつもりか？」

 だが、睨みつけられていてもなお、男はまるで動揺を表すことはなかった。
 それどころか、本気で不思議そうにそう私に尋ねてくる。

 ……その態度は、男が本気で私のことをそう考えている何よりの証拠だった。

 それを理解し私は、平民でありながら自分の意に添わぬ目の前の男に対し、激しい苛立ちを覚える。
 先程まで、目の前の男を利用出来ると考えていたからこそ、その男に嘲られる現状に堪え難い屈辱を覚える。

 「平民如きが、自分が何を口にしているのか理解できていないのか？もう残り少ない命であることにも気づかない馬鹿が！」

 そして私は、荒ぶる感情に背を押されるまま、口を開いていた。
 その時の私は、本来であれば口にすべきでない言葉さえ、判断できないほど頭に血が上っていた。
 男の顔を恐怖で歪めさせてやる、その光景を想像して嗜虐的に笑いながら、私はさらに言葉を重ねる。

 「お前は本当に自分が無事に帰られると思っていたのか？そんな訳がある訳ない。お前は後数日の命だ！サラリアの冤罪がばれないように、お前は後数日で殺される！いや、私がお前を殺すのだ！」

 そう言い切った私は、次の瞬間にでも男が命乞いをし始めることを疑っていなかった。
 本来ならば、私とマルシェとの婚約までに男を殺すわけにいかない今、男に直接殺害予告をするなど、愚行でしかない。
 そのことさえ頭から忘れ、私は笑う。
 ただ、自分に暴言を吐いた男を絶望させること、それだけに執着して。

 「ここまで来れば、もう十分か」

 「なっ！」

 しかし、ここまで脅してもなお、男の様子にはまるで変わりはなかった。
 それどころか、男の声の中にはどこか気分が高揚しているのか、弾んだような響きがある。
 そのことに私が疑問を抱くその前に、男は自分の顔を隠す帽子へと手にかけた。
 その時、私は気づく。
 男の顔を隠すその黒い帽子だけは、男の身にまとう服と比べ、地味ながらも非常に高級品であることに。
 ……けれど、今更そのことに気づいても、全てが手遅れでしかなかった。

 「そういえば未だ名乗っていなかったな」

 「…………え？」

 そのことに私は、次の瞬間、つまり、男が帽子を脱ぎ顔を露わにした時、気づく。

 「この国の第二王子、ライフォードだ」

 ── その下に露わになった見覚えのある顔を目にして。

 平民の服にどこか場違いな感覚を覚えるほど、整った顔、それに私が何が起きたかわからず一瞬硬直する。
 そんな私に、ライフォード様は場違いな笑顔を浮かべて口を開く。

 「平民如きなら、貴族に意見することもできないのか。それなら、伯爵貴族如きのお前に聞きたい。──自分が何を口にしたか理解出来ているか？」

 「…………っ！」

 次の瞬間、そのライフォード様の言葉に、ようやく現在の状況を把握した私の顔から、血の気が引いた。