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第77話 対応方法不明の場合は穏便にいなして次へ行きましょう
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「あ、やば」
「ス、スサ」
「おい、落ち着け」神たちは息を呑んだ。
「なんだ?」古参者は訝しげな声で呟いた。
地球は、黙って様子を見ていた。
ごり ごりり ごり ごり
何か、硬質のものが強い力で擦り合わされるような音が響いた。
「何だ? 何してる、スサ」
「おいスサ、やめろ」
「皆さん」伊勢が冷静に皆を制する。「今は、呼びかけないで欲しいす」
「え」
「あ、ああ……」
「うん」神たちは大人しく従った。
「すいません」伊勢は静かに謝った。「なんか高まってきてるす、あいつの破壊衝動と――殺戮衝動が」
神たちは言葉もなかった。
「何だそれ」古参者だけが、小馬鹿にしたような笑いを含みながら声を発した。「面白えじゃねえか。あのお子ちゃまが、何を殺戮するっての? なんかの微生物か?」
「気をつけろ」伊勢はやはり穏やかな声で答えた。「ろくな目に遭わないぞ」
「へっ」古参者は憎々しげに言い捨てた。「やれるもんならやって」
ごりごりごりごり
耳障りな岩の擦れる音がひと際高く鳴り、次の瞬間、空洞の壁の高いところに貼りついていた真っ黒な岩が、壁にくっついたままぱっかりと真っ二つに割れた。神たちは一斉に、息を呑んだ。それは、十秒経つと魔物が出て来る岩なのだ。誰も何も言わず、ただ静寂が空洞の中を満たした。
「おもっ」最初に甲高く悲鳴を挙げたのは、空洞の外にいる鯰だった。「ぐるじ……ぐぅ」ごぼごぼ、という水泡の音を残して、鯰の声はそれきり途絶えた。
「貴様、何をする」次にがなり立てたのは、磯田源一郎と名乗る出現物の声だった。「儂をどうする気だ。誰だと思っとる。何を」磯田源一郎もそれきり黙り込んだ。
「何だ」時中が周囲を見回す。
「どうしたのでしょうか」本原も見回す。
この二人には、突然頭上の岩二つが次々に割れたことしか認識できていなかった。神々のやり取りや、地球と新参者の対話や、古参者の茶々入れなどは一切聞えていなかったのだ。そこへ出し抜けに鯰の苦しむ声、そして磯田源一郎の抗う声が続けて聞えてきた。二人の足許には相変わらず結城が伸びている。
しゅうううう
突然、二人の頭上で真っ二つに割れた暗黒の岩から青白い煙が噴出しはじめた。
「何だ」時中が上方を見上げる。
「どうしたのでしょうか」本原も見上げる。
ぼこっ
そして出し抜けに、二人の空洞の壁の上方に、一メートルばかりの大きさの穴が穿たれた。ほんの一瞬の間にだ。
ぼこっ ぼこっ ぼこっ
二人が息を呑む間にも、それは次々と横並びに穿たれていき、空洞の壁の上方は穴ぼこだらけとなった。
「うわ、ス」
「あぶな」神たちもさすがに声を殺してはいられなかった。
「何してやがんだ、こいつ」古参者もさすがに困惑の色を帯びた声で洩らした。「狂ったのか」
「さあ、どっちかな」伊勢が静かに答える。「狂ったのか、それとも正常な状態に戻ったのか」
「どういう意味だ?」古参者が訝しげに訊く。
「まあ、こういう奴なんだよ」伊勢はまた静かに答える。「こういう事を、昔っからする奴だった……けど新人さんたちに被害が及ぶのは避けたいな」
「鯰」鹿島が呼ぶ。「大丈夫か。鯰。生きてるか」
鯰からの返事はない。
「おかしいよね」「これブラックだっつーの」「ブラックっていうより、ダークだよね」出現物たちの狂騒じみた語り合い、叫び合いが突如として復活した。「ああ」「ダークだね」「仕事が嫌なんじゃなくて、ヒトが嫌だよね」「雰囲気がね」「そこらへんの配慮」「ないない」「もう個人のセンスのレベルだしね」「結局企業も組織も個人レベルの問題なんだよ」「そうそう」「基盤の構成物のセンスがね」「問われ」そしてその喧騒も突然に途切れた。
しゅるるるる
出現物の喧騒がふっつりと途絶えた直後、今度は何か風の巻くような音が盛大に聞え始めた。しかし空洞内に風は巻き起こっていなかった。
「何だ」時中が周囲を見回し、
「どうしたのでしょうか」本原も見回した。
巻いていたのは上方に出現した青白い煙で、それは自らの意志をもって高速回転しているようだった。そしてみるみるうちに、それは巨大な蛇のフォルムを形成したのだ。
「蛇か」時中が上方を見て叫び、
「蛇です」本原が口を抑えて確認した。
「空洞の外へ」天津は喉を枯らして叫び続けた。「時中さん、本原さん。外へ出て下さい」その叫びはしかし、当の二人に一切届いていなかった。
「まさか人に危害を加えることはしないよな」酒林はシアノバクテリア型依代の中で歯噛みした。「増してや自分の気に入ってた拠代を」
「あー」天津は絶望に空を仰ぐ体の声で呻いた。「結局何の役にも立てないな、俺」
「何いってんの」酒林はすぐに苦笑しながら答えた。「充分すぎるほど」
「立ってないよ」天津も苦笑しながら遮った。「こんな教育担当で……本当に申し訳ない、としか言えないのもまた悔しい」
「あまつん」酒林が再度すぐに答える。「自分のことをそんな風に」
「今までずっと俺は」天津は絶望にうな垂れる体の声で呟くように言った。「失望させてきたのかな、と……皆を」
「――」酒林はすぐには答えられなかった。
「じゃあ俺が役に立ってやるよ」古参者が宣言した。
「何をする気だ」
「よせ、やめろ」神たちは一斉に制止した。
「新人を地殻の材料にするか、気の狂った偽スサノオに殺させるか、どっちがいい?」古参者はせせら笑って言った。「せめて意義のある最期を送らせてやろうぜって事だよ」
「何をする気だ。やめろ」神たちは繰り返し叫ぶより他なかった。
「まあ見てろ」古参者がそう告げた直後、空洞の内部が激しく振動し始めた。
「地震か」時中が上方を見上げて叫び、
「地震です」本原が体を低くして確認した。
「出よう」時中が本原を見て提案し、
「出ましょう」本原が低くした体勢で答えた。
「結城を連れて行こう」時中はしゃがんで結城の両肩を掴み、持ち上げた。「本原さん、足を持って」
「足ですか」本原が結城の足を見て確認し、その両足首を掴んで持ち上げた。
結城の体は腕と足首を背側に持ち上げられ、強制的に湾曲した形態となった。空洞の振動はその間も激しく続き、周囲の壁から礫がぱらぱらと剥がれ落ちて来ていた。
「出る必要ねえよ」古参者の声が空洞内に響く。「今すぐ俺が助けてやる」
「この声は」時中が結城の腕を掴んだまま上方を見た。「スサノオか」
「スサノオさまですか」本原は結城の足首を掴んだまま上方を見た。
結城は強制的に湾曲した形態のまま気絶していた。
「人間の」古参者は告げた。「それから、お前らの上司である神の為に、役立ってもらうぜ」
「どうする気だ」時中が訊ね、
「私たちを何かの材料にするのですか」本原が確認する。
「まずは分子レベルに分解だ」スサノオは続けて告げた。「それ」
「やめろ」大山が叫び、
「貴様」石上が叫び、
「よせ」住吉が叫び、
「やめて」木之花が叫び、
「やめ」天津が叫びかけた。
きいいいいいいん
その時、青白い煙でできた大蛇が金属的な大音響を発しながら、頭の先から縦真っ二つに裂けた。
「やめろって」伊勢が静かに制止した。「お前の方が分解されるから」
「ス、スサ」
「おい、落ち着け」神たちは息を呑んだ。
「なんだ?」古参者は訝しげな声で呟いた。
地球は、黙って様子を見ていた。
ごり ごりり ごり ごり
何か、硬質のものが強い力で擦り合わされるような音が響いた。
「何だ? 何してる、スサ」
「おいスサ、やめろ」
「皆さん」伊勢が冷静に皆を制する。「今は、呼びかけないで欲しいす」
「え」
「あ、ああ……」
「うん」神たちは大人しく従った。
「すいません」伊勢は静かに謝った。「なんか高まってきてるす、あいつの破壊衝動と――殺戮衝動が」
神たちは言葉もなかった。
「何だそれ」古参者だけが、小馬鹿にしたような笑いを含みながら声を発した。「面白えじゃねえか。あのお子ちゃまが、何を殺戮するっての? なんかの微生物か?」
「気をつけろ」伊勢はやはり穏やかな声で答えた。「ろくな目に遭わないぞ」
「へっ」古参者は憎々しげに言い捨てた。「やれるもんならやって」
ごりごりごりごり
耳障りな岩の擦れる音がひと際高く鳴り、次の瞬間、空洞の壁の高いところに貼りついていた真っ黒な岩が、壁にくっついたままぱっかりと真っ二つに割れた。神たちは一斉に、息を呑んだ。それは、十秒経つと魔物が出て来る岩なのだ。誰も何も言わず、ただ静寂が空洞の中を満たした。
「おもっ」最初に甲高く悲鳴を挙げたのは、空洞の外にいる鯰だった。「ぐるじ……ぐぅ」ごぼごぼ、という水泡の音を残して、鯰の声はそれきり途絶えた。
「貴様、何をする」次にがなり立てたのは、磯田源一郎と名乗る出現物の声だった。「儂をどうする気だ。誰だと思っとる。何を」磯田源一郎もそれきり黙り込んだ。
「何だ」時中が周囲を見回す。
「どうしたのでしょうか」本原も見回す。
この二人には、突然頭上の岩二つが次々に割れたことしか認識できていなかった。神々のやり取りや、地球と新参者の対話や、古参者の茶々入れなどは一切聞えていなかったのだ。そこへ出し抜けに鯰の苦しむ声、そして磯田源一郎の抗う声が続けて聞えてきた。二人の足許には相変わらず結城が伸びている。
しゅうううう
突然、二人の頭上で真っ二つに割れた暗黒の岩から青白い煙が噴出しはじめた。
「何だ」時中が上方を見上げる。
「どうしたのでしょうか」本原も見上げる。
ぼこっ
そして出し抜けに、二人の空洞の壁の上方に、一メートルばかりの大きさの穴が穿たれた。ほんの一瞬の間にだ。
ぼこっ ぼこっ ぼこっ
二人が息を呑む間にも、それは次々と横並びに穿たれていき、空洞の壁の上方は穴ぼこだらけとなった。
「うわ、ス」
「あぶな」神たちもさすがに声を殺してはいられなかった。
「何してやがんだ、こいつ」古参者もさすがに困惑の色を帯びた声で洩らした。「狂ったのか」
「さあ、どっちかな」伊勢が静かに答える。「狂ったのか、それとも正常な状態に戻ったのか」
「どういう意味だ?」古参者が訝しげに訊く。
「まあ、こういう奴なんだよ」伊勢はまた静かに答える。「こういう事を、昔っからする奴だった……けど新人さんたちに被害が及ぶのは避けたいな」
「鯰」鹿島が呼ぶ。「大丈夫か。鯰。生きてるか」
鯰からの返事はない。
「おかしいよね」「これブラックだっつーの」「ブラックっていうより、ダークだよね」出現物たちの狂騒じみた語り合い、叫び合いが突如として復活した。「ああ」「ダークだね」「仕事が嫌なんじゃなくて、ヒトが嫌だよね」「雰囲気がね」「そこらへんの配慮」「ないない」「もう個人のセンスのレベルだしね」「結局企業も組織も個人レベルの問題なんだよ」「そうそう」「基盤の構成物のセンスがね」「問われ」そしてその喧騒も突然に途切れた。
しゅるるるる
出現物の喧騒がふっつりと途絶えた直後、今度は何か風の巻くような音が盛大に聞え始めた。しかし空洞内に風は巻き起こっていなかった。
「何だ」時中が周囲を見回し、
「どうしたのでしょうか」本原も見回した。
巻いていたのは上方に出現した青白い煙で、それは自らの意志をもって高速回転しているようだった。そしてみるみるうちに、それは巨大な蛇のフォルムを形成したのだ。
「蛇か」時中が上方を見て叫び、
「蛇です」本原が口を抑えて確認した。
「空洞の外へ」天津は喉を枯らして叫び続けた。「時中さん、本原さん。外へ出て下さい」その叫びはしかし、当の二人に一切届いていなかった。
「まさか人に危害を加えることはしないよな」酒林はシアノバクテリア型依代の中で歯噛みした。「増してや自分の気に入ってた拠代を」
「あー」天津は絶望に空を仰ぐ体の声で呻いた。「結局何の役にも立てないな、俺」
「何いってんの」酒林はすぐに苦笑しながら答えた。「充分すぎるほど」
「立ってないよ」天津も苦笑しながら遮った。「こんな教育担当で……本当に申し訳ない、としか言えないのもまた悔しい」
「あまつん」酒林が再度すぐに答える。「自分のことをそんな風に」
「今までずっと俺は」天津は絶望にうな垂れる体の声で呟くように言った。「失望させてきたのかな、と……皆を」
「――」酒林はすぐには答えられなかった。
「じゃあ俺が役に立ってやるよ」古参者が宣言した。
「何をする気だ」
「よせ、やめろ」神たちは一斉に制止した。
「新人を地殻の材料にするか、気の狂った偽スサノオに殺させるか、どっちがいい?」古参者はせせら笑って言った。「せめて意義のある最期を送らせてやろうぜって事だよ」
「何をする気だ。やめろ」神たちは繰り返し叫ぶより他なかった。
「まあ見てろ」古参者がそう告げた直後、空洞の内部が激しく振動し始めた。
「地震か」時中が上方を見上げて叫び、
「地震です」本原が体を低くして確認した。
「出よう」時中が本原を見て提案し、
「出ましょう」本原が低くした体勢で答えた。
「結城を連れて行こう」時中はしゃがんで結城の両肩を掴み、持ち上げた。「本原さん、足を持って」
「足ですか」本原が結城の足を見て確認し、その両足首を掴んで持ち上げた。
結城の体は腕と足首を背側に持ち上げられ、強制的に湾曲した形態となった。空洞の振動はその間も激しく続き、周囲の壁から礫がぱらぱらと剥がれ落ちて来ていた。
「出る必要ねえよ」古参者の声が空洞内に響く。「今すぐ俺が助けてやる」
「この声は」時中が結城の腕を掴んだまま上方を見た。「スサノオか」
「スサノオさまですか」本原は結城の足首を掴んだまま上方を見た。
結城は強制的に湾曲した形態のまま気絶していた。
「人間の」古参者は告げた。「それから、お前らの上司である神の為に、役立ってもらうぜ」
「どうする気だ」時中が訊ね、
「私たちを何かの材料にするのですか」本原が確認する。
「まずは分子レベルに分解だ」スサノオは続けて告げた。「それ」
「やめろ」大山が叫び、
「貴様」石上が叫び、
「よせ」住吉が叫び、
「やめて」木之花が叫び、
「やめ」天津が叫びかけた。
きいいいいいいん
その時、青白い煙でできた大蛇が金属的な大音響を発しながら、頭の先から縦真っ二つに裂けた。
「やめろって」伊勢が静かに制止した。「お前の方が分解されるから」
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