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第71話
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「あんたは見境がないんですか」ルリホシエイはヒラシュモクザメを叱り飛ばした。「あんたがいつも喰ってる生き物は何ですか」
「エイですよー」ヒラシュモクザメはいまだ毒の痛みに身もだえしつつ答えた。「でもエイは尻尾に毒の棘があるから刺されないように頭で抑えつけて喰ってるんですよー。なのになんで刺すんですかー」あたかも自分が被害者であると言わんばかりに抗議する。
「いや、今あんたが抑えつけた生き物は何ですか」ルリホシエイは再度ヒラシュモクザメを叱り飛ばした。「エイじゃないでしょうが」
「え?」ヒラシュモクザメは言葉を失い、自分の体の下を見た。
しかしそこにはもう何もいなかった。
オリュクスは息継ぎのため水面上に泳ぎ上がって行ったのだ。
「あれっ」ヒラシュモクザメは驚いた。「エイはどこー?」
「エイはここですよ」ルリホシエイは尻尾の先で自分を指示した。「あんたが喰おうとしたのはエイじゃないですよ」
「あれっ」ヒラシュモクザメは改めてルリホシエイを見た。「なんでエイがそこにいるんですかー? あたし頭で抑えつけましたよねー?」
「だからあれは」
「あの、どうもこんにちは」その時二尾の上、水面上から声が聞こえた。「うちの仲間を助けて頂いてありがとうございます」
「えー?」ヒラシュモクザメが訊き返し、
「あんたは、レイヴンですか」ルリホシエイが確認した。
「はい、そうです」レイヴンは水面近くにまで泳ぎ上がってきた二尾に対し答えた。「ぼくたちはこれから、アジアの方へ海をわたって行こうと思うんです」
「えー?」ヒラシュモクザメが再び訊き返し、
「ああ、仲間を捜しに行くんですね」ルリホシエイが再び確認した。
「そうです、それで、ええと」レイヴンは少し考えた後で「お二方に、そこまでの道案内などをお願いすることはできませんか?」と切り出した。
二尾は黙り込んだ。
「ええと」レイヴンは焦燥を滲ませた。「いや、ご無理であればそれは致し方なく」
「ぼくはそんなに遠くまで泳ぐ体力がないかもです」ルリホシエイははっきりと答えた。
「あ、わかりま」レイヴンが答えようとすると、
「あー、あたしが行きましょうかー」ヒラシュモクザメが名乗りを挙げた。「さっきのエイを喰わせてもらえたらー」
「えっ?」レイヴンは触手をびくりと震わせた。
そう、レイヴンがここに辿り着いたその時、オリュクスが必死の様相で水面上に頭を覗かせたのと同時だったのだ。急いで彼を収容籠に引き上げたのだが、そこまでの経緯とこの二尾のやり取りを聞いて、レイヴンは先ほどの依頼をこの二尾に対して問いかけることに躊躇を覚えたのだった。
「エイ?」レイヴンは訊ねた。「ええと、それは」
「だからさっきのはエイじゃなかったでしょうが」ルリホシエイはヒラシュモクザメをまたしても叱り飛ばした。「あんた、海の中にいる生き物は皆エイなんだとでも思ってるんですか」
「あれー?」ヒラシユモクザメは首を傾げた。「あたしがさっき抑えつけたのはー」
「ああ、どうぞお気をつけて」ルリホシエイはレイヴンに向かって挨拶をした。「もうさっさと行った方がいいと思います」
「あ」レイヴンは慌てて挨拶を返した。「どうも。さようなら」
取り敢えず、北方面に向かい浮揚推進を続ける。
「あー、ほんとにびっくりしたあ」オリュクスはいまだ大事件に遭遇した衝撃で体と声をわななかせていた。「もう、息ができなくて、本当に死んじゃうのかと思った」
「うわあ、大変だったね」キオスが大いに慰め、
「ほらな、やっぱり一人で出歩いちゃ駄目なんだよ」コスが説教を垂れる。
レイヴン自身も、身震いを抑えられずにいた。
無事でよかった──
ディンゴという見守り役と別れた途端にこの有様だ。無論、自分が油断したことがすべての原因だ。もしオリュクスの身に何事かあったとしたら、ぼくは、ぼくは──
「レイヴン」彼の触手の震えが収容籠に伝わったのか、一番の被害者であるオリュクスの方が呼びかけた。「ごめんなさい。ぼく、もう外に出ないよ」
「ああ、いや、オリュクス、そんな」レイヴンは表しがたい悲哀と畏怖の念に声をも震わせた。「ぼくの方こそ、本当に申し訳なかった。もっとよく考えなければならなかった。もちろん君はまたいつか外に出られるさ。もっと安全に活動できる環境の中でね。すまなかった、無事で良かった」
「うん」オリュクスは笑った。「あのエイさんのおかげだよね」
「あ」レイヴンは改めてそのことに気づき、今来た方角を振り返った。
そこにはもう、ルリホシエイの姿も、ヒラシュモクザメの姿も見えなかった。
そうだ、あのルリホシエイに、もっとちゃんと感謝を述べなければならなかった。
ヒラシュモクザメの方の、どちらかというと困惑させられるタイプの言動につい振り回され、肝心な言葉を発することすら失念していたのだ。
はあ、とレイヴンは嘆息した。
自分は『いい大人』のつもりで生きてきたが、それはただの思い上がりでしか、結局のところないんだな……
「レイヴン、見て!」その時コスが叫んだ。「すごい!」
「うわあ!」
「ひゃあ!」キオスとオリュクスも叫ぶ。
「えっ?」驚いて見上げた先に、水中から高く、まるで空を突き破らんとするかのように高く、なめらかに光る細長い体で飛び上がる生物の姿があった。
「エイですよー」ヒラシュモクザメはいまだ毒の痛みに身もだえしつつ答えた。「でもエイは尻尾に毒の棘があるから刺されないように頭で抑えつけて喰ってるんですよー。なのになんで刺すんですかー」あたかも自分が被害者であると言わんばかりに抗議する。
「いや、今あんたが抑えつけた生き物は何ですか」ルリホシエイは再度ヒラシュモクザメを叱り飛ばした。「エイじゃないでしょうが」
「え?」ヒラシュモクザメは言葉を失い、自分の体の下を見た。
しかしそこにはもう何もいなかった。
オリュクスは息継ぎのため水面上に泳ぎ上がって行ったのだ。
「あれっ」ヒラシュモクザメは驚いた。「エイはどこー?」
「エイはここですよ」ルリホシエイは尻尾の先で自分を指示した。「あんたが喰おうとしたのはエイじゃないですよ」
「あれっ」ヒラシュモクザメは改めてルリホシエイを見た。「なんでエイがそこにいるんですかー? あたし頭で抑えつけましたよねー?」
「だからあれは」
「あの、どうもこんにちは」その時二尾の上、水面上から声が聞こえた。「うちの仲間を助けて頂いてありがとうございます」
「えー?」ヒラシュモクザメが訊き返し、
「あんたは、レイヴンですか」ルリホシエイが確認した。
「はい、そうです」レイヴンは水面近くにまで泳ぎ上がってきた二尾に対し答えた。「ぼくたちはこれから、アジアの方へ海をわたって行こうと思うんです」
「えー?」ヒラシュモクザメが再び訊き返し、
「ああ、仲間を捜しに行くんですね」ルリホシエイが再び確認した。
「そうです、それで、ええと」レイヴンは少し考えた後で「お二方に、そこまでの道案内などをお願いすることはできませんか?」と切り出した。
二尾は黙り込んだ。
「ええと」レイヴンは焦燥を滲ませた。「いや、ご無理であればそれは致し方なく」
「ぼくはそんなに遠くまで泳ぐ体力がないかもです」ルリホシエイははっきりと答えた。
「あ、わかりま」レイヴンが答えようとすると、
「あー、あたしが行きましょうかー」ヒラシュモクザメが名乗りを挙げた。「さっきのエイを喰わせてもらえたらー」
「えっ?」レイヴンは触手をびくりと震わせた。
そう、レイヴンがここに辿り着いたその時、オリュクスが必死の様相で水面上に頭を覗かせたのと同時だったのだ。急いで彼を収容籠に引き上げたのだが、そこまでの経緯とこの二尾のやり取りを聞いて、レイヴンは先ほどの依頼をこの二尾に対して問いかけることに躊躇を覚えたのだった。
「エイ?」レイヴンは訊ねた。「ええと、それは」
「だからさっきのはエイじゃなかったでしょうが」ルリホシエイはヒラシュモクザメをまたしても叱り飛ばした。「あんた、海の中にいる生き物は皆エイなんだとでも思ってるんですか」
「あれー?」ヒラシユモクザメは首を傾げた。「あたしがさっき抑えつけたのはー」
「ああ、どうぞお気をつけて」ルリホシエイはレイヴンに向かって挨拶をした。「もうさっさと行った方がいいと思います」
「あ」レイヴンは慌てて挨拶を返した。「どうも。さようなら」
取り敢えず、北方面に向かい浮揚推進を続ける。
「あー、ほんとにびっくりしたあ」オリュクスはいまだ大事件に遭遇した衝撃で体と声をわななかせていた。「もう、息ができなくて、本当に死んじゃうのかと思った」
「うわあ、大変だったね」キオスが大いに慰め、
「ほらな、やっぱり一人で出歩いちゃ駄目なんだよ」コスが説教を垂れる。
レイヴン自身も、身震いを抑えられずにいた。
無事でよかった──
ディンゴという見守り役と別れた途端にこの有様だ。無論、自分が油断したことがすべての原因だ。もしオリュクスの身に何事かあったとしたら、ぼくは、ぼくは──
「レイヴン」彼の触手の震えが収容籠に伝わったのか、一番の被害者であるオリュクスの方が呼びかけた。「ごめんなさい。ぼく、もう外に出ないよ」
「ああ、いや、オリュクス、そんな」レイヴンは表しがたい悲哀と畏怖の念に声をも震わせた。「ぼくの方こそ、本当に申し訳なかった。もっとよく考えなければならなかった。もちろん君はまたいつか外に出られるさ。もっと安全に活動できる環境の中でね。すまなかった、無事で良かった」
「うん」オリュクスは笑った。「あのエイさんのおかげだよね」
「あ」レイヴンは改めてそのことに気づき、今来た方角を振り返った。
そこにはもう、ルリホシエイの姿も、ヒラシュモクザメの姿も見えなかった。
そうだ、あのルリホシエイに、もっとちゃんと感謝を述べなければならなかった。
ヒラシュモクザメの方の、どちらかというと困惑させられるタイプの言動につい振り回され、肝心な言葉を発することすら失念していたのだ。
はあ、とレイヴンは嘆息した。
自分は『いい大人』のつもりで生きてきたが、それはただの思い上がりでしか、結局のところないんだな……
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「うわあ!」
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