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13.下層という地獄
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隠密がサイクロプスに通用するとして、僕が立てた対策は決して隠密をしたまま傷口を何度も切りつけて足を切り取る、ということではない。
そう考えていると、サイクロプスに思わせることだった。
そして本当に狙っていたのは、恐らく傷口の近くに拳を振りと落とすだろう、サイクロプスの腕をつたっての放つ首元への致命傷。
正直、確実性で言えば足を奪い、それからじわじわとサイクロプスを戦闘不能に押し込んだ方が良かったのだろう。
だが、それでは先に体力が尽きるという確信が僕にはあった。
だから僕は酷く賭けの要素が強いことを知りながら、サイクロプスを一撃で仕留める方法を選び、
「うぉぉぉぉおおお!」
「Gya!?」
そしてその最初の賭けは成功した。
無事サイクロプスは僕の望み通り腕を振り下ろしたのだ。
「っ!」
だが、その時賭けの成功によって感じた安堵はサイクロプスの腕の上に足を踏み出した途端、跡形もなく消え去った。
ー っ!足場が思った以上に悪い!
巨人の腕の上を走り抜ける、そんな経験なんて僕はしたことない。
だから考えていなかったが、想像以上にサイクロプスの腕の上はバランスが取りにくかったこだ。
腕は思ったよりも急斜面で、滑り落ちれば折角の好機を失うことになる。
「くそっ!」
だが、躊躇している方がもっと貴重な時間を失うことになると気づき僕はやけくそ気味に足を踏み出す。
そして僕は地面とは違う、ガタガタした足場を走り始める。
サイクロプスの腕の長さはせいぜい5メートル程度、つまり直ぐに駆け抜けられる程の長さでしかない。
だが、その時何故か時間がゆっくりになったように感じる。
腕の上では酷くバランスが取りづらく、少しでも足を踏み外せば僕は千載一遇のチャンスを逃すこととなる。
そしてそのプレッシャーが更に僕の足を狂わせる。
しかも、危険なのはそれだけではない。
今サイクロプスが正気に戻り僕をはたき落とせばそれで僕は終わりだ。
腕の上というこの狭い範囲の中では回避もままならない。
そもそも今僕がこの腕の上を駆け抜けて行けるのも、暗殺者の才能の身体能力補正のお陰に過ぎないのだ。
「っ!」
だが、それでも僕は足を止めることはなかった。
足が滑りるかもしれないという恐怖が常に頭に過ぎり、身体の傷は泣きそうなくらいに自己主張してくる。
けれども、ここで止まってしまったらもうチャンスはないことを悟り、僕は絶対に成功させるという思いだけを胸に腕を駆け上がる。
「Gya!?」
ーーーそして、ようやく僕は腕を登りきった。
現実では一瞬だったとしても、体感では1時間をも超える綱渡り。
それを乗り越え、僕は片手で力強く握っていた剣にもう片方の手を添え、大きく振りかぶって肩から跳ぶ。
そしてその時にはもう僕の心には恐怖はなかった。
ー タイミングが少しでもズレれば……
ー 一撃で倒しきれなければ……
様々な不安が頭を過るのが分かる。
だが、その時頭を占めていたのはただ次の一撃に全てを込めるというそれだけだった。
「はぁぁぁぁあ!」
「Gyaaaaa!」
そして空中で僕とサイクロプスの視線が交差し、
次の瞬間、斜めに振り落とされた斬撃がサイクロプスの喉を抉った……
振り下ろした剣はまるで吸い込まれるかのようにサイクロプスの喉に吸い込まれていった。
そしてあれだけ硬かったはずの表皮をいとも容易く切り裂き、周囲に青い血が噴き出す。
それは確かめるまでもなく、もう助かることはできない致命傷だった。
「しゃっ!」
僕は青い返り血を浴びながら、この死闘を制したことを悟り笑う。
途中、何度も死にそうになって、それでも必死に足掻いて手にした勝利。
その達成感が身体を満たして行き、だから僕は気づいていなかった。
「Gyaaa!」
「っ!」
まだ、勝負は終わっていなかったということを。
喉を切り裂かれ、どんな強靭な人間でも即死の傷をサイクロプスは負ったはずなのにその目にはまだ光があった。
そしてそのことに僕が気づいた時にはもう手遅れだった。
空中に勝負は決まったと確信し、無防備な体勢で浮かんでいる僕をサイクロプスの腕が薙ぎ払った。
「あがっ!」
その瞬間、僕は身体の中の何処か致命的な所が切れたのを悟る。
必死に足掻いて、そして最後に待っていたのはこんなどうしようもない結果。
薙ぎ払われ吹っ飛んだ僕は壁にぶち当たり、キラキラと光る何かに仰向けに落ちる。
「ちく、しょう!」
そして僕は身体に何故か浮遊感を感じながら最後にそう、一言漏らして意識を手放した………
「っ、」
僕が意識を取り戻した時、身体を包んでいたのは何か暖かい感覚だった。
そしてその心地よい感覚に浸りながら僕は何が起きたかをぼんやりと考え、
「っ!」
飛び起きた。
「ここは……」
目を開くとそこはキラキラと光る泉の中だった。
最初落ち時の泉とは比較にならない程の深度の、膝くらいの高さの泉。
だがその泉の水は何故か光っていて、その光に違和感を感じた僕はこの場を去ろうと立ち上がる。
「傷が、ない!?」
そして立ち上がり、僕は驚愕の声をあげた。
今までサイクロプスと戦いで散々つけられた傷は何故か跡形もなく消えていた。
しかも騎士達によってヒビが入れられた手も完治していて、僕は戸惑う。
「何が……疲労さえも感じないし……」
何故突然こんな奇跡が起きたのか、僕は分からず首を捻る。
確かに身体にはサイクロプスを倒したからか、少し身体が強化されているのが伝わってくる。
しかしそれは本当に少しだけの強化。
熟練の武闘家である僕が身体を動かして、少し違和感を感じて分かる程度のもの。
正直、あれだけの死闘を経てこれだけの強化と、文句を言いたくなる程のしょぼいものでしかないのだ。
そしてそんな身体の強化に傷を完治させる効果などあるはずが無い。
「つまり、原因として考えられるのはこれか……」
僕はそう呟き、光る水を手で掬ってみる。
するとその水からは何か力のようなものを感じ、思い切って口に含んでみると、身体に力が溢れてくるのが分かる。
「うん、これみたい」
僕が調べた限りではこの水の情報なんて見たことは無かったのだが、まぁ、下層には新しい発見が山ほどあるということか。
僕はそう判断して一先ず水のことは置いておくことに決める。
正直、今はこの階層から向け出すのが先で、
「っ!地図がない!」
そしてその時僕は騎士の懐から拝借した地図が無くなっていることに気づく。
一瞬、そのことに頭が真っ白になるが、泉の向こう側の地面にそれらしき紙が落ちているのに気づき安堵の息をつく。
「良かった。地図であってる……」
その地図を見て、僕はこの下層は上層に繋がる転移陣があり、そしてここからその転移陣までは一直線に繋がっていることを悟る。
「やっとここから抜け出せる……」
僕は思ったよりもこの場所が入り組んでいないことを知り、上層への道が見えてきたと笑う。
そして僕は顔を上げて歩き出そうとして、
「っ!」
目の前の惨状に言葉を失った。
「Gyaaa!」
「Ruuuu!」
目の前に広がっていたのは、あのサイクロプスにも劣らない迫力と威圧感を持った化け物達の殺し合いだった。
しかも、それは一箇所だけでなく様々な場所で同時に行われている。
「やばいやばい!」
そしてその目の前の惨状を見て軽いパニックに陥っていた僕は気づいていなかった。
もっとも気にかけないとならないのは目の前の光景でなく、背後であるということに。
「いっ!」
そしてそのことに背後に下がろうとして何か硬いものにぶつかった僕はようやく気づく。
「竜!?」
背後にいたのはあのサイクロプスでさえ雑魚に思えるプレッシャーを放つ、大きな爬虫類のような魔物。
竜は怯える僕に対して嘲笑うかのように口角を上げてみせる。
「RAAA!」
「っ!」
そして咆哮をあげた。
その咆哮を真っ正面から浴びた僕は腰を抜かしへたり込む。
「え、?」
だが、背後の光景を見て言葉を失った。
そこにはいつの間にか全ての戦闘が終わっていた。
そして、戦闘を行なっていた全ての魔物は僕のことを見つめていた。
「いっ!」
僕はようやく竜の咆哮は魔物の視線を僕に集めるものであることに気づき、飛び起き逃げ出す。
「Ruuuu!」
「Gyaaa!」
次の瞬間、僕の行動は最悪の逃亡劇の合図となり、化け物共が僕に向かって一斉に僕目掛けて走り始める。
「ぁぁぁぁぁぁあああ!」
ーーーそしてその光景に、僕の心がポッキリと折れたのが分かった。
そんな僕に向けて魔物達が奪い合うように飛びかかってきて、
地獄が始まった。
そう考えていると、サイクロプスに思わせることだった。
そして本当に狙っていたのは、恐らく傷口の近くに拳を振りと落とすだろう、サイクロプスの腕をつたっての放つ首元への致命傷。
正直、確実性で言えば足を奪い、それからじわじわとサイクロプスを戦闘不能に押し込んだ方が良かったのだろう。
だが、それでは先に体力が尽きるという確信が僕にはあった。
だから僕は酷く賭けの要素が強いことを知りながら、サイクロプスを一撃で仕留める方法を選び、
「うぉぉぉぉおおお!」
「Gya!?」
そしてその最初の賭けは成功した。
無事サイクロプスは僕の望み通り腕を振り下ろしたのだ。
「っ!」
だが、その時賭けの成功によって感じた安堵はサイクロプスの腕の上に足を踏み出した途端、跡形もなく消え去った。
ー っ!足場が思った以上に悪い!
巨人の腕の上を走り抜ける、そんな経験なんて僕はしたことない。
だから考えていなかったが、想像以上にサイクロプスの腕の上はバランスが取りにくかったこだ。
腕は思ったよりも急斜面で、滑り落ちれば折角の好機を失うことになる。
「くそっ!」
だが、躊躇している方がもっと貴重な時間を失うことになると気づき僕はやけくそ気味に足を踏み出す。
そして僕は地面とは違う、ガタガタした足場を走り始める。
サイクロプスの腕の長さはせいぜい5メートル程度、つまり直ぐに駆け抜けられる程の長さでしかない。
だが、その時何故か時間がゆっくりになったように感じる。
腕の上では酷くバランスが取りづらく、少しでも足を踏み外せば僕は千載一遇のチャンスを逃すこととなる。
そしてそのプレッシャーが更に僕の足を狂わせる。
しかも、危険なのはそれだけではない。
今サイクロプスが正気に戻り僕をはたき落とせばそれで僕は終わりだ。
腕の上というこの狭い範囲の中では回避もままならない。
そもそも今僕がこの腕の上を駆け抜けて行けるのも、暗殺者の才能の身体能力補正のお陰に過ぎないのだ。
「っ!」
だが、それでも僕は足を止めることはなかった。
足が滑りるかもしれないという恐怖が常に頭に過ぎり、身体の傷は泣きそうなくらいに自己主張してくる。
けれども、ここで止まってしまったらもうチャンスはないことを悟り、僕は絶対に成功させるという思いだけを胸に腕を駆け上がる。
「Gya!?」
ーーーそして、ようやく僕は腕を登りきった。
現実では一瞬だったとしても、体感では1時間をも超える綱渡り。
それを乗り越え、僕は片手で力強く握っていた剣にもう片方の手を添え、大きく振りかぶって肩から跳ぶ。
そしてその時にはもう僕の心には恐怖はなかった。
ー タイミングが少しでもズレれば……
ー 一撃で倒しきれなければ……
様々な不安が頭を過るのが分かる。
だが、その時頭を占めていたのはただ次の一撃に全てを込めるというそれだけだった。
「はぁぁぁぁあ!」
「Gyaaaaa!」
そして空中で僕とサイクロプスの視線が交差し、
次の瞬間、斜めに振り落とされた斬撃がサイクロプスの喉を抉った……
振り下ろした剣はまるで吸い込まれるかのようにサイクロプスの喉に吸い込まれていった。
そしてあれだけ硬かったはずの表皮をいとも容易く切り裂き、周囲に青い血が噴き出す。
それは確かめるまでもなく、もう助かることはできない致命傷だった。
「しゃっ!」
僕は青い返り血を浴びながら、この死闘を制したことを悟り笑う。
途中、何度も死にそうになって、それでも必死に足掻いて手にした勝利。
その達成感が身体を満たして行き、だから僕は気づいていなかった。
「Gyaaa!」
「っ!」
まだ、勝負は終わっていなかったということを。
喉を切り裂かれ、どんな強靭な人間でも即死の傷をサイクロプスは負ったはずなのにその目にはまだ光があった。
そしてそのことに僕が気づいた時にはもう手遅れだった。
空中に勝負は決まったと確信し、無防備な体勢で浮かんでいる僕をサイクロプスの腕が薙ぎ払った。
「あがっ!」
その瞬間、僕は身体の中の何処か致命的な所が切れたのを悟る。
必死に足掻いて、そして最後に待っていたのはこんなどうしようもない結果。
薙ぎ払われ吹っ飛んだ僕は壁にぶち当たり、キラキラと光る何かに仰向けに落ちる。
「ちく、しょう!」
そして僕は身体に何故か浮遊感を感じながら最後にそう、一言漏らして意識を手放した………
「っ、」
僕が意識を取り戻した時、身体を包んでいたのは何か暖かい感覚だった。
そしてその心地よい感覚に浸りながら僕は何が起きたかをぼんやりと考え、
「っ!」
飛び起きた。
「ここは……」
目を開くとそこはキラキラと光る泉の中だった。
最初落ち時の泉とは比較にならない程の深度の、膝くらいの高さの泉。
だがその泉の水は何故か光っていて、その光に違和感を感じた僕はこの場を去ろうと立ち上がる。
「傷が、ない!?」
そして立ち上がり、僕は驚愕の声をあげた。
今までサイクロプスと戦いで散々つけられた傷は何故か跡形もなく消えていた。
しかも騎士達によってヒビが入れられた手も完治していて、僕は戸惑う。
「何が……疲労さえも感じないし……」
何故突然こんな奇跡が起きたのか、僕は分からず首を捻る。
確かに身体にはサイクロプスを倒したからか、少し身体が強化されているのが伝わってくる。
しかしそれは本当に少しだけの強化。
熟練の武闘家である僕が身体を動かして、少し違和感を感じて分かる程度のもの。
正直、あれだけの死闘を経てこれだけの強化と、文句を言いたくなる程のしょぼいものでしかないのだ。
そしてそんな身体の強化に傷を完治させる効果などあるはずが無い。
「つまり、原因として考えられるのはこれか……」
僕はそう呟き、光る水を手で掬ってみる。
するとその水からは何か力のようなものを感じ、思い切って口に含んでみると、身体に力が溢れてくるのが分かる。
「うん、これみたい」
僕が調べた限りではこの水の情報なんて見たことは無かったのだが、まぁ、下層には新しい発見が山ほどあるということか。
僕はそう判断して一先ず水のことは置いておくことに決める。
正直、今はこの階層から向け出すのが先で、
「っ!地図がない!」
そしてその時僕は騎士の懐から拝借した地図が無くなっていることに気づく。
一瞬、そのことに頭が真っ白になるが、泉の向こう側の地面にそれらしき紙が落ちているのに気づき安堵の息をつく。
「良かった。地図であってる……」
その地図を見て、僕はこの下層は上層に繋がる転移陣があり、そしてここからその転移陣までは一直線に繋がっていることを悟る。
「やっとここから抜け出せる……」
僕は思ったよりもこの場所が入り組んでいないことを知り、上層への道が見えてきたと笑う。
そして僕は顔を上げて歩き出そうとして、
「っ!」
目の前の惨状に言葉を失った。
「Gyaaa!」
「Ruuuu!」
目の前に広がっていたのは、あのサイクロプスにも劣らない迫力と威圧感を持った化け物達の殺し合いだった。
しかも、それは一箇所だけでなく様々な場所で同時に行われている。
「やばいやばい!」
そしてその目の前の惨状を見て軽いパニックに陥っていた僕は気づいていなかった。
もっとも気にかけないとならないのは目の前の光景でなく、背後であるということに。
「いっ!」
そしてそのことに背後に下がろうとして何か硬いものにぶつかった僕はようやく気づく。
「竜!?」
背後にいたのはあのサイクロプスでさえ雑魚に思えるプレッシャーを放つ、大きな爬虫類のような魔物。
竜は怯える僕に対して嘲笑うかのように口角を上げてみせる。
「RAAA!」
「っ!」
そして咆哮をあげた。
その咆哮を真っ正面から浴びた僕は腰を抜かしへたり込む。
「え、?」
だが、背後の光景を見て言葉を失った。
そこにはいつの間にか全ての戦闘が終わっていた。
そして、戦闘を行なっていた全ての魔物は僕のことを見つめていた。
「いっ!」
僕はようやく竜の咆哮は魔物の視線を僕に集めるものであることに気づき、飛び起き逃げ出す。
「Ruuuu!」
「Gyaaa!」
次の瞬間、僕の行動は最悪の逃亡劇の合図となり、化け物共が僕に向かって一斉に僕目掛けて走り始める。
「ぁぁぁぁぁぁあああ!」
ーーーそしてその光景に、僕の心がポッキリと折れたのが分かった。
そんな僕に向けて魔物達が奪い合うように飛びかかってきて、
地獄が始まった。
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