ソフィアの選択

桃井すもも

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その日は、ルイを迎えての晩餐にソフィアも招かれた。

王太后も同席を願ったが、前王の気分が優れず叶わなかった。
元からの見目麗しさに逞しささえも身に付けた王子に、前王の僻んだへそが曲がったらしい。 

自身も王太子時代はその優美な容姿が持て囃されたのを、壮年となってからも忘れられない。足の負傷は不運であったが、それと美醜は別の話である。あのまま執務に励み歩行の訓練を続けたのなら、美丈夫な姿もこれ程翳ることはなかったろう。

人の心とはままならない。何が辛くて苦しいかは人其々であるから、そう思えば美意識の高かった前王の苦しみも幾分は理解出来そうである。

久しぶりの兄弟の晩餐は和やかなものであった。隣国での学園や王室での暮らしが、ルイの心に光を齎していることが窺えた。

兄と弟が語らうのを、ソフィアは横で微笑ましいものを見るような気持ちで眺めていた。

ローレンにしても怒涛の一年であった。
アマンダに翻弄された弟達の後始末が終わる頃には父王の退位を模索していた。学生の身でありながら国の将来を憂いて、王位簒奪を企てた。狐狩りの事故がなかったら、若き王太子による国盗りは少なからず血を見るものであったろう。

父が退位する前もその後も、父王と母妃の分まで公務を背負い、寝る間を削り執務に打ち込んだ。それは今も変わらぬものだが、宰相初め力を付けた側近達に支えられ、今は幾分余裕を得ている。

ほんの一年と数ヶ月の間に大きく成長を遂げた兄弟を見るにつけ、ソフィアは自分の非力が恥ずかしく思えてきた。

担がれるようにルイの婚約者候補となり、国の求めるままに今はローレンの婚約者となっている。
そこにはソフィア本人の実力など砂一粒程のものである。
名家と名高い侯爵家の威光と父とそれに連なる傘下貴族の力と財力が、妃の生家として国を支えるのに適していた、ただそこだけの価値なのである。

今日は遅いからと王城内に部屋を用意されて、ソフィアは晩餐の後、就寝を迎えようとしていた。

ローレンとルイは、酒肴も用意させて今は兄弟二人グラスを傾けている頃だろう。


秋も深まり、季節はそろそろ冬の訪れを迎えようとしていた。
きりりと冴えわたる空気は澄んで、夜の星が美しい。大きな月が満月が近い事を知らせている。夜風に身体が冷えるのもそのままに、ソフィアは空を見上げる。

私に出来ることはなんなのだろう。ソフィアは考える。
ルイは、王女の為に生き方を変えられ、王女の為に自身を変えた。
ローレンは、王女の為に伴侶を変えることとなったが、それで己の進む道に迷うことは無かった。

では、ソフィアは?
生まれた場所に恵まれて、与えられるだけの人生であった。
住むにも食うにも学ぶにも、足りないものは無い程に恵まれた人生を送ってきた。
兄にも姉にも愛されて、父も母も娘と認め育ててくれた。

豪胆でありながら繊細でもあるソフィアは、今になって自分自身に迷っている。

王妃になる為学んでいるが、では学び終えた後に何をしたら良いのだろう。

途方にくれて夜空を眺める。

だから、全く気配に気が付かなかった。
後ろから大きなものに包まれた。包むという拘束された。

「ソフィア、身体が冷えている。」
背中に温かな体温と、胸の下に二本の腕が交差して、首元に柔らかなものが触れた。

「ローレン様?どうして、」
ここへ?と尋ねたつもりが、そこから声にならなかった。
ローレンがきつく首元に口付ける。痛い程に吸い上げられて、現にチクリと痛みを感じた。

「ソフィア、まだ起きていたの?」
直ぐ耳元にローレンの声が響く。胸の奥まで響く甘い声。

「テラスにいるのが回廊から見えた。」
迂闊にも、夜半に外から姿を見られるなんて。今更恥ずかしさに頬が染まる。

「御免なさい。眠れなくて。」
「何故?」

何故だろう。ルイに会ったから?
そうかもしれない。ルイに再会した事が引き金になって、ローレンの事、国の事、家族の事、自分の事、ぐるぐる考えている内に、歯止めが効かなくなっていた。

「ルイに会ったから?」
「え?」
それは切っ掛け。

「ルイに会って恋しくなったの?」
「え?」

後ろから抱き締める腕に力が込められる。

「君が泣いて頼んでも、残念ながらこの婚姻は覆らない。君は私のものだからね。」

そこで世界が回転した。眼前に広がる夜空は、深く澄んだ青い瞳に変わっていた。
くるりと身体を反転させられて、ローレンと向かい合っていた。
けれども、その距離は近い。瞳と瞳がぶつかり合って、鼻先が触れる程に近い。

「ソフィア。」
温かな吐息がソフィアの唇に掛かる。
僅かに香るブランデーの薫り。

「後悔している?ルイと離れたことを。」

ソフィアが未だ何も答えられないのを、じりじりと苛立ちを感じていたらしいローレンが、ソフィアの瞳を射すくめる様に見つめる。

刺すような視線を間近でソフィアは受け止めた。


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