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【4】
邸に戻って、ステファニアは今日見たことを家族に話した。
晩餐の席であったから、姉夫婦は勿論、父と母にも話して聞かせた。
「ノーマン辺境伯令息に間違いなかったのだな?」
てっきり聖女について聞かれると思っていたが、父が確かめたのはエルリックのほうだった。
「ええ、あれは間違いなく王子、じゃないエルリック様です。あの白銀の髪を見間違えることはありません」
「まあ、そんなに目立つ髪色なの?」
「ええ、お姉様。私はエルリック様の髪ほど美しい髪をこれまで見たことがないわ。それにあの青い瞳。吸い込まれちゃうかと思ったわ」
「良かった、私のステファニアが吸い込まれずに帰ってきて」
姉と話すと、ついついお話が脱線しちゃうのは女子あるあるだ。
「辺境伯令息が聖女を伴って街に出ていたと言うんだね」
流石は切れ者の義兄、女子が脱線した軌道を素早く修正した。
「噂通りであれば、彼女が聖女なんだと思うの。あの濡羽色の髪に漆黒の瞳。あんなにも可憐な方だったなんて」
「それほど?」
「ええ、お姉様。まるで二人は絵本の世界から飛び出した姫君と王子様だったわ」
「まあ!私も見てみたい」
「えーと、王子様を?姫君を?」
「どっちもよ」
姉の答えに、義兄が慌てた。
「あー、マグノリア。君の王子様は僕だけでいいんじゃないかな?」
「ええ、勿論だわ。ヒューバート」
姉と義兄がいちゃいちゃしそうな気配を感じて、今のうちに、言うべきか悩んでいたことを話してしまおうと思った。
ステファニアは父に向かって言った。
「お父様。私、多分、ニコラス様から婚約の解消を願われると思うんです」
母にも姉夫婦にも、以前から話していたことだった。だが父には、今日初めて打ち明ける。
「何を根拠にそう思うんだ?」
父は食事の手を止めて、ステファニアを見て尋ねた。
「初めからなんです。ニコラス様は初めから、私に興味をお持ちではなかったの。だから私、最初から、いつかそうなるのだろうと覚悟をしておりました」
「最初から?」
「ええ。私たち、別に仲違いした訳ではないのですけれど、大して仲良しでもないんです」
父は「大して仲良しでもない」と言い退けたステファニアをじっと見た。
「……それで?」
「それで、ニコラス様は今、聖女に夢中なんですわ」
「聖女に?会ったこともないのにか?」
「ええ。会ってみたいと仰っておられました。きっと美しいのだろうなとも。それで」
そこでステファニアが言い淀んだ。すかさず姉が助け舟を出してくれた。
「お父様。今日ステファニアは、ニコラス様にお茶会をすっぽかされましたの」
「どういう意味だ?」
姉のストレートな物言いに、父は確かめるように聞いてきた。
「そのままですわ。月に二度しかない婚約者とのお茶会を、今朝の今朝になって急に断ってきたのですわ」
「……それと、婚約解消とどう関係があるんだ」
「お父様。殿方が約束の日に来ないのは、それは別れの前兆でしてよ」
姉は、朝方の不吉な予言めいた言葉を父にも言って聞かせた。
「貴方もそう思うでしょう?ヒューバート」
「僕は君との約束に遅れたことも反故にした事も一度もないから、剣しか持てない若造の気持ちはこれっぽっちもわからないな」
朝と同じ姉の問い掛けに、義兄は一言一句違わずキレのある返答をした。なんだろう、何度聞いても胸がスカッとする。
「お母様はどう思いになって?」
姉に問いかけられて、母はティーカップをソーサーに戻した。どんな時にも優雅な母である。
「ステファニアの魅力に気がつかないなんて、とんだ盆暗ね」
お母様、それでは私も盆暗です。だって私も自分の魅了だなんて気づいたことなどないんですもの。
「お父様」
ステファニアは、気を取り直して改めて父に向き直った。
「お父様もご存知でしょう。聖女が学園に編入するのです、近々に。あの可憐な聖女を見たなら、ニコラス様は忽ち恋に落ちるでしょう」
それだけは自信を持って言えることだった。
「私を可哀想だなんて思わないでください。覚悟なら疾うの昔にできております。初めて会ったその日から、彼とはこうなるのだと予感しておりましたから」
結局父は、現状ニコラスからのなんの申し出がないのだからと静観するようであった。
ただ、父の耳に入ってしまったのだから、何も用意をしない筈はない。ステファニアは覚悟だけで済むかも知れないが、父は貴族の契約事の諸々を考えているだろう。きっとステファニアの知らない手筈が要るだろう。
家族の前で打ち明けたことで、ステファニアは現実がその方向へ進み始めたのを感じた。
「一昨日は済まなかった」
「いいえ、文を頂戴しましたから」
月曜日の朝。
ニコラスはいつも通りにステファニアを迎えにきた。馬車に乗ると、すぐに茶会の欠席を詫びた。
「……理由を聞かないのか?」
聞いてどうなるというのか。過ぎた時間は戻らない。ステファニアのくさくさした記憶も消えるわけではない。
「ニコラス様がお忙しいかったのに、私がその理由を伺うことなんてございませんわ」
多分、こんなところが可愛くないのだろう。
自分でもわかっているのだが、ほかに答えが見つからなかった。
ニコラスはそれ以上はなにも言わなかった。
次の茶会は彼の邸であるから、流石に自邸での茶会を直前で断ることはしないだろう。
そうであればそれまでの二週間、彼はなにを思うだろう。あれほど気に掛けていた聖女が、いよいよ学園にやってくる。
ステファニアは、膝の上に乗せた手をきゅっと握り締めた。
晩餐の席であったから、姉夫婦は勿論、父と母にも話して聞かせた。
「ノーマン辺境伯令息に間違いなかったのだな?」
てっきり聖女について聞かれると思っていたが、父が確かめたのはエルリックのほうだった。
「ええ、あれは間違いなく王子、じゃないエルリック様です。あの白銀の髪を見間違えることはありません」
「まあ、そんなに目立つ髪色なの?」
「ええ、お姉様。私はエルリック様の髪ほど美しい髪をこれまで見たことがないわ。それにあの青い瞳。吸い込まれちゃうかと思ったわ」
「良かった、私のステファニアが吸い込まれずに帰ってきて」
姉と話すと、ついついお話が脱線しちゃうのは女子あるあるだ。
「辺境伯令息が聖女を伴って街に出ていたと言うんだね」
流石は切れ者の義兄、女子が脱線した軌道を素早く修正した。
「噂通りであれば、彼女が聖女なんだと思うの。あの濡羽色の髪に漆黒の瞳。あんなにも可憐な方だったなんて」
「それほど?」
「ええ、お姉様。まるで二人は絵本の世界から飛び出した姫君と王子様だったわ」
「まあ!私も見てみたい」
「えーと、王子様を?姫君を?」
「どっちもよ」
姉の答えに、義兄が慌てた。
「あー、マグノリア。君の王子様は僕だけでいいんじゃないかな?」
「ええ、勿論だわ。ヒューバート」
姉と義兄がいちゃいちゃしそうな気配を感じて、今のうちに、言うべきか悩んでいたことを話してしまおうと思った。
ステファニアは父に向かって言った。
「お父様。私、多分、ニコラス様から婚約の解消を願われると思うんです」
母にも姉夫婦にも、以前から話していたことだった。だが父には、今日初めて打ち明ける。
「何を根拠にそう思うんだ?」
父は食事の手を止めて、ステファニアを見て尋ねた。
「初めからなんです。ニコラス様は初めから、私に興味をお持ちではなかったの。だから私、最初から、いつかそうなるのだろうと覚悟をしておりました」
「最初から?」
「ええ。私たち、別に仲違いした訳ではないのですけれど、大して仲良しでもないんです」
父は「大して仲良しでもない」と言い退けたステファニアをじっと見た。
「……それで?」
「それで、ニコラス様は今、聖女に夢中なんですわ」
「聖女に?会ったこともないのにか?」
「ええ。会ってみたいと仰っておられました。きっと美しいのだろうなとも。それで」
そこでステファニアが言い淀んだ。すかさず姉が助け舟を出してくれた。
「お父様。今日ステファニアは、ニコラス様にお茶会をすっぽかされましたの」
「どういう意味だ?」
姉のストレートな物言いに、父は確かめるように聞いてきた。
「そのままですわ。月に二度しかない婚約者とのお茶会を、今朝の今朝になって急に断ってきたのですわ」
「……それと、婚約解消とどう関係があるんだ」
「お父様。殿方が約束の日に来ないのは、それは別れの前兆でしてよ」
姉は、朝方の不吉な予言めいた言葉を父にも言って聞かせた。
「貴方もそう思うでしょう?ヒューバート」
「僕は君との約束に遅れたことも反故にした事も一度もないから、剣しか持てない若造の気持ちはこれっぽっちもわからないな」
朝と同じ姉の問い掛けに、義兄は一言一句違わずキレのある返答をした。なんだろう、何度聞いても胸がスカッとする。
「お母様はどう思いになって?」
姉に問いかけられて、母はティーカップをソーサーに戻した。どんな時にも優雅な母である。
「ステファニアの魅力に気がつかないなんて、とんだ盆暗ね」
お母様、それでは私も盆暗です。だって私も自分の魅了だなんて気づいたことなどないんですもの。
「お父様」
ステファニアは、気を取り直して改めて父に向き直った。
「お父様もご存知でしょう。聖女が学園に編入するのです、近々に。あの可憐な聖女を見たなら、ニコラス様は忽ち恋に落ちるでしょう」
それだけは自信を持って言えることだった。
「私を可哀想だなんて思わないでください。覚悟なら疾うの昔にできております。初めて会ったその日から、彼とはこうなるのだと予感しておりましたから」
結局父は、現状ニコラスからのなんの申し出がないのだからと静観するようであった。
ただ、父の耳に入ってしまったのだから、何も用意をしない筈はない。ステファニアは覚悟だけで済むかも知れないが、父は貴族の契約事の諸々を考えているだろう。きっとステファニアの知らない手筈が要るだろう。
家族の前で打ち明けたことで、ステファニアは現実がその方向へ進み始めたのを感じた。
「一昨日は済まなかった」
「いいえ、文を頂戴しましたから」
月曜日の朝。
ニコラスはいつも通りにステファニアを迎えにきた。馬車に乗ると、すぐに茶会の欠席を詫びた。
「……理由を聞かないのか?」
聞いてどうなるというのか。過ぎた時間は戻らない。ステファニアのくさくさした記憶も消えるわけではない。
「ニコラス様がお忙しいかったのに、私がその理由を伺うことなんてございませんわ」
多分、こんなところが可愛くないのだろう。
自分でもわかっているのだが、ほかに答えが見つからなかった。
ニコラスはそれ以上はなにも言わなかった。
次の茶会は彼の邸であるから、流石に自邸での茶会を直前で断ることはしないだろう。
そうであればそれまでの二週間、彼はなにを思うだろう。あれほど気に掛けていた聖女が、いよいよ学園にやってくる。
ステファニアは、膝の上に乗せた手をきゅっと握り締めた。
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