アナベルの二度目の婚約

桃井すもも

文字の大きさ
21 / 32

【21】

しおりを挟む
事業の関係で内々の話があるから少しだけ待っていてくれと言われて、デイビッドと別れた。

喧騒から離れて、ほんのちょっと休むつもりであった。
聖夜を間近に装飾も大きなツリーが飾られており、その影に隠れるように置かれてあるローソファーに座ろうとした時だった。

どこにクレアを置いてきたのか。せめて彼女も一緒であったなら、デイビッドの怒りを抑えられたか。いや、無理だろう。
学園でクレアに詰め寄られた時に既に一度、目を瞑ってくれていた。
二度目は無い。 
最悪の場合、

「どうやら君とは共に事業は出来そうも無い。残念ながら。」
そうなってしまった。

「何か思い違いをしていないか?アナベルは僕の妻だよ。もう妻なんだよ。」

意味が分かったらしいデズモンドがこちらを見る。
「真逆、」

「何度も言わせないでもらいたい。妻への無礼は二度、目を瞑った。三度目は無いよ。」え?三度目?

「君は一度アナベルを手放した。そうしたくてしたのだろう?その後、アナベルがどんな立場になるのか考えたか?まあ、考えられたらこんな恥ずかしげも無いことは言えないな。」

呆然と立ち竦むデズモンドを見下ろして、「アナベル帰ろう」、そう言ってアナベルの腰をとりデイビッドは夜会開場を後にした。

帰りの馬車でアナベルが詫びる。
「御免なさい。」
「何に対して?」
「デズモンド様の失言を止められなかったわ。」
「彼と君とは無関係だろう。」
こんな風にデイビッドを不機嫌にさせるのは初めてで、アナベルは戸惑ってしまう。

「私が怒(いか)っているのは、」
怒っているの?
「君が一人で隙だらけであんな処にいた事だよ。許し難いね。」
「え?」
「誰か来てくれと自分で言っているようなものだろう。君こそ自覚があるのか?私の妻だと。」

デイビッドの叱責に膝に置いた両手がカタカタと小刻みに震える。
叱られて当然である。迂闊であった。
デイビッドが来なければ、どんな噂をされた事か。未婚の男女、それも曰く付きの二人が何やら密やかな話しをしている。

「ご、御免なさい。」
ぽろりと涙が落ちてしまった。ここで泣いては駄目だと思うも、ぽろり、ぽろりと落ちてしまう。

「ああ、もう良い。この話は終わりだ。涙を拭いてくれ。」
眉間に皺を寄せたデイビッドが涙を拭う。
余りにも世間を知らない婚約者だと呆れられてしまったか。
戸惑いが悲しみやら悔しさやらを呼び込んで、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が止まらないのを慌てたデイビッドが「ああ~悪かった、頼むから謝るからもう泣き止んでくれ」と涙が止まるまで拭(ぬぐ)い続けた。



カテリーナは当然ながら、学園でのクレアとの出来事を生家ヘ知らせていた。
子爵家ではそれを受けて、グレイ伯爵当主夫妻にも報告を上げた。

デイビッドが様子見するのならと、当主夫妻が言うので静観していたが、子爵家では常に主家の動向に注視している。
当然ながら、デイビッドの婚約者となったアナベルについても、カテリーナを通して、その家柄、人柄、学園での行動、デズモンドとの婚約解消の経緯など把握していた。

アナベルが領地を訪問した際に、子爵家当主夫妻はアナベルを訪っている。カテリーナは婿養子を取って子爵家を継ぐ。娘の代で仕える伯爵家次期当主夫人への挨拶であった。
同時にそれは、将来の伯爵夫人の為人が、娘の報告と合致しているのかを見極めるものでもあった。それはとりも直さず、伯爵家の金庫番として娘の次期当主としての能力をも測る事であった。


この度の夜会の一件で、グレイ伯爵家より正式な抗議文が、デズモンドの生家モートン伯爵家・クレアの生家ルース子爵家両家へ出された。
結果、グレイ伯爵家とモートン伯爵家、ルース子爵家、三家の事業提携は解消される事となった。
それにより、優遇されていた通行料も通常の料金に戻された。事業提携が解消されるだけでも痛手であるのに、通行料の料金まで戻されるのは相当の損失であった。

グレイ伯爵領の先には大きな港がある。多くの商会が、その港から揚げられる積荷を運搬するのにグレイ伯爵領を経由していた。
他の経路も選べるが、王都へ運ぶのには、山脈を迂回しなければならない。通行料の料金が優遇されていたのは事業提携の恩恵であったから、これが戻されるのは手痛い出費であった。
僅かな差であっても、長い間には、そうデズモンドが当主になる頃には、伯爵家にも影響を与える事になるだろう。体力のある伯爵家は耐えられても、ルース子爵家には大きな負担となるのは目に見えていた。

子爵家を継ぐクレアの長兄は、妹が修道院にでも入ってそれで幕引きとなった方が余程幸運な事であったろうと思った。
残念ながら妹の婚約は継続されており、ルース子爵家はこれから様々なツケを支払わなくてはならない。

アビンドン伯爵が令嬢の傷よりも事業を取ったことに甘えてしまった。
デズモンドと妹が懇意らしいと知った時に早々に別れさせれば良かった。いや、婚約解消を知った時に伯爵家へ両親共々詫びに行くべきであった、せめてクレアが学園で失言を放った時に、と思いながら、もう何処から謝れば良かったのか分からなくなってしまったのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...