裏切り者、そう呼ばれた令嬢は

第20話 ライフォード目線

 「そ、そんなこと、許される訳が無い！」

 今まで震えていたはずのマーリスが、そう叫んだのは次の瞬間のことだった。
 まさか、恐怖に震えるマーリスが口を開くと思わなかった私はそのマーリスの言葉に驚きを覚えるとともに、その驚きで頭が少し冷えるのが分かる。

 たしかにマーリの言葉は正論そのものだった。
 幾ら名前が上がったとはいえ、サラリアはあくまで伯爵令嬢。
 私が彼女との婚姻を考えれば、他の貴族達は黙っていないだろう。
 特にサラリアよりも高位の貴族達は尚更。


 だがそんなこと、今までに比べればまるで取るに足らない障害でしかなかった。


 「それはお前が決めることでは無いだろう」

 だから私はそうマーリスへと笑いかける。
 貴族達の妨害も全て、サラリアを得るためならば叩き潰してみせる。
 身を守るために必死に過ごしているうち手にした力、それを使うのはここ以外あり得ない。

 そう考えた私は、まずサラリアの悪評を拭うことに決め、マーリスへと笑いかけた。

 「そういえば数日後に貴様は結婚する予定だったか。──ならばその時にサラリアの冤罪を晴らせ」

 「っ！」

 その言葉に、マーリスは言葉を失う。

 「ま、待ってください！そ、それだけは……」

 しかし、それはほんの数秒の間だけのものだった。
 マーリスは瞬時に身体を翻し、頭を床につけて言葉を重ねる。

 「王子の殺害未遂として、この場で処刑してもいいんだが？」

 「ぐっ！」

 そのマーリスの嘆願を、私はそれだけ告げて拒否した。

 正直なことを言わせて貰えば、私はこの場で殺したいと思えるほど、マーリスに憎しみを覚えている。
 けれど、そうした場合サラリアの噂は消えない。
 サラリアは自分の婚約者を裏切り浮気にした人間だと、貴族社会に広まってしまう。

 だからこそ、私は敢えてマーリスにサラリアの冤罪を自らの口で晴らせることにしたのだ。
 貶められたサラリアの名誉を回復するために。

 それに、サラリアの冤罪について明らかになれば、マーリスの命は無くならないだろうが、貴族マーリスとしての命は無くなったも同然になるだろう。
 当たり前だが、ここまで卑劣なことをした貴族を貴族社会が受け入れる訳が無いのだから。

 だとしたら、今から気にしなければならないのは、サラリアを婚約者にしようとした際の他の貴族の動向だ。

 「拒否しようが自由だが、命と釣り合うかどうかは考えてから行動しろ」

 そう判断した私は、最後にそうマーリスに念を押してその部屋を後にした。