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【39】
「ああー、君達君達、ちょっと近過ぎやしないか。もっと離れなさい。ほら、離れて。」
「お義兄様、五月蝿いわ。全然近くないじゃない。これ以上離れたら窓から外に出てしまうわ。」
「ステフとやら、口答えはいけないんだぞ。全く主のしつけがなっていない侍従だな。」
「ふ~ん。侍従でしたらもう少し近くに侍って宜しいですね。ねー、エルリック様。」
「こらっ、ステファニア!今言ったばかりだろう。近いんだよ!近付き過ぎはダメなんだよ!」
夜の内に王都を出た馬車は、宵闇の中、街道を進んでいた。
エルリックが、母からステファニアを辺境伯領へ連れ出すことを許されて邸へと帰った直ぐ後に、何故か義兄が戻って来た。
姉があらましを説明すると、
「そんな不純異性交遊、義兄は許しません!」と怒り出した。
どうやら義兄は父から辺境伯領へ赴くよう命じられて、その準備の為に帰宅したらしい。
ステファニアがエルリックに付いて行く事を知るや否や、本来であればシャーロット達の出発に合わせるところをそれを部下に任せて、自分もステファニア達に帯同すると言い張った。
結局、父もその方が良かろうと言ったから、彼は今、ステファニアの真向かいでぷりぷりする事となったのである。
「お義兄様、手が止まってますわよ。エルリック様がこれまでの経緯をお話しなさっているのですから、書き漏らさないようにご注意なさいませ。」
「ぐぬぬ。」
義兄は心底悔しそうにステファニアを睨む。
馬車に乗ってからずっとこの調子で、いい加減ステファニアは義兄をコテンパンに伸してしまいたくなった。狭い馬車内であるから、口撃でとっちめた。
「大体、お義兄様の持ち歩く荷物が多いから、席が半分埋まっているのでしょう。真逆、エルリック様のお隣りを書類だらけにして私をそちらに座らそうだなんてケチな事をお考えでは無いですよね。」
「ぐぬぬ。」
今は王都を離れた馬車の中であるから、悔し涙を優しく拭ってくれる妻はいない。仕方がないので、義兄は滲む涙を自分で拭った。
やっと大人しくなったわね。
義兄がペンを握り締める姿を確かめて、ステファニアは隣りのエルリックに振り返った。
「エルリック様、騒がしくて申し訳ありませんでした。続きをお話し頂いても宜しいでしょうか。」
「ああ、いや、全然騒がしくなど、その、ヒューバート殿のお姿が、えーと、」
「驚く事は御座いません。義兄はいつも大体あんな感じです。何故、皆様が義兄に羨望の眼差しを向けるのか常々不思議に思っておりました。」
「ステファニア、」
「手が止まっておりますわよ、お義兄様。」
「ぐぬぬ、」
「ああ、失礼致しました。エルリック様。何をお話ししてたんだっけ、そうそう、義兄、義兄の事でしたわね。なんですっけ、ナントカの貴公子とかなんとか、確かそんな風に呼ばれているのですってね。」
「ナントカのなんとかだなんて、何を言っているのか解らぬだろう!それでは最早、名無しの権兵衛ではないか!」
「権兵衛さん。五月蝿いですわよ。それに、お義兄様の仰る不純なんたらとは、こういう事を言うのでしょう?」
そう言って、ステファニアは徐ろにエルリックの手を握った。
「「ス、ステファニア!」」
義兄ばかりでなく、エルリックまで叫んでしまった。
エルリックが、ステファニアと義兄がわちゃわちゃする姿に驚くのも無理は無く、義兄は頗る美形であったから、御婦人方からの人気が高い。ご令嬢方からの人気は更に高い。
その上、才に恵まれ幼い内に『記す者』の嫡子の伴侶に選ばれた彼の名は、貴族達に広く知られていた。
生家はラングレイ伯爵家の傍流であるから、血の繋がりのあるステファニアとは見目が似ていて、ブルネットの髪に瞳は涼し気な青、上背がある為に立ち姿まで凛々しく麗しい。
「男装しない男装の令嬢ステファニア」が人気なのは、ステファニアにヒューバートの面影があるのも一因で、三年前には学園を卒業しているのにも関わらず、学園内にも義兄のファンは多い。
「エルリック様が義兄にどんな幻影を描いていらしたのか分かりませんが、義兄は幼い頃から今も変わらず私を可愛がって護って下さる、何処にでもいる普通の兄です。私の、この世にたった一人の掛け替えの無い大切な兄ですわ。」
ステファニアがエルリックに向かってそう言えば、義兄はぐしゅぐしゅと再び涙を拭った。
漸く義兄が静かになったところで、エルリックは話しを続ける事にした。
「僕が父に文を出して、受け取った父は神殿に働きかけた。王都から聖女を呼んで夏至の神事を執り行う事を提案した。君に以前話したろう?シャーロット嬢は神殿にほど近い湖から、ある日突然姿を現した。だから神殿は、彼女が女神の齎した聖女であると言い出した。ならば、夏至の日ほど儀式を執り行うのに最適な日は無い。
夏至の日は特別だ。一年の中で最も日の出から日の入りの時間が長い。王家の占星術師達も、夏至の星回りから冬至までの国勢について機運を占う。
もしかしたら、湖に再び聖女が訪えば、女神からの御神託が齎されるのではないかと父は提言した。
神殿は直ぐ様それに同意した。元より、神殿側は王家に聖女を奪われたと考えている。この機会に彼女をどうにか取り戻したいと思っている筈だ。」
「エルリック様..、夏至まであと一週間よ。」
「そうだよ、ステファニア。王家に迷っている時間は無いんだ。真逆、聖女を馬に跨らせる訳には行かない。辺境伯領まで馬車でどんなに急いでも六日は掛かる。それも順調に行っての話だ。途中、雨に降られでもしたらもっと時間が掛かるだろう。彼等は大所帯でやって来る。荷も人も多い。果たして六日で済むだろうか?逆算すれば、迷ってなどいられないんだよ。
王家は兄が誘導するから間違い無い。シャーロット嬢は、再びあの湖に足を運ぶ事になる。」
夏至間近の夜明けは早い。東の空が淡桃色に染まり始めた。もうすぐ夜が明ける。胸に湧いた不安を美しい朝焼けが払拭してくれる。
この先の未来も夜明けと共に開かれる、ステファニアはそんな気がしてきた。
「お義兄様、五月蝿いわ。全然近くないじゃない。これ以上離れたら窓から外に出てしまうわ。」
「ステフとやら、口答えはいけないんだぞ。全く主のしつけがなっていない侍従だな。」
「ふ~ん。侍従でしたらもう少し近くに侍って宜しいですね。ねー、エルリック様。」
「こらっ、ステファニア!今言ったばかりだろう。近いんだよ!近付き過ぎはダメなんだよ!」
夜の内に王都を出た馬車は、宵闇の中、街道を進んでいた。
エルリックが、母からステファニアを辺境伯領へ連れ出すことを許されて邸へと帰った直ぐ後に、何故か義兄が戻って来た。
姉があらましを説明すると、
「そんな不純異性交遊、義兄は許しません!」と怒り出した。
どうやら義兄は父から辺境伯領へ赴くよう命じられて、その準備の為に帰宅したらしい。
ステファニアがエルリックに付いて行く事を知るや否や、本来であればシャーロット達の出発に合わせるところをそれを部下に任せて、自分もステファニア達に帯同すると言い張った。
結局、父もその方が良かろうと言ったから、彼は今、ステファニアの真向かいでぷりぷりする事となったのである。
「お義兄様、手が止まってますわよ。エルリック様がこれまでの経緯をお話しなさっているのですから、書き漏らさないようにご注意なさいませ。」
「ぐぬぬ。」
義兄は心底悔しそうにステファニアを睨む。
馬車に乗ってからずっとこの調子で、いい加減ステファニアは義兄をコテンパンに伸してしまいたくなった。狭い馬車内であるから、口撃でとっちめた。
「大体、お義兄様の持ち歩く荷物が多いから、席が半分埋まっているのでしょう。真逆、エルリック様のお隣りを書類だらけにして私をそちらに座らそうだなんてケチな事をお考えでは無いですよね。」
「ぐぬぬ。」
今は王都を離れた馬車の中であるから、悔し涙を優しく拭ってくれる妻はいない。仕方がないので、義兄は滲む涙を自分で拭った。
やっと大人しくなったわね。
義兄がペンを握り締める姿を確かめて、ステファニアは隣りのエルリックに振り返った。
「エルリック様、騒がしくて申し訳ありませんでした。続きをお話し頂いても宜しいでしょうか。」
「ああ、いや、全然騒がしくなど、その、ヒューバート殿のお姿が、えーと、」
「驚く事は御座いません。義兄はいつも大体あんな感じです。何故、皆様が義兄に羨望の眼差しを向けるのか常々不思議に思っておりました。」
「ステファニア、」
「手が止まっておりますわよ、お義兄様。」
「ぐぬぬ、」
「ああ、失礼致しました。エルリック様。何をお話ししてたんだっけ、そうそう、義兄、義兄の事でしたわね。なんですっけ、ナントカの貴公子とかなんとか、確かそんな風に呼ばれているのですってね。」
「ナントカのなんとかだなんて、何を言っているのか解らぬだろう!それでは最早、名無しの権兵衛ではないか!」
「権兵衛さん。五月蝿いですわよ。それに、お義兄様の仰る不純なんたらとは、こういう事を言うのでしょう?」
そう言って、ステファニアは徐ろにエルリックの手を握った。
「「ス、ステファニア!」」
義兄ばかりでなく、エルリックまで叫んでしまった。
エルリックが、ステファニアと義兄がわちゃわちゃする姿に驚くのも無理は無く、義兄は頗る美形であったから、御婦人方からの人気が高い。ご令嬢方からの人気は更に高い。
その上、才に恵まれ幼い内に『記す者』の嫡子の伴侶に選ばれた彼の名は、貴族達に広く知られていた。
生家はラングレイ伯爵家の傍流であるから、血の繋がりのあるステファニアとは見目が似ていて、ブルネットの髪に瞳は涼し気な青、上背がある為に立ち姿まで凛々しく麗しい。
「男装しない男装の令嬢ステファニア」が人気なのは、ステファニアにヒューバートの面影があるのも一因で、三年前には学園を卒業しているのにも関わらず、学園内にも義兄のファンは多い。
「エルリック様が義兄にどんな幻影を描いていらしたのか分かりませんが、義兄は幼い頃から今も変わらず私を可愛がって護って下さる、何処にでもいる普通の兄です。私の、この世にたった一人の掛け替えの無い大切な兄ですわ。」
ステファニアがエルリックに向かってそう言えば、義兄はぐしゅぐしゅと再び涙を拭った。
漸く義兄が静かになったところで、エルリックは話しを続ける事にした。
「僕が父に文を出して、受け取った父は神殿に働きかけた。王都から聖女を呼んで夏至の神事を執り行う事を提案した。君に以前話したろう?シャーロット嬢は神殿にほど近い湖から、ある日突然姿を現した。だから神殿は、彼女が女神の齎した聖女であると言い出した。ならば、夏至の日ほど儀式を執り行うのに最適な日は無い。
夏至の日は特別だ。一年の中で最も日の出から日の入りの時間が長い。王家の占星術師達も、夏至の星回りから冬至までの国勢について機運を占う。
もしかしたら、湖に再び聖女が訪えば、女神からの御神託が齎されるのではないかと父は提言した。
神殿は直ぐ様それに同意した。元より、神殿側は王家に聖女を奪われたと考えている。この機会に彼女をどうにか取り戻したいと思っている筈だ。」
「エルリック様..、夏至まであと一週間よ。」
「そうだよ、ステファニア。王家に迷っている時間は無いんだ。真逆、聖女を馬に跨らせる訳には行かない。辺境伯領まで馬車でどんなに急いでも六日は掛かる。それも順調に行っての話だ。途中、雨に降られでもしたらもっと時間が掛かるだろう。彼等は大所帯でやって来る。荷も人も多い。果たして六日で済むだろうか?逆算すれば、迷ってなどいられないんだよ。
王家は兄が誘導するから間違い無い。シャーロット嬢は、再びあの湖に足を運ぶ事になる。」
夏至間近の夜明けは早い。東の空が淡桃色に染まり始めた。もうすぐ夜が明ける。胸に湧いた不安を美しい朝焼けが払拭してくれる。
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