ふられちゃったら

桃井すもも

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【31】

「エルリック様。貴方、思い違いをしているわ。」



 極まった感情の昂りが鎮まれば、後は何となく照れくささが湧いて残る。

 抱き締め合った腕を解いて互いに離れ、元いた場所に座り直せば、気恥ずかしさは益々増してきて、三人は暫く口を開く事も出来ずにもじもじしていた。

 ステファニアも、自身がエルリックに放った言葉が荒削りの衝動的な物言いであったのを、今更ながら思い返して申し訳なく思った。
 それでも一つだけ、エルリックにきちんと伝え切れていない事がある。

「エルリック様。私、最初から貴方とは共同戦線を張るのだと承知したわ。父にも義兄にもそれは話してあるし、私達が知り得た事も父には話すつもりよ。それは貴方も承知してくれた。
 私が言いたかったのは、そうではないの。もっと貴方を不快にさせるかも知れないし、警戒させるかも知れない。それでも話しを聞いてくれる?」

 エルリックが目元をほんのり赤らめているのは、令嬢に思わず涙を見られて抱き締められた照れ臭さからか、ステファニアにゴシゴシ拭われて摺れてしまったが為か。
 白い肌が紅色に染まる様は、絵本の中の王子そのものに見えた。

 ステファニアの言葉にエルリックが頷いた。アメリアにはステファニアの言わんとする事が解っていると思われた。

「話せない事は言わなくて結構よ。貴方の立場を考えれば、他言出来ない事は多いでしょう。だから、聞いてくれるだけで良いの。私が貴方に抱いた疑念を打ち明けるわ。」

「疑念?」
 そこで漸くエルリックは言葉を発した。

「ええ。きっと不快にさせるでしょうから先に謝るわね。
 貴方、シャーロット様の身を案じているのではなくて?そんな軽い言葉では足りないかしら。シャーロット様の身を護りたいと思っているのでは?貴方は、僅かでもシャーロット様が関わると表情が抜け落ちるのよ。色も温度も無くして、まるで剥き身のやいばの様に鋭くなるの。それを私やアメリアの前でも見せるから、てっきり私、私達でもシャーロット様を害したと判断されたなら貴方は排除しようとするのではと思ったの。
 貴方は多分、シャーロット様と多少なりとも関わりがあるのでしょう。ああ、答えなくて大丈夫よ。ただ、私がそう思っているのだと伝えたかったの。」

 アメリアもやはり同じ事を考えていたのだろう。成り行きを静かに見守っている。

「シャーロット様の身分を慮っているのかしら。あの方は、貴族なのでしょう。かなり高位の。あの髪と瞳から思うに、多分、他国なのではなくて?安心して、彼女の身辺を探った訳では無いわ。見れば解る事ですもの。きっと私達以外にも気付いている人は多い筈よ。立ち居振る舞いが美し過ぎるのですもの。」

 エルリックは変わらず黙り込んだままである。まるで話し方を忘れた様に見えた。

「良いのよ、エルリック様。何も言わなくて。ただ、私が貴方とシャーロット様との間に何某かの繋がりがあるのだと思っている事をお話ししたかったの。その上で、この先も私達とお付き合い下さるのなら「今は言えない。けれど、君達を疑ったりしていないし、排除だなんて考えていない。考えた事なんて唯の一度も無い。」

 終いまで言い終える前に、エルリックは強めの口調で言葉を挟んだ。彼にしては珍しい行動である。

「解ったわ。」

 ステファニアがそう言って笑って見せた。
 上手く笑えただろうか。

「じゃあ、共同戦線は継続ね。良かったわ、希少なお茶を楽しめなくなるのは辛いもの。これ、初摘みではなくて?」

 アメリアが、すっかり冷めてしまったお茶を口に含んだ。冷めても尚、爽やかな果実を思わせる香りが辺りに漂っている。

「ああ、うん。王家に奉上するついで多目に届けてもらった。君達にも分けたくて。」

「ちょっと!早く言ってよね!ねえ、何か入り用な物ってあるかしら?自慢じゃあないけれど、我が家は大抵のものなら手に入れられるわ。是非とも御礼をさせて頂戴な。」

 重さを拭い切れない空気を一刀両断木っ端微塵に霧散させて、アメリアは一瞬のうちに場の空気を霧散させた。
 人の心にするりと入り、それでいて決して不快にさせないアメリアのこんな度量がステファニアは好きであったし羨ましくもあった。

 ステファニアは、自分の抑えられない感情からエルリックを追い詰めてしまった。

 相手がエルリックだから余計、ステファニアは胸の内に燻る気持ちを見過ごす事が出来なかった。そうして多分、踏み込み過ぎた。自分自身の若さから来る潔癖さを宥める事が出来ない為に、危ういところで大切な友人を失ってしまったかも知れない危険を冒した。

 未熟な正義を振りかざした様な後味の悪さが残った。そうしてそれを真正面から受け止めてくれたエルリックを、どうしても失いたくは無いと思った。

「洗って返すよ。」

 まだ目元をほんのり赤く染めたまま、エルリックがハンカチを手に握って言う。

「いいわよ、気にしないで。貴方に差し上げるわ。」

 ステファニアがそう言えば、エルリックは「有難う」と小さく言って、制服の内ポケットに仕舞った。


 その晩、母は超絶ご機嫌であった。
 西の辺境伯領の茶葉は流通量が少なく入手が極めて困難である。その貴重な茶葉の初摘みを子息から分けてもらった。

「御子息は何がお好きなのかしら。なかなか細やかなところまで目の利く青年とお見受けしたわ。何処ぞの脳筋とは大違いね。」

 同じ騎士であるニコラスを、然りげ無く比べて落としてみせた。

「お母様がお喜びであったと伝えるわ。彼はきっとそれだけで喜んでくれると思うから。」

 御礼ならステファニアがしたい。
 エルリックは何が好きなのだろう。ステファニアは白銀の髪を揺らす彼の濃く青い瞳を思い浮かべた。







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