生贄令嬢は竜神に溺愛される

影茸

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第20話 竜神

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 竜神、それは王国で今最も恐れられている存在だった。
 事の始まりは数十年前に起きたと言われる魔境の氾濫。
 魔境にいる魔獣達が突如として凶暴化して王国へと襲いかかったのだ。
 その時、王国はこの魔獣達を鎮圧するために兵を挙げた。
 それから魔獣と人間の間で激しい戦いが繰り広げられた。
 その結果最終的に王国を守ることはできた。

 ……だが、魔獣を追い払い王都へと帰還した将軍達の顔には恐怖により青ざめていた。

 その将軍達の態度に最初勝利に浮かれていた民衆達は疑問を覚えた。
 魔獣を追い払い王都を守り抜いた将軍達はまぎれもない英雄で、誇ったとしても誰も責めることなんてない。
 なのに何故、将軍達は喜ぶどころか震えているのかと。

 「……あれは竜神だった」

 けれども、その民衆達に対して将軍は告げたのはその一言だった。
 確かに竜種は強大な力を持ち、恐れられる存在ではあるが、魔境の魔物はそれに比肩する力を持つ。
 その魔物を退けたにもかかわらず、今更竜種に恐れ慄くなんてこの将軍は腰抜けだったのだろうか。
 なんて噂も民衆の中に広がった。

 ーーー けれども、その数日後に民衆達の認識を覆す知らせが王都で公開された。

 それは、広大な領土が焼き払われた魔境の有様だった。
 魔境の植物は魔力を浴びているせいで、準魔獣化していると言われる。
 そしてその植物は強大な毒を有し、そこらの雑草でも丈夫な鋼の剣でなければ刃がただない強靭さを有する。
 もちろん、そんな植物が燃やしやすいなんてことはなく、通常の十倍もの火力が無ければ火をつけるのは不可能だと言われている。
 しかも、魔境の魔獣の中には水を自在に操れる者もおり、だからこそ幾ら火の魔術が使える魔物が争っても、魔境で火の手が上がることなど無かった。

 ……けれども、その魔境の一部は焼き払われて無残な姿を見ていた。

 その時ようやく民衆達は将軍達が何故恐怖に震えていたのかを悟った。
 確かに将軍達は魔境の魔獣を追い払った。
 ……けれども、その魔獣など比にならない存在が魔境の中にはいるのだ。


 それこそが、王国で竜神の存在が広がり始めた最初の出来事。
 竜神の存在は今や、王国では恐怖の対象として恐れられている。

 「………え?」

 だからこそ、私はアルフォートが告げた言葉の意味を最初理解することさえ出来なかった……




 ◇◆◇





 目の前で寂しそうに笑うアルフォート。
 その何もかも諦めたような表情にようやく私はアルフォートが何を言ったのかを理解する。
 ……けれども、未だ私はアルフォートの言葉を信じられずにいた。
 確かにアルフォートは人に壁があり、正直人付き合いが上手いとは言えない。
 だが、そんなことが些細な問題に思えるほどアルフォートは心優しい人間だった。
 私はそのことをこの家での生活で確信していた。
 だからこそ、そんなものは冗談だろうと判断して、私はアルフォートの言葉を笑い飛ばそうとして。

 「……嘘じゃない」

 「ーーーっ!」

 しかし、突然アルフォートから発せられた何かに私は言葉を失った。
 その溢れ出す何か、それは目の前の彼が神だとそう言われても信じてしまいそうな何らかの力だった。
 そしてその力が桁外れな魔力であることを私は理解した次の瞬間、私はその場に崩れ落ちていた。

 「……本当に君は優しいな。私が竜神であることを知っていながら、それでも敢えて何も考えようとはしなかった」

 膨大な魔力に、思わず膝をついた私の姿を見て、アルフォートは達観した目で笑った。
 その彼の言葉に私の中で必死に思い出さないようにしていた記憶が蘇る。
 それは、私をアルフォートが救ってくれた時の記憶。
 本来ならば個人で使うことができるはずのない大魔術を軽々と扱って見せたアルフォートの姿。
 その姿を思い出した瞬間、もう私は自分を誤魔化せなくなる。

 アルフォートは竜神と呼ばれるだけの力を有しているだと。

 ……そしてそのことを理解した瞬間、思わず私は口を開いていた。
 私の口が持ち上げられていた瞬間、アルフォートの顔から表情が消え、私の胸に罪悪感が走った。
 開いた口から発せられようとしているのは私が今まで必死に抑え込んでいた感情。
 この状況では決して言ってはならないと、そう必死に堪えていた言葉。

 ……だが、もう限界だった。

 だから、私は果てしない罪悪感に心を蝕まれながらも、言葉を発す。

 「……あ、あの、重いんでこの魔力みたいなのしまってもらって良いですか?」

 「………え?」

 ……その瞬間、今までこの部屋を覆っていたシリアスな空気は空の彼方に消え去った。
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