ふられちゃったら

桃井すもも

文字の大きさ
39 / 60

【39】

「ああー、君達君達、ちょっと近過ぎやしないか。もっと離れなさい。ほら、離れて。」

「お義兄様、五月蝿いわ。全然近くないじゃない。これ以上離れたら窓から外に出てしまうわ。」

「ステフとやら、口答えはいけないんだぞ。全く主のしつけがなっていない侍従だな。」

「ふ~ん。侍従でしたらもう少し近くに侍って宜しいですね。ねー、エルリック様。」

「こらっ、ステファニア!今言ったばかりだろう。近いんだよ!近付き過ぎはダメなんだよ!」


 夜の内に王都を出た馬車は、宵闇の中、街道を進んでいた。

 エルリックが、母からステファニアを辺境伯領へ連れ出すことを許されて邸へと帰った直ぐ後に、何故か義兄が戻って来た。

 姉があらましを説明すると、

「そんな不純異性交遊、義兄は許しません!」と怒り出した。

 どうやら義兄は父から辺境伯領へ赴くよう命じられて、その準備の為に帰宅したらしい。
 ステファニアがエルリックに付いて行く事を知るや否や、本来であればシャーロット達の出発に合わせるところをそれを部下に任せて、自分もステファニア達に帯同すると言い張った。

 結局、父もその方が良かろうと言ったから、彼は今、ステファニアの真向かいでぷりぷりする事となったのである。

「お義兄様、手が止まってますわよ。エルリック様がこれまでの経緯をお話しなさっているのですから、書き漏らさないようにご注意なさいませ。」

「ぐぬぬ。」

 義兄は心底悔しそうにステファニアを睨む。

 馬車に乗ってからずっとこの調子で、いい加減ステファニアは義兄をコテンパンにしてしまいたくなった。狭い馬車内であるから、口撃でとっちめた。

「大体、お義兄様の持ち歩く荷物が多いから、席が半分埋まっているのでしょう。真逆、エルリック様のお隣りを書類だらけにして私をそちらに座らそうだなんてケチな事をお考えでは無いですよね。」

「ぐぬぬ。」

 今は王都を離れた馬車の中であるから、悔し涙を優しく拭ってくれる妻はいない。仕方がないので、義兄は滲む涙を自分で拭った。

 やっと大人しくなったわね。

 義兄がペンを握り締める姿を確かめて、ステファニアは隣りのエルリックに振り返った。

「エルリック様、騒がしくて申し訳ありませんでした。続きをお話し頂いても宜しいでしょうか。」

「ああ、いや、全然騒がしくなど、その、ヒューバート殿のお姿が、えーと、」

「驚く事は御座いません。義兄はいつも大体あんな感じです。何故、皆様が義兄に羨望の眼差しを向けるのか常々不思議に思っておりました。」
「ステファニア、」
「手が止まっておりますわよ、お義兄様。」
「ぐぬぬ、」

「ああ、失礼致しました。エルリック様。何をお話ししてたんだっけ、そうそう、義兄、義兄の事でしたわね。なんですっけ、ナントカの貴公子とかなんとか、確かそんな風に呼ばれているのですってね。」

「ナントカのなんとかだなんて、何を言っているのか解らぬだろう!それでは最早、名無しの権兵衛ではないか!」

「権兵衛さん。五月蝿いですわよ。それに、お義兄様の仰る不純なんたらとは、こういう事を言うのでしょう?」

 そう言って、ステファニアは徐ろにエルリックの手を握った。

「「ス、ステファニア!」」
 義兄ばかりでなく、エルリックまで叫んでしまった。

 エルリックが、ステファニアと義兄がわちゃわちゃする姿に驚くのも無理は無く、義兄はすこぶる美形であったから、御婦人方からの人気が高い。ご令嬢方からの人気は更に高い。
 その上、才に恵まれ幼い内に『記す者』の嫡子の伴侶に選ばれた彼の名は、貴族達に広く知られていた。

 生家はラングレイ伯爵家の傍流であるから、血の繋がりのあるステファニアとは見目が似ていて、ブルネットの髪に瞳は涼し気な青、上背がある為に立ち姿まで凛々しく麗しい。

「男装しない男装の令嬢ステファニア」が人気なのは、ステファニアにヒューバートの面影があるのも一因で、三年前には学園を卒業しているのにも関わらず、学園内にも義兄のファンは多い。

「エルリック様が義兄にどんな幻影を描いていらしたのか分かりませんが、義兄は幼い頃から今も変わらず私を可愛がって護って下さる、何処にでもいる普通の兄です。私の、この世にたった一人の掛け替えの無い大切な兄ですわ。」

 ステファニアがエルリックに向かってそう言えば、義兄はぐしゅぐしゅと再び涙を拭った。


 漸く義兄が静かになったところで、エルリックは話しを続ける事にした。

「僕が父に文を出して、受け取った父は神殿に働きかけた。王都から聖女を呼んで夏至の神事を執り行う事を提案した。君に以前話したろう?シャーロット嬢は神殿にほど近い湖から、ある日突然姿を現した。だから神殿は、彼女が女神の齎した聖女であると言い出した。ならば、夏至の日ほど儀式を執り行うのに最適な日は無い。
 夏至の日は特別だ。一年の中で最も日の出から日の入りの時間が長い。王家の占星術師達も、夏至の星回りから冬至までの国勢について機運を占う。
 もしかしたら、湖に再び聖女が訪えば、女神からの御神託が齎されるのではないかと父は提言した。
 神殿は直ぐ様それに同意した。元より、神殿側は王家に聖女を奪われたと考えている。この機会に彼女をどうにか取り戻したいと思っている筈だ。」

「エルリック様..、夏至まであと一週間よ。」

「そうだよ、ステファニア。王家に迷っている時間は無いんだ。真逆、聖女を馬に跨らせる訳には行かない。辺境伯領まで馬車でどんなに急いでも六日は掛かる。それも順調に行っての話だ。途中、雨に降られでもしたらもっと時間が掛かるだろう。彼等は大所帯でやって来る。荷も人も多い。果たして六日で済むだろうか?逆算すれば、迷ってなどいられないんだよ。
 王家は兄が誘導するから間違い無い。シャーロット嬢は、再びあの湖に足を運ぶ事になる。」


 夏至間近の夜明けは早い。東の空が淡桃色に染まり始めた。もうすぐ夜が明ける。胸に湧いた不安を美しい朝焼けが払拭してくれる。
 この先の未来も夜明けと共に開かれる、ステファニアはそんな気がしてきた。


あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
【 お知らせ 】 先日、近況ボードにも お知らせしました通り 2026年4月に 完結済みのお話の多数を 一旦closeいたします。 誤字脱字などを修正して 再掲載をするつもりですが 再掲載しない作品もあります。 再掲載の時期は決まっておりません。 表現の変更などもあり得ます。 他の作品も同様です。 ご了承いただけますようお願いいたします。 ユユ 【 お話の内容紹介 】 辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。