霧の道を霧の道をキミと

朝霧一樹

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二章 霧の道を並んで

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霧の奥へ歩き出してから、どれほど時間が経ったのか。
空に太陽も月もなく、景色は白いまま淡く揺れ続けている。

それでも、不思議と怖さはなかった。
青年の足音が一定のリズムで先をゆき、
ひと息遅れて少女の足音が続く。

二人以外、何の音もない。

「なぁ。」
ふいに青年が振り返る。
その口調は、いつも通り軽い。

「ここ来る前のこと、何か覚えてる?」

少女は歩みを緩め、少しだけ考え込む。

「……ほとんど、思い出せません。
でも──ひとりだけ、大切な人がいた気がするんです。」

青年の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。
けれど表情は変わらず、片側だけ上げた笑みを浮かべる。

「へぇ。
どんなやつ?」

少女は霧の中を見つめたまま、ぼそりと言った。

「顔も……声も……全部思い出せないのに。
その人のことだけは、忘れていない気がするんです。」

「ふーん……」
青年は軽くあくびをしながら、歩を進める。

「そいつ、幸せ者じゃん。」

その声は軽かった。
けれど、どこか優しさを含んでいた。

少女は小さく微笑む。

「あなたは……誰か、大切な人は?」

青年は肩をすくめる。

「どうだろなぁ。
忘れられねぇ奴はいるけど、
言ったら調子に乗りそうだし。」

少女が首を傾げると、
彼はわざとらしく前を向き、歩幅を大きくした。

霧は深く、
二人の影だけがゆらりと伸びていく。

少女は、青年の背中を見つめた。
軽くて掴めないのに──
なぜか、不思議な温かさがあった。

そして少女はふと気づく。

(……この道、どこへ続くの?)

道は霧へと溶け、
終わりが見えない。

だが青年は振り返りもせず、
まるで導かれるように歩いていく。

少女もただ、その背を追った。

理由は分からなくても、
彼となら安心できる気がした。

ゆっくりと霧が揺れ、
二人の影が重なったり、また離れたりしながら、
静かに道の奥へと続いていく。
 
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