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【30】
「ところでアメリア嬢。君は何処でその噂を聞いたんだい?」
アメリアにエルリックが尋ねる。
ステファニアには、エルリックが硝子の様に温度を感じさせない、まるで知らない人の様に思えた。彼とは、つい数分前まで馬鹿な話しで笑い合っていた。
アメリアに問うエルリックの横顔を、ステファニアは見つめる。その視線に気が付いて、エルリックはこちらを振り返った。
ステファニアとエルリック。どちらも言葉を発しないまま、一瞬見つめ合う形となった。
しかしそれも直ぐに解れた。二人の間に流れた微妙な空気に気が付いたのか、アメリアがちょっと戯けた風に肩を竦めた。
「お手洗いよ。」
アメリアったら。殿方の前でお手洗いだなんて。聞いているステファニアの方が頬を赤らめてしまった。
「お手洗いを侮ってはいけないわ。彼処は秘密話の溜まり場よ。」
アメリアは至極真面目な顔で二人に向かって持論を述べる。
「ああ云う場所って、色々気が抜けちゃうのね。溜め込んだものを出す場所だか「ああ~もう大丈夫よ、アメリア。それ以上言ってはいけないわ。」
ステファニアは思わず遮ってしまう。侯爵令嬢がそんな事を言っては駄目よ。
「確かにそうかもね。」
先程までの温度の感じさせないエルリックは既に消え去り、いつもの空気を纏った彼はアメリアの言葉に相槌を打った。
ステファニアは随分前から気付いていた事を、ここで見過ごす事が出来なかった。
エルリックは細身の体躯に加えて、白銀の髪色や白い肌が中性的な雰囲気を漂わせて、令嬢達から「王子」と呼ばれる程である。
見目ばかりではなく、平素から物静かで落ち着きがあり、ランチタイムを一緒に過ごすまでステファニアは彼を見た目通りの人物だと思っていた。
改めて知る彼は、気さくでユーモアも有り、アメリアとステファニアの遣り取りに行き成り吹き出し笑いもする。
婚約関係に影の差すステファニアが自分の心と向き合えたのは、アメリアとエルリックの存在が大きかっただろう。
夏休みに自領への訪問を誘ってくれた。
泳ぎ方を教えると言ってくれた。
馬の話しや領地の事や、後はなんだろう。兎に角、たくさん話しをした。貴族に有りがちな表面を取り繕う必要をアメリアとエルリックには感じなかった。その感覚は、婚約者であったニコラスからは得られなかったものである。
そのエルリックを不可解な人物と思わせるのは、いつだって聖女に関わる時である。
シャーロットに関する時だけは、エルリックは酷く冷めた表情をする。それは彼がシャーロットを警戒するのか、シャーロットに触れる物事を警戒するのか。
ステファニアには、それが後者の様に思えた。
エルリックはシャーロットについて触れてほしくは無いのでは?
彼はシャーロットを護りたいのでは?
それはアメリアやステファニアに対しても同じで、触れたなら許しはしないと警戒しているのでは?
実際のシャーロットは、王家に護られ王城に身を寄せて、学園では第三王子に護られている。学園なら元から配属されていた衛兵に加えて近衛騎士まで警護に当たっている。
「ステファニア。」
ステファニアはどんな表情をしていたのだろう。
名を呼ばれてアメリアを見れば、アメリアは酷く心配そうな顔でステファニアを見つめていた。
ステファニアはこの胸に蟠る思いを払拭しなければ、この先何度も同じ事を考えてしまう。
こんな事を言ったなら、きっと嫌われてしまうだろう。人間性を疑われるかも知れない。何よりがっかりさせるだろう。でも、聞かねばならない。問わねばならない。
そうしなければ、この先、彼とはいられない。
「エルリック様。私を探っても何も出ないわ。父も義兄も確かに私に甘いけれど、本分を見失う痴れ者ではなくてよ。王家の事も聖女の事も、辺境伯へ関する事も、私は何一つ聞いてはいないし知らないの。話せる事なら疾うの昔に話しているわ。探る相手を間違えたのなら、貴方とのランチタイムは今日を限りに辞めてもらって結構よ。今まで本当に楽しかったわ、有難う。それだけで十分だから、私のことは気にしないで頂戴。」
ステファニアは瞬き一つすること無く、エルリックをひたと見つめて話した。
エルリックは、やはり温度の無い表情を向けてステファニアを見つめる。
どれ位、そうして見つめ合ったのか。ほんの一瞬であったのか数分であったのか。
「警戒を解いてくれないか、ステファニア嬢。君にそんな事を考えさせたのなら謝らせて欲しい。確かに君に情報の共有を願ったが、そんなつもりではないよ。前にも言った通り、君のお父上の事も義兄上の事も承知している。正直に言えば、君となら共闘出来ると目論んだのは確かにあるけれど、スパイをさせたい訳じゃない。」
エルリックの言葉にステファニアは今だ表情を変えない。
「君とアメリア嬢に友情を感じていたのは信じて欲しい。君にこんな事を言わせてしまった己の無能さが悔やまれる。三人で過ごすこの時間を掛け替えのないものだと思っていた。辺境へ戻れば二度と得られない、人生の僅かな輝きだと思っていた。君達との関係を得難いものだと思っていた。学生らしい暮らしを得難いものだと、「エルリック様、もう解ったから。」
ステファニアは、エルリックの瞼にハンカチを押し当てた。
「解ったから、お願い、泣かないで。」
エルリックは自分で涙を流しているのを気付かないでいたらしい。
どうしてそんな事が出来たのだろう。何も考えなかったからか。いや、考えていた。泣かないで欲しいと考えた。
ステファニアはエルリックの目元をハンカチでごしごし拭い、それから白銀の髪を抱き寄せた。エルリックの頭を抱き寄せ、そのまま胸の中に抱き締めた。
「泣かないで、貴方が泣くと私まで泣きたくなるわ。」
エルリックの旋毛に頬を寄せて囁いた。
いつの間にかアメリアも寄ってきて、二人に腕を回して来た。
エルリックが、恐る恐るステファニアの腰に腕を回す。
男子であるとか女子であるとか、貴族であるとか、令嬢だとか、王家だとか辺境だとか、そんな一切を忘れてしまって、三人は互いに腕を回して抱き締め合った。
こんな風に誰かと抱き締め合うのは初めてのことだった。
アメリアにエルリックが尋ねる。
ステファニアには、エルリックが硝子の様に温度を感じさせない、まるで知らない人の様に思えた。彼とは、つい数分前まで馬鹿な話しで笑い合っていた。
アメリアに問うエルリックの横顔を、ステファニアは見つめる。その視線に気が付いて、エルリックはこちらを振り返った。
ステファニアとエルリック。どちらも言葉を発しないまま、一瞬見つめ合う形となった。
しかしそれも直ぐに解れた。二人の間に流れた微妙な空気に気が付いたのか、アメリアがちょっと戯けた風に肩を竦めた。
「お手洗いよ。」
アメリアったら。殿方の前でお手洗いだなんて。聞いているステファニアの方が頬を赤らめてしまった。
「お手洗いを侮ってはいけないわ。彼処は秘密話の溜まり場よ。」
アメリアは至極真面目な顔で二人に向かって持論を述べる。
「ああ云う場所って、色々気が抜けちゃうのね。溜め込んだものを出す場所だか「ああ~もう大丈夫よ、アメリア。それ以上言ってはいけないわ。」
ステファニアは思わず遮ってしまう。侯爵令嬢がそんな事を言っては駄目よ。
「確かにそうかもね。」
先程までの温度の感じさせないエルリックは既に消え去り、いつもの空気を纏った彼はアメリアの言葉に相槌を打った。
ステファニアは随分前から気付いていた事を、ここで見過ごす事が出来なかった。
エルリックは細身の体躯に加えて、白銀の髪色や白い肌が中性的な雰囲気を漂わせて、令嬢達から「王子」と呼ばれる程である。
見目ばかりではなく、平素から物静かで落ち着きがあり、ランチタイムを一緒に過ごすまでステファニアは彼を見た目通りの人物だと思っていた。
改めて知る彼は、気さくでユーモアも有り、アメリアとステファニアの遣り取りに行き成り吹き出し笑いもする。
婚約関係に影の差すステファニアが自分の心と向き合えたのは、アメリアとエルリックの存在が大きかっただろう。
夏休みに自領への訪問を誘ってくれた。
泳ぎ方を教えると言ってくれた。
馬の話しや領地の事や、後はなんだろう。兎に角、たくさん話しをした。貴族に有りがちな表面を取り繕う必要をアメリアとエルリックには感じなかった。その感覚は、婚約者であったニコラスからは得られなかったものである。
そのエルリックを不可解な人物と思わせるのは、いつだって聖女に関わる時である。
シャーロットに関する時だけは、エルリックは酷く冷めた表情をする。それは彼がシャーロットを警戒するのか、シャーロットに触れる物事を警戒するのか。
ステファニアには、それが後者の様に思えた。
エルリックはシャーロットについて触れてほしくは無いのでは?
彼はシャーロットを護りたいのでは?
それはアメリアやステファニアに対しても同じで、触れたなら許しはしないと警戒しているのでは?
実際のシャーロットは、王家に護られ王城に身を寄せて、学園では第三王子に護られている。学園なら元から配属されていた衛兵に加えて近衛騎士まで警護に当たっている。
「ステファニア。」
ステファニアはどんな表情をしていたのだろう。
名を呼ばれてアメリアを見れば、アメリアは酷く心配そうな顔でステファニアを見つめていた。
ステファニアはこの胸に蟠る思いを払拭しなければ、この先何度も同じ事を考えてしまう。
こんな事を言ったなら、きっと嫌われてしまうだろう。人間性を疑われるかも知れない。何よりがっかりさせるだろう。でも、聞かねばならない。問わねばならない。
そうしなければ、この先、彼とはいられない。
「エルリック様。私を探っても何も出ないわ。父も義兄も確かに私に甘いけれど、本分を見失う痴れ者ではなくてよ。王家の事も聖女の事も、辺境伯へ関する事も、私は何一つ聞いてはいないし知らないの。話せる事なら疾うの昔に話しているわ。探る相手を間違えたのなら、貴方とのランチタイムは今日を限りに辞めてもらって結構よ。今まで本当に楽しかったわ、有難う。それだけで十分だから、私のことは気にしないで頂戴。」
ステファニアは瞬き一つすること無く、エルリックをひたと見つめて話した。
エルリックは、やはり温度の無い表情を向けてステファニアを見つめる。
どれ位、そうして見つめ合ったのか。ほんの一瞬であったのか数分であったのか。
「警戒を解いてくれないか、ステファニア嬢。君にそんな事を考えさせたのなら謝らせて欲しい。確かに君に情報の共有を願ったが、そんなつもりではないよ。前にも言った通り、君のお父上の事も義兄上の事も承知している。正直に言えば、君となら共闘出来ると目論んだのは確かにあるけれど、スパイをさせたい訳じゃない。」
エルリックの言葉にステファニアは今だ表情を変えない。
「君とアメリア嬢に友情を感じていたのは信じて欲しい。君にこんな事を言わせてしまった己の無能さが悔やまれる。三人で過ごすこの時間を掛け替えのないものだと思っていた。辺境へ戻れば二度と得られない、人生の僅かな輝きだと思っていた。君達との関係を得難いものだと思っていた。学生らしい暮らしを得難いものだと、「エルリック様、もう解ったから。」
ステファニアは、エルリックの瞼にハンカチを押し当てた。
「解ったから、お願い、泣かないで。」
エルリックは自分で涙を流しているのを気付かないでいたらしい。
どうしてそんな事が出来たのだろう。何も考えなかったからか。いや、考えていた。泣かないで欲しいと考えた。
ステファニアはエルリックの目元をハンカチでごしごし拭い、それから白銀の髪を抱き寄せた。エルリックの頭を抱き寄せ、そのまま胸の中に抱き締めた。
「泣かないで、貴方が泣くと私まで泣きたくなるわ。」
エルリックの旋毛に頬を寄せて囁いた。
いつの間にかアメリアも寄ってきて、二人に腕を回して来た。
エルリックが、恐る恐るステファニアの腰に腕を回す。
男子であるとか女子であるとか、貴族であるとか、令嬢だとか、王家だとか辺境だとか、そんな一切を忘れてしまって、三人は互いに腕を回して抱き締め合った。
こんな風に誰かと抱き締め合うのは初めてのことだった。
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