CREATED WORLD

猫手水晶

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第3話

第3話 出発 (24)

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私達はしばらくの間トラックに揺られ、そこから降りた後、目の前にあったのは時の狭間にある、形の変わる不思議かつ不気味な要塞だった。
ただでさえ時の狭間にある建造物や地形の形がおかしくなっているのに、そこにそびえたっている不定形の要塞は、なぜかそこにあるのが自然だといえるほど適応しているようにも見えた。
大地が裂けたり、大きな崖になったりしている中、ただひとつだけ大きな建物が不定形でありながらもなんとか形を保っている。ところどころで浮いていたり、支柱やパイプが現れているようにも見える。まるでその建物は地形に合わせて形を変える、画面に映されたデータをそのまま具現化したかのような建物だった。
私達はトラックを降りて、大地である工場の屋根が途切れている崖と要塞をつないでいる、金網の鉄橋を渡っていた。
橋の下は渓谷のようになっており、底が見えない。
渓谷の中を覗いても、そこに見えるのは工場とそれらをつなぐパイプの数々だけであった。とうていこんな所でザックさんの言っていた「小麦」なんて代物は育てられそうにない。本当に昔の人々は植物を育ててそれを食物にすることなんてできていたのかな...大地まで工場の屋根でできている人工の新天地では、そんなことできそうもないよ...

だけどなんでこんなにだれもいないんだろ...

私はそんな事を思っていた。
今渡っている幅1.5メートルほどしかない一本道の鉄橋なら、行く手と退路を塞ぐのも容易なはずだ。なのになぜかそれを阻むものはなく、長く続く何もいない鉄橋は、もはや不気味ともいえる静寂をまとっていた。
要塞に一歩一歩近づいていくほどに私の全身に寒気がはしった。もしかしたら突然鉄橋が爆発して下に真っ逆さまに落ちてしまうかもしれないという怖さもあったが、なにか他の恐ろしい予感もしていた。だが、その正体はわかっていない。
そんな事を考えているうちに、私達は100メートルほど続く鉄橋を抜け、要塞の入り口にたどりついた。
「こちらが要塞の裏口です。」
クレッチュマー博士はそう言って、私達を案内した。要塞の裏口前は鉄の板の床が張られていて、橋より少し広い、柵で覆われた空間になっていた。
その奥には要塞の中と外を隔てるゲートがあり、それをスライド式の戸が覆っていた。ゲートの横には緑と赤のランプがあり、おそらく緑が正常で赤が警告なのだろう。
ゲートの前の左右にはセキュリティロボットが門番として立っているが、私達の事を攻撃しようとするそぶりは全く見せていない。
それどころかロボットは道を開け、私達の事を歓迎しているようにさ見えた。それにゲートの横の緑のランプが光り、戸はあっけなく開いた。

どう考えてもうまくいきすぎている気がした。

私は要塞に入った時、こっそりと仕掛けられたのか、クレッチュマー博士にはコードがつながれているのに気づいた。おそらくザックが仕掛けたものなのだろう。サイボーグであるクレッチュマー博士は、体が機械になっているので、何かあるかもしれないと考えたのだろう。ザックはコードがつながっている端末をいじりながら、私達と同行していた。
「親父、本当に大丈夫か?もしヤバかったら俺に言ってくれ。プロほどではないが俺もメカニックの知識を持っている。何かあったら教えてくれよ。」
ザックは心配そうな声でクレッチュマー博士に言った。彼はもう何か予感がついているのかもしれない。
「本当に大丈夫?もし大変だったら私達に言ってよ!昨日助けてもらったっきりだし申し訳ないんだ。」

「ハハハ、大丈夫ですよ...」
クレッチュマー博士は気さくな声でそう応え、覆面なのもあってか顔はわからなかったが、ほほえんでいる気がした。だがそのほほえみには不気味な影がさしている気もした。
しばらくパイプや様々な機器が張り巡らされた静かな通路を歩いていると、行き止まりのような場所にたどりついた。
行き止まりのある床に私達が乗ると、空間がゆがみ、先程までくっついていた床がまるで空間ごとひきはがされたように、床どうしが離れてエレベーターのように下に移動した。
視覚では下に移動しているように見えたが、三半規管はまったく動いているように感じない。感覚と事実の乖離に気が狂いそうになっちゃうけど、これがクレッチュマー博士の言っていた「空間が歪む」ということなのかな。
クレッチュマー博士の話は難しくて私にはさっぱりだったけど、なんとなくこんな感じなのかなっていう推測はできた。
だけど、奇妙で不気味な静寂は止んでくれないまま、私達を襲っていた。
これから何かおそろしい事が起こる予感が確かにしているけど、それが何かは全然わかんない...私ものすごく怖いよ...

そんな事を考えているうちに空間の動きは止まり、下の階らしき空間へ出た。
そこは先程までいた空間とは裏腹に、ガヤガヤと他の人々の大声らしき喧噪の音が聞こえていたが、それは私達のいる階のものではなく、私達の下から漏れ出ている音であり、少し鳴り響き、私達の歩いている薄い鉄の床を震わせているだけであった。
いくつもあるその床どうしを、狭い金網の橋がつないでおり、その下の空間が見えていた。そして、その床から下に落ちてしまわないよう、床と金網の橋は柵で囲まれていた。おそらくここは、工場でよくみられる、下の空間に床があり、その上に作られた、宙に足場を作り、かつ下の空間もしっかりと眺められるようにするための、支えのある橋で、かつ連絡通路のような場所なのだろう。
下の空間を眺めると、そこでは私の憶測通り戦乱の喧噪が下の空間をうめつくしていた。
囚人服を着た人々が軍人やロボットと戦っている。その場所は空間が不定形になっており、先程までいた囚人が下の空間に落ちてしまっていたり、逆に下の空間から奇襲をしかけた囚人に軍人がおそわれたりしていた。
ましてや囚人のいる空間が急に軍人のいる空間にワープしてしまい、突然の空間の移動に戸惑っている囚人を軍人が襲っている光景が広がっている。
ある者は空間の歪みに翻弄され、またある者はそれすらも利用して戦っている様子であった。
だが、戦争はやはり悲惨で、見ているだけでおそろしくなり、先程まで生きていた人々の命が無惨にも失われてしまう様には吐き気を催した。

「うっ...」
私はあまりのおそろしさと吐き気で、思わず声を出してしまった。
「大丈夫か...?こんなとこ見んじゃねえよ...」
ザックは私の目を覆い、凄惨な光景から目を背かせてくれた。おそらくザックは私の事を心配してくれているのだろう。
私にも何か彼らにできることはないかな...助けてばかりじゃ申し訳ないよ...
私はそんな事を思っていた。私はザックさんにもクレッチュマー博士にもお世話になりっぱなしで、お礼らしいことは何もできていない。
私は今、様子に異変がみられているクレッチュマー博士と、それを怪訝しているザックに、何かしてあげられる事は無いのだろうか。助けてもらってばかりじゃ申し訳ないし、こんな世界だからこそ助け合いは大事なんだって私は思っている。

しばらく金網の橋を歩き、開けた床の空間に出ると、奥に人影が見えた。
その人影はがたいがよく、男性の影だとわかった。
もうしばらくすると両者の距離は縮み、お互いの姿が確認できた。
彼はクレッチュマー博士に恐れをなしているのか、がたいがいいにもかかわらずその体は恐怖に震えていた。

そのときだった。

ブチッ
クレッチュマー博士は、突然走り出し、彼自身につながれたコードがちぎれてしまった。

博士は突然、その男に向かってものすごい勢いで走り出し、今にも襲いかからんとしている。

私達は今まで恐れていたものの正体が何だったのかをさとった。

男に戦おうとするそぶりはなく、恐れにおののいているだけで対話でなんとかできそうだったのに、今のクレッチュマー博士は問答無用で彼に攻撃を仕掛けようとしている。

今のクレッチュマー博士はクレッチュマー博士ではない。

「嫌だああ...!!!やめてええええ...!!!」
私は無力にも、耳も傾けてもらえないような叫び声をあげる事しかできなかった。
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