霧の道を霧の道をキミと

朝霧一樹

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四章 霧が晴れた場所

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病室には、柔らかな光が落ちていた。
夕方の色が薄く滲み、
白いシーツの上に静かに影を落としている。

彼女は眠るように目を閉じていた。
苦しみの跡はなく、
手は胸の前でそっと握られたまま。

家族が寄り添い、ゆっくりとその手を開く。

中には――
銀のペンダントがあった。

小さく、古びて、
それでも彼女が長く大切にしていた痕跡が残っている。

「……これ、おじいちゃんのだよね。」

孫娘が、懐かしむように微笑んだ。

その視線が、鏡台の写真立てへと移る。

写真の青年は、
風に遊ばれた髪が肩にかかり、
どこか眠たげな目で笑っていた。
軍服に似た深い色の上着なのに、
重さをまったく感じさせない、
ふっと抜けた軽さが滲んでいる。

――霧の道で出会った“あの青年”のままの姿。
その横で、少女のような彼女が嬉しそうに笑っていた。

孫娘は写真をそっと指でなぞりながら言った。

「おじいちゃん……戦地で亡くなったんだよね?」

母は静かに頷いた。
目元に淡い優しさを浮かべながら。

「……あの人ね。
誰かのために前に出る癖があったの。」

ふっと息を漏らして微笑む。

「だから、きっと……最後も、そうだったんだと思うわ。」

それ以上、言葉は続かない。
けれどその沈黙の奥に、
“守ったもの”だけでなく、
“奪ってしまったもの”までも抱えていた影が
静かに滲んでいた。

孫娘は、そっと写真を見つめる。

青年の笑顔は軽くて優しいのに、
瞳の奥にはほんのわずかな翳りがあった。

「……そっか。」
孫娘はゆっくり頷き、小さく息を吸って呟く。

「……ねぇ。
向こうで……二人って、会えたのかな?」

母は写真の中の二人を見つめ、
ゆっくり微笑んだ。

「会えたわよ、きっと。
会えなかったはずがないもの。」

理由はいらない。
説明も、理屈もいらない。

ただ、長い時間を共に歩んだ者だけが知る
“確信”のあたたかさが、
その一言に宿っていた。

夕霧がまた揺れ、
光の粒が窓辺を通り過ぎる。

その淡い揺らぎの向こうに、
一瞬だけ――
深い紺の上着を纏った青年が
照れくさそうに微笑んでいる影が見えた。

すぐに霧へ溶けるほど儚く、
けれど確かにそこにあった気がした。

霧が静かに閉じ、
ふたりをつないだ一度きりの道は、
そっと消えていった。
 
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