令嬢は見極める

桃井すもも

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【10】

「これって、学園の授業に使えるわね。」
「馬鹿な事を言わないでくれ。」

思わず漏れてしまった独り言に、速攻で返されてしまった。

ジョージと共同経営するにあたって、何をしようかよりも何が自分に出来るのかを考えると、悲しいかな。乙女の趣味もセンスも皆無のエリザベスが唯一出来るのが、帳簿を見る事であった。

そうして帳簿を出してもらい収支を見るにつけて、もうこれは優良経営のお手本にしかならないと思った。こうあるべき事業経営・領地運営のサンプルである。先生にお見せしたなら、直ぐさま授業の教材に使いそうである。


「ジョージ様、残念なお知らせがございます。私に出来る事は無くなりました。」
茫然自失でそう言うと、

「ならば丁度良い。市場調査に行こうか。」
と、次なるミッションを頂戴した。


「おお、これは!」
「うん、これは凄いね。」

郊外にある農場である。そこでジョージとエリザベスは、農家のお宅にお邪魔して、奥方が恐縮です、恐縮ですと連呼しながら蒸し焼きにしたプリンに舌鼓を打っていた。

「濃厚!」
語彙力の無さ。己の無知が悔やまれる。
「同感」
こちらもどうやら同じらしい。

産みたて卵の濃厚プリンは極上であった。
黄身が濃い。
滋味がじんわり味わい深い。

王都の鶏卵は黄身の色が薄い。
淡いクリーム色と言ってもよい。であるから上品な色合いのデザートに向いている。
どうやら飼料の配合によるらしく、この農家では、とうもろこしにパプリカを混ぜて与えていると言う。
濃く鮮やかなオレンジの黄身は、プリン液に伸ばしても色を残して、カラメルソースを合わせたなら、もう目から美味しいのが伝わって来ちゃう。

「採用」
「同感」

斯くして、「メリーおばさんの産みたて卵濃厚プリン」は、供給農家を一件のみ確保することにより商品化が叶った。
敢えて小規模農家に拘ったのは、生産量が季節や天候に左右されるデメリットを逆手に、数量限定の希少価値を付帯する事にあった。

奥方(メリーさん)の横に張り付いて作業工程を凝視していたエリザベス。農家の奥方(メリーさん)は、その夜「お貴族様、、恐縮です、、」を繰り返し魘されていた。

卵の仕入れルートはジョージに丸投げして、持ち帰った卵で料理長に、「メリーおばさんの産みたて卵濃厚プリン」を再現してもらう。レシピも工程もばっちりメモして来た。抜かりはない筈。記憶力なら任せて欲しい。

果たして出来上がった「メリーおばさんの以下同文」は、料理長が「母ちゃん」としみじみ発した懐かしの味であった。
「メリーおばさん」=「母ちゃん」かどうかは未確認事項である。


「旨いですな」「旨いです」「美味しゅうございます」
執事、侍従、侍女頭。居並ぶ三名の表情を見極めて、これは真実と判定する。

「セドリック、これをお父様へ。」
「承知致しました。」

トレイに例のブツを乗せて、父の執務室の扉をノックする。勢いついて一回多くノックした。

頬を紅潮させて颯爽と入室したエリザベスに、父は目を瞬(しばた)かせるも、何やら得意気にふんふん息を荒げる娘に幼い頃の面影を見て、成すに任せていた。

いそいそと例のブツをテーブルに乗せて、
「お父様、どうぞ召し上がれ。」
さあさあと左手の手の平で指し示すエリザベスから
「メリーおばさんの産みたて卵濃厚プリン」に視線を移す。

これが今日のジョージとの戦利品であるのを理解して、僅かに口角を上げた。

スプーンで掬い口に含んで、おお、と発してからは、長々と続くエリザベスの口上に耳を傾ける。漸く全てを語り終わったエリザベスの赤く染まる顔を見て「はは」と、小さく笑いを漏らし「旨かったよ。楽しみだな。」そう言って商品化を称えてくれた。


楽しい!楽しい!
たった一度の出会いが、たった一つのアイデアが、楽しくて仕方が無い。

事業とは仕事であって、使命であって、楽しむなんて考えた事もなかった。
平民と肩を寄せ合い触れ合うことも、屋敷以外の平民が作ったものを口にすることも、貴族令嬢のエリザベスには驚きの事である。

食堂にお邪魔して一緒にプリンを食べた。
レシピを聞いて、工程を見学して、恐縮ですを連呼するメリーおばさんと笑い合う。
邸に戻って、料理人や使用人達と試食する。
全て全て、生まれて初めての経験であった。

今日の日を生涯忘れずにいよう。
全てはジョージがセッティングした事と分かっている。
行き成り農家に頼める筈も無ければ、レシピを用意している訳も無い。
全て、エリザベスに「楽しい」を教えたくて、ジョージが用意してくれたサプライズである。
それでも、分かっていても楽しかった。嬉しかった。

これから長い人生で、領地経営や事業に躓く事も、辛酸を舐める事もあるだろう。その度に、今日の日を思い出そう。心の良薬、御守にしよう。

エリザベスは滲む涙を人差し指で拭き取って、星明かりだけの夜の闇に、幸福な気持ちを胸に抱いて瞼を閉じた。






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