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第7話 いきおいキャパオーバーするモチベーション
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「ジンリキ?」時中が訊き返し、
「人力車?」結城が訊き返し、
「神通力?」本原が訊き返した。
「はい」天津が頷き、ふっと白光が消える。
「あなたは、――あなた方は何者なんですか」時中が問う。
「我々は」天津は言いかけて止め、口を紡ぎじっと床上を見た。「強いていうなら、岩から生み出されたもの――岩の子、ですね」
「岩?」時中が訊き返し、
「岩鋸?」結城が訊き返し、
「岩の精霊?」本原が訊き返した。
◇◆◇
長く生きると、いきおい経験が増え、それにつられて知識も増え、結果として、この先何が起こるか「先の予測」というのが勝手に立つようになる。それも、「悪い方の予測」ばっかりが、だ。
何か、おや、と思うような事が起こる。例えば他人から「あなたにとって良いお話があります」とか「前向きにご相談させて頂きたく」とかいう言葉をかけられた時だ。恐らく若い者であればその文字面通り「良いお話」や「前向き」な、つまり素敵なことが、この先自分を待っているのに違いないと信じて疑わないことだろう。だが長く生きてきた者は、そう容易くは思えない。
「なーんかあるんだろどうせ」
と思う。というか、としか思えない。
そうだ。叶うものであれば、長く生きた者だって「きっと素敵な事がこの先自分を」とか、思いたい。そう、思えるものであるのならば。
否。恥を承知で告白させてもらうならば、そういう風に、まったく思わないこともない。そう、どれだけ長く生きた者であっても、心のどこか片隅で「もしかしたら」という淡く儚い期待というものは、やっぱり天然の心理として抱くものなのだ。
脳みそというのはまことに愚か、かつ哀れなもので、命の灯火の消える寸前まで
「もしかしたら、何かいいことがあるかも知れない」
という思いを、生み続けるのだ。
そんな事を胸中に思いながら、鯰は泳ぎ続けた。そんな事を思う時間だけは、たっぷりあるのだ。思うことを面倒くさいと思っていてさえ、思うことは止められない。
めんどくさい、めんどくさい。すべからく、めんどくさい事ばかりだ。そんな事を胸中に思いながら、鯰はさらに泳ぎ続けた。
◇◆◇
「そう」天津はもう一度頷いた。「僕たちは、岩から生み出されたものの一つです。太古の昔、この世界の誕生初期に」
「――」時中は言葉を失い、
「岩から?」結城が訊き返し、
「世界の誕生初期に?」本原が訊き返した。
「まあこう見えても、かなり年食ってるんすよ」天津はそう言ってくすくすと笑った。「月よりは、年上っす」天井に指先を向ける。
「――」時中は口を閉じ、
「え」結城は目を見開き、
「お月さまも、ヒエロファニーをなさるのですか」本原が質問した。
「そうですね。しますよ」天津は軽く頷く。「まあ……そんなに、強烈ではないですが」
「じゃあ、竹取物語のかぐや姫のお話は、実話なのですか」本原は、プレートテクトニクス理論だの珪藻岩だのががっくりと肩を落としそうなほど、今までになく真剣な表情と態度で熱心に興味を示した。
「あれは、まあ昔“何か”に遭遇した人たちが想像を巡らせて創作したものでしょう」天津は眉尻を下げながら説明した。
「それでは私たちもこれから“何か”に遭遇するのですか」本原は身を乗り出さんばかりに訊く。
「――」天津は言葉を失い、半歩退いた。
「何か、って?」結城が訊き返す。「まさか洞窟の中で、かぐや姫に出くわすってこと?」
「なるほど」時中が肩をすくめた。「それはさぞ楽しい『イベント』だろうな」
「ヒエロファニーです」本原が訂正する。「娯楽とかと同じに考えてはいけないと思います」
「そう、ですね」天津の声がぼそぼそとくぐもる。「まあ……可能性は、あると思います」
「――」時中はまた黙り、
「まじすか」結城は再び叫び、
「ああ」本原は感動の溜息をついた。
「思いますが、今のところはそこまで深刻に、その事に囚われる必要はありません」天津は両掌を三人に向ける。「何しろさっきも言いましたが、我々が全力で皆さんを保護しますのでね」
「――」時中は微動だにせず、
「あっそうか、そうっすよね、そうだそうだ」結城は大きく複数回頷き、
「え」本原は眉をしかめて不服を表した。
「あ……すいません」天津はたじろいだように本原に小さく謝った。
「それで、確実にそれはできるんですか、天津さん」時中が珍しく結城ばりに声を大にして訊いた。「あなたに」
「俺は信じる」結城もまた“デフォルト大”の声にて応じた。「天津さんを」
「はい」天津もいきおい声を高め、ひときわ大きく頷いた。「できます。やってみせます、必ず」
「キャパオーバー」
突然、誰かがそう言った。室内はしんと静まり返り、それからそこにいる全員がそれぞれ左右を見回した。
「今の、誰が言ったの?」結城が訊く。
「私ではない」時中が首を振る。
「私でもありません」本原も首を振る。
「――」天津は黙って、瞳だけを左右に巡らせていた。何かに、警戒している様子だった。
「じゃあ、天津さん?」結城が研修担当社員に訊く。
「――いえ」天津は小さく首を振り、また左右を見る。
だがそれきり、変化はなかった。
「え、今の声、何?」結城が眼をまん丸く見開き、ついには立ち上がる。「ヒエロなんとか?」
「ヒエロファニー」本原が言いかけ、
「鯰です」天津が答える。
三人は一瞬黙り込んだ後「鯰?」と、完璧に声をシンクロさせて訊き返した。
「人力車?」結城が訊き返し、
「神通力?」本原が訊き返した。
「はい」天津が頷き、ふっと白光が消える。
「あなたは、――あなた方は何者なんですか」時中が問う。
「我々は」天津は言いかけて止め、口を紡ぎじっと床上を見た。「強いていうなら、岩から生み出されたもの――岩の子、ですね」
「岩?」時中が訊き返し、
「岩鋸?」結城が訊き返し、
「岩の精霊?」本原が訊き返した。
◇◆◇
長く生きると、いきおい経験が増え、それにつられて知識も増え、結果として、この先何が起こるか「先の予測」というのが勝手に立つようになる。それも、「悪い方の予測」ばっかりが、だ。
何か、おや、と思うような事が起こる。例えば他人から「あなたにとって良いお話があります」とか「前向きにご相談させて頂きたく」とかいう言葉をかけられた時だ。恐らく若い者であればその文字面通り「良いお話」や「前向き」な、つまり素敵なことが、この先自分を待っているのに違いないと信じて疑わないことだろう。だが長く生きてきた者は、そう容易くは思えない。
「なーんかあるんだろどうせ」
と思う。というか、としか思えない。
そうだ。叶うものであれば、長く生きた者だって「きっと素敵な事がこの先自分を」とか、思いたい。そう、思えるものであるのならば。
否。恥を承知で告白させてもらうならば、そういう風に、まったく思わないこともない。そう、どれだけ長く生きた者であっても、心のどこか片隅で「もしかしたら」という淡く儚い期待というものは、やっぱり天然の心理として抱くものなのだ。
脳みそというのはまことに愚か、かつ哀れなもので、命の灯火の消える寸前まで
「もしかしたら、何かいいことがあるかも知れない」
という思いを、生み続けるのだ。
そんな事を胸中に思いながら、鯰は泳ぎ続けた。そんな事を思う時間だけは、たっぷりあるのだ。思うことを面倒くさいと思っていてさえ、思うことは止められない。
めんどくさい、めんどくさい。すべからく、めんどくさい事ばかりだ。そんな事を胸中に思いながら、鯰はさらに泳ぎ続けた。
◇◆◇
「そう」天津はもう一度頷いた。「僕たちは、岩から生み出されたものの一つです。太古の昔、この世界の誕生初期に」
「――」時中は言葉を失い、
「岩から?」結城が訊き返し、
「世界の誕生初期に?」本原が訊き返した。
「まあこう見えても、かなり年食ってるんすよ」天津はそう言ってくすくすと笑った。「月よりは、年上っす」天井に指先を向ける。
「――」時中は口を閉じ、
「え」結城は目を見開き、
「お月さまも、ヒエロファニーをなさるのですか」本原が質問した。
「そうですね。しますよ」天津は軽く頷く。「まあ……そんなに、強烈ではないですが」
「じゃあ、竹取物語のかぐや姫のお話は、実話なのですか」本原は、プレートテクトニクス理論だの珪藻岩だのががっくりと肩を落としそうなほど、今までになく真剣な表情と態度で熱心に興味を示した。
「あれは、まあ昔“何か”に遭遇した人たちが想像を巡らせて創作したものでしょう」天津は眉尻を下げながら説明した。
「それでは私たちもこれから“何か”に遭遇するのですか」本原は身を乗り出さんばかりに訊く。
「――」天津は言葉を失い、半歩退いた。
「何か、って?」結城が訊き返す。「まさか洞窟の中で、かぐや姫に出くわすってこと?」
「なるほど」時中が肩をすくめた。「それはさぞ楽しい『イベント』だろうな」
「ヒエロファニーです」本原が訂正する。「娯楽とかと同じに考えてはいけないと思います」
「そう、ですね」天津の声がぼそぼそとくぐもる。「まあ……可能性は、あると思います」
「――」時中はまた黙り、
「まじすか」結城は再び叫び、
「ああ」本原は感動の溜息をついた。
「思いますが、今のところはそこまで深刻に、その事に囚われる必要はありません」天津は両掌を三人に向ける。「何しろさっきも言いましたが、我々が全力で皆さんを保護しますのでね」
「――」時中は微動だにせず、
「あっそうか、そうっすよね、そうだそうだ」結城は大きく複数回頷き、
「え」本原は眉をしかめて不服を表した。
「あ……すいません」天津はたじろいだように本原に小さく謝った。
「それで、確実にそれはできるんですか、天津さん」時中が珍しく結城ばりに声を大にして訊いた。「あなたに」
「俺は信じる」結城もまた“デフォルト大”の声にて応じた。「天津さんを」
「はい」天津もいきおい声を高め、ひときわ大きく頷いた。「できます。やってみせます、必ず」
「キャパオーバー」
突然、誰かがそう言った。室内はしんと静まり返り、それからそこにいる全員がそれぞれ左右を見回した。
「今の、誰が言ったの?」結城が訊く。
「私ではない」時中が首を振る。
「私でもありません」本原も首を振る。
「――」天津は黙って、瞳だけを左右に巡らせていた。何かに、警戒している様子だった。
「じゃあ、天津さん?」結城が研修担当社員に訊く。
「――いえ」天津は小さく首を振り、また左右を見る。
だがそれきり、変化はなかった。
「え、今の声、何?」結城が眼をまん丸く見開き、ついには立ち上がる。「ヒエロなんとか?」
「ヒエロファニー」本原が言いかけ、
「鯰です」天津が答える。
三人は一瞬黙り込んだ後「鯰?」と、完璧に声をシンクロさせて訊き返した。
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