ソフィアの選択

桃井すもも

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「なんと愚かな事を!」

ソフィアの憤りは収まらない。

常に無い早足で王城の回廊を突き進む。
その後を従者と護衛が慌てて追う。

目指す部屋の扉が見えて、平素と顔色の違うソフィアに、扉を護る近衛が慌ててソフィアの訪いを部屋の主に告げている。

「済まないが、皆、少しばかり外してくれ。」

入室したソフィアに穏やかな笑みを向けたまま、ローレンが人払いをすると、護衛も扉の外の近衛を残し退出した。


ローレンは、未だ憤りが冷めやらぬソフィアの手を取ってソファへ促す。そうしてその横に自身も座った。

「王家の秘密についてかな?」

ソファの手を握ったまま、ローレンは尋ねた。

「私、許せませんわ!」

ローレンは答えない。

「私は許しません!」

わなわなと握った拳を震わせるソファ。
その震えがローレンにも伝わる。



婚礼まで一年を切って、妃教育は大詰めを迎えていた。

教師から告げられたのは、いよいよ王家の秘密事項について学ぶ事であった。
王家の歴史であれば、ルイの妃教育から既に学んでいるが、そう云う事ではない。

この教育者は、先々代よりこの学びを担っている。縁者も親族も既に無い。自身は断種を施されて受け継ぐ家名も血筋も無い。
王家の為に、真に忠義を誓った者である。

その教師から本日、ソファは教えを受けた。

「くだらない。」
ソフィアの第一声に、教師は息を飲む。

「なんと仰っいますか。」
「くだらないと申しましたの。」
「ソフィア様、お言葉が過ぎますぞ。」
「何を大層な事をと思えば、なんとも愚かで狭量であること。」
「ソフィア様!」

そこでソフィアは席を立った。
後を追う教師も従者も振り切って、ローレンの執務室まで突き進んだ。


「ローレン様、貴方様それで宜しいの?」
「私はそうして生かされたがね。」
「私が申しておりますのは、これからの事です。」
「君はなんと?」
「愚か者の愚行でしかありませんわ。」
「君ならそう言うと思ったよ。」

「ローレン様。貴方が本気でこの愚行を続けるのなら、」
「続けるのなら?」
「貴方を心底軽蔑しますわ。」
「妻ではいてくれるのかな?」
「私がならずとも誰かが背負うのでしょう。ならば私が引き受けましょう。」


ソフィアが聞いた王家の秘密。
それは王族の選別であった。

金の髪とサファイアの瞳。
王族の外見は判を押したように代々変わらない。
だが、真の証は足の付根の痣である。
王族の裸体を知る者、限られた者のみが目にする「王家の証」。

建国以来、脈々と受け継がれる王家の証は、この痣唯一つであった。

不思議な事に、確かに痣は引き継がれる。
どう言う仕組みであるのか誰も分からない。けれども確かに王家の赤子に、この痣が刻まれ生を受ける。紛れもない「王家の証」。
しかし、これは作られた証であった。

この証がなければ王族ではないかと言えば、そうではない。
髪も瞳も当然ながら、痣を持たずに生まれる王子王女は幾人も存在した。

であれば彼らは一体何処へ隠されたのか?
隠されたのではなく、亡き者にされた。
生まれたその場で弔われる。
痣を持たねば王家に非ず。

必ず痣が現れるなど、そんな事ある訳無いのだ。どれほど遺伝の力が強かろうと、母が他家から嫁ぐのだから、王家の特徴を持たぬまま生を受ける御子は少なからず存在したのだ。

それを王家は全て抹殺して来た。建国以来、唯の一人も目こぼしせずに、その場でくびいて葬り火に焚べる。焼炭は河に流され存在したことすら消されてしまう。
十月十日母の胎で大切に育まれたのを、痣が無い、唯その一点で、臍の緒も切らぬ内に幾つも呼吸をする前に、葬り去られ忘れ去られ存在すら認められない。

だからこの国では妃の懐妊は公表されない。痣を持った子が誕生して初めて、世にその存在を知らされるのであった。

王族の数が少ない筈である。
痣を持たぬ子は間引かれるのだから。
選び抜かれた御子だけが、王の血筋と認められる。

「悪魔の所業。」

ソフィアは眦を吊り上げローレンを射るように見つめる。

「私には貴方の御子を殺めるなど、そんな獣に成り下がることは出来ません。」

「ソフィア、」

「どんな御子であれ、貴方の御子を、私は必ずや愛して育て上げます。だからローレン様、愚か者に成り下がるのはお止めになって。例え痣が無くても、手が無くても足がなくても、貴方の血を引く子は全て、私の愛しいややこですわ。」

「ソフィア。解っているよ。君ならきっとそう言うと思っていたよ。」

それからローレンは拳を震わせるソファの両手をそっと握った。

「私の上に一人、ルイが生まれるまでに一人、私の兄妹が生まれたよ。残念ながら痣を持たずに。」
「真逆!」
「うん。選民意識の塊である祖父も父も、彼らが生きる事を許さなかった。」
「馬鹿な、」
「なのに王族の数が少ないからと、アマンダを追うほどには愚かな人達だ。」

「私はね、ソフィア。国の為なら鬼にも蛇にもなれる。けれども私は王ではあるが神ではない。命の選別をするなど驕った所業、出来ようも筈も無いししたくもない。
建国以来の習わし?はっ、誰かが始めたのなら誰が終わらせても良かろうよ。
ソフィア、君の産む子を殺める位なら、この国ごと隣国にでもくれてやる。ルイが後をどうにかしてくれるだろう。」

「それは真?」
「真だよ。今、ここで誓う。」
「私の産む貴方の御子は、一人残らず全て日の目を浴びるのですね?」
「ああ、当然だよ。」

ソフィアの頬が漸く強張りを解いて、垂れ気味の瞳がローレンを見つめる。

「私の子を産んでくれるね?」
「ええ。」
「沢山産んでくれるね?」
「え、ええ。」

にやりと笑った王の笑みの、本当の意味をソフィアが知るのはもう少し後の事であった。





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