負社員

葵むらさき

文字の大きさ
7 / 83

第7話 いきおいキャパオーバーするモチベーション

しおりを挟む
「ジンリキ?」時中が訊き返し、
「人力車?」結城が訊き返し、
「神通力?」本原が訊き返した。
「はい」天津が頷き、ふっと白光が消える。
「あなたは、――あなた方は何者なんですか」時中が問う。
「我々は」天津は言いかけて止め、口を紡ぎじっと床上を見た。「強いていうなら、岩から生み出されたもの――岩の子、ですね」
「岩?」時中が訊き返し、
「岩鋸?」結城が訊き返し、
「岩の精霊?」本原が訊き返した。

     ◇◆◇

 長く生きると、いきおい経験が増え、それにつられて知識も増え、結果として、この先何が起こるか「先の予測」というのが勝手に立つようになる。それも、「悪い方の予測」ばっかりが、だ。
 何か、おや、と思うような事が起こる。例えば他人から「あなたにとって良いお話があります」とか「前向きにご相談させて頂きたく」とかいう言葉をかけられた時だ。恐らく若い者であればその文字面通り「良いお話」や「前向き」な、つまり素敵なことが、この先自分を待っているのに違いないと信じて疑わないことだろう。だが長く生きてきた者は、そう容易くは思えない。
「なーんかあるんだろどうせ」
と思う。というか、としか思えない。
 そうだ。叶うものであれば、長く生きた者だって「きっと素敵な事がこの先自分を」とか、思いたい。そう、思えるものであるのならば。
 否。恥を承知で告白させてもらうならば、そういう風に、まったく思わないこともない。そう、どれだけ長く生きた者であっても、心のどこか片隅で「もしかしたら」という淡く儚い期待というものは、やっぱり天然の心理として抱くものなのだ。
 脳みそというのはまことに愚か、かつ哀れなもので、命の灯火の消える寸前まで
「もしかしたら、何かいいことがあるかも知れない」
という思いを、生み続けるのだ。
 そんな事を胸中に思いながら、鯰は泳ぎ続けた。そんな事を思う時間だけは、たっぷりあるのだ。思うことを面倒くさいと思っていてさえ、思うことは止められない。
 めんどくさい、めんどくさい。すべからく、めんどくさい事ばかりだ。そんな事を胸中に思いながら、鯰はさらに泳ぎ続けた。

     ◇◆◇

「そう」天津はもう一度頷いた。「僕たちは、岩から生み出されたものの一つです。太古の昔、この世界の誕生初期に」
「――」時中は言葉を失い、
「岩から?」結城が訊き返し、
「世界の誕生初期に?」本原が訊き返した。
「まあこう見えても、かなり年食ってるんすよ」天津はそう言ってくすくすと笑った。「月よりは、年上っす」天井に指先を向ける。
「――」時中は口を閉じ、
「え」結城は目を見開き、
「お月さまも、ヒエロファニーをなさるのですか」本原が質問した。
「そうですね。しますよ」天津は軽く頷く。「まあ……そんなに、強烈ではないですが」
「じゃあ、竹取物語のかぐや姫のお話は、実話なのですか」本原は、プレートテクトニクス理論だの珪藻岩だのががっくりと肩を落としそうなほど、今までになく真剣な表情と態度で熱心に興味を示した。
「あれは、まあ昔“何か”に遭遇した人たちが想像を巡らせて創作したものでしょう」天津は眉尻を下げながら説明した。
「それでは私たちもこれから“何か”に遭遇するのですか」本原は身を乗り出さんばかりに訊く。
「――」天津は言葉を失い、半歩退いた。
「何か、って?」結城が訊き返す。「まさか洞窟の中で、かぐや姫に出くわすってこと?」
「なるほど」時中が肩をすくめた。「それはさぞ楽しい『イベント』だろうな」
「ヒエロファニーです」本原が訂正する。「娯楽とかと同じに考えてはいけないと思います」
「そう、ですね」天津の声がぼそぼそとくぐもる。「まあ……可能性は、あると思います」
「――」時中はまた黙り、
「まじすか」結城は再び叫び、
「ああ」本原は感動の溜息をついた。
「思いますが、今のところはそこまで深刻に、その事に囚われる必要はありません」天津は両掌を三人に向ける。「何しろさっきも言いましたが、我々が全力で皆さんを保護しますのでね」
「――」時中は微動だにせず、
「あっそうか、そうっすよね、そうだそうだ」結城は大きく複数回頷き、
「え」本原は眉をしかめて不服を表した。
「あ……すいません」天津はたじろいだように本原に小さく謝った。
「それで、確実にそれはできるんですか、天津さん」時中が珍しく結城ばりに声を大にして訊いた。「あなたに」
「俺は信じる」結城もまた“デフォルト大”の声にて応じた。「天津さんを」
「はい」天津もいきおい声を高め、ひときわ大きく頷いた。「できます。やってみせます、必ず」

「キャパオーバー」

 突然、誰かがそう言った。室内はしんと静まり返り、それからそこにいる全員がそれぞれ左右を見回した。
「今の、誰が言ったの?」結城が訊く。
「私ではない」時中が首を振る。
「私でもありません」本原も首を振る。
「――」天津は黙って、瞳だけを左右に巡らせていた。何かに、警戒している様子だった。
「じゃあ、天津さん?」結城が研修担当社員に訊く。
「――いえ」天津は小さく首を振り、また左右を見る。
 だがそれきり、変化はなかった。
「え、今の声、何?」結城が眼をまん丸く見開き、ついには立ち上がる。「ヒエロなんとか?」
「ヒエロファニー」本原が言いかけ、
「鯰です」天津が答える。
 三人は一瞬黙り込んだ後「鯰?」と、完璧に声をシンクロさせて訊き返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
恋愛
同僚と合わず3年勤めた仕事を退職した彩綺(さいき)。縁があって私設植物園に併設されている喫茶店でアルバイトを始める。そこに雨の日にだけやってくる男性がいた。彼はスタッフの間で『雨の君』と呼ばれているようで、彩綺はミステリアスな彼が気になって・・・。初めての恋に戸惑いながら、本をきっかけに彼との距離を縮めていく。初恋のどきどきをお楽しみください。 第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。                                

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

婚約破棄はハニートラップと共に

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、平民の血を引いた子爵令嬢を連れた王太子が婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を宣言した! さて、この婚約破棄の裏側は……。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

有賀冬馬
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!? 「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。 でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした! 「君がいたから、この国は守られていたんだよ」 えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!? 竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート! そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...