ふられちゃったら

桃井すもも

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【29】

「貴女ったら、足枷が外れたからって、また何をやらかしているの?」

 晩餐の席で姉に問われて、ステファニアは何のことか身に覚えが無かった。何気に姉がニコラスとの婚約を足枷呼ばわりしたのはスルーした。

「王立貴族学園の男装の令嬢。」
「ぶっ」
「お義兄様ったら、汚いわ。」
 ステファニアは義兄にナプキンを差し出す。

「いいのよ。この人の事は気にしないで。それより、ステファニア。貴女、一体何を仕出かしたのかしら。」

 姉は両親の前でステファニアを追求する。けれどもその目は好奇の色に染まっていた。

「別に、大した事はしていないわ。先生に頼まれただけよ。」
「何を。」
「ダンスの授業で男性パートを。ご令嬢方から頼まれてしまったから。それにお姉様、私、男装なんてしてないわ。ちょっと声音を変えただけよ。」
「だそうです、お父様。」

 二人の話しに黙って耳を傾けていた父がステファニアを見つめる。

「あのぅ、お父様。単位はきちんと頂けましたわ。」

「そう云うことでは無いのよ、ステファニア。」

 姉がまたステファニアに言うも、口元には悪い笑みが浮かんでいる。義兄を見れば、眉を寄せて苦悶の表情を浮かべていた。

 対照的な二人に目を奪われていると、

「貴女に縁談が来たの。」

 母がナプキンで口元を拭き、それから柔らかな笑みのまま教えてくれた。

「え、縁談?」
「キドニー伯爵から。」
「えっ!!」

 キドニー伯爵とは王都に邸を持つ伯爵家の当主である。三十路を過ぎているが細君を得ていない。何故なら彼は生粋の男色家であった。若い頃に所属していた騎士団では、年若の騎士達を食い散らかして除隊させられているのは有名な話しである。

 つい先日、エルリックから言われていたのを馬鹿な話しと笑い飛ばしていたのが、目の前に現実として現れた。

「私は反対だっ、そんな所にステファニアを嫁がせるだなんてっ!」
「当たり前でしょう。」

 涙目で叫ぶ義兄を姉が遮る。

「お母様が既にお断りの文を出してるわ。」

 ステファニアは、そこで漸く息を吐いた。衝撃のあまり、呼吸を忘れていた。

「でもぉ、その、えーと、「はっきりおっしゃい。」

 姉は、今度はステファニアを遮った。

「先生に頼まれてしまったのですもの。それにご令嬢の皆様方にもとても喜んで頂けて、今更お断りなんて出来そうにないわ。先生からはブラボーと仰って頂いてるし。」

「まあ、宜しいでしょう。」

 そこで母が手を差し伸べた。今日の母はステファニアに甘い。そうして父は母に甘い。ステファニア>母>父である。良し、これで決まりだ。母が良ければ父は陥落確定である。

Excellentエクセレントを目指しなさい。やるなら天辺てっぺんよ、ステファニア。」

「承知致しました、お母様。」

 母とにんまり笑みを交わせば、「ぐぬぬ」と義兄が呻いた。姉はあれほど詰っていながら、二人を面白そうに眺めていた。



「もうっ!エルリック様の言った通りになっちゃったじゃない!」

 昼休みにキドニー伯爵から持ち掛けられた縁談の事を話せば、アメリアは途端にまなじりを吊り上げた。

「でも、お母様が断って下さった「当たり前でしょう!!」

 仔犬ならキャンと鳴き出すだろう剣幕でアメリアに叱られる。

「けれど、お母様はダンスについてはお認めになったの。Excellentエクセレントを目指しなさい、やるなら天辺てっぺんを目指せと仰ったわ。」

「ふはっ、それなら是非とも天辺てっぺんを目指さないとね。」

「駄目よ駄目駄目、何を仰ってるの、エルリック様!ステファニアに可怪しな事を吹き込まないで!」

「まあまあ。でもステファニア嬢には元に戻ってほしいと云う声なら確かに有るよ。残念に思ってる奴等が多いから。」

「奴等?」

 怪訝な表情のステファニアに、エルリックはかいを教える。

「君が男性パートになってしまっては、男子生徒は君とは踊れないだろう?」

「まあ。ならばステファニアに変な虫が付く位なら、このまま女子と踊ってくれてる方が余程良いわね。」

 どうやらアメリアはそれで納得したらしい。
 それから落ち着きを取り戻したアメリアは、そこで少し声を潜めた。この部屋には三人しかいないのだが、ステファニアはつい周りを見渡してしまった。

「王太子殿下の噂を聞いた?」
「え?王太子殿下?」
「そうよ。その様子では、どうやら貴女のお義兄様も口を噤んでいらっしゃるのね。」

「私、最近、お義兄様には心配ばかり掛けているの。心配しか掛けていないとも言えるわ。」

「貴女、信用されていないのではなくて?ダンスで男性パートを踊ったりするから。」
 アメリアはまだ根に持っているらしい。

「アメリア嬢、それで?」
 エルリックが、やんわりとアメリアを促した。

「ああ、ごめんなさい。そうそう王太子殿下の噂だったわ。」

 そこでアメリアは、先程よりも一層声を潜めた。

「王太子殿下が聖女を婚約者に望んでいるのだと。」
「ええ!真逆!そんな事って有るの?」
「有るから噂になっているんでしょう。」
「だって、王太子殿下には既に婚約者様がいらっしゃるのよ。」

 ステファニアの言葉は事実である。王太子殿下には同い年の公爵令嬢が婚約者として定められている。二人は幼い頃に婚約を交わしていた。

「その為にシャーロット様は王都へ呼ばれたのかしら。」

「そうでなければ噂にはならないわ。」

 ステファニアの言葉に、アメリアは当然の様に答えた。

「公爵家はそれで良いのかしら。」
「良くないに決まってるでしょう。噂が事実なら大事おおごとよ。」
「シャーロット様はそれをご承知なのかしら。」
「彼女の気持ちは解らないわね。彼女の事は、全然解らないわ。」

 アメリアの言う通りである。シャーロットは今だ謎の人物であった。
 ステファニアは思わずエルリックを見る。

 エルリックは感情の見えない表情をしていた。
 青い瞳は寒々として見えた。






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