29 / 32
【29】
しおりを挟む
「なんと愚かな事を!」
ソフィアの憤りは収まらない。
常に無い早足で王城の回廊を突き進む。
その後を従者と護衛が慌てて追う。
目指す部屋の扉が見えて、平素と顔色の違うソフィアに、扉を護る近衛が慌ててソフィアの訪いを部屋の主に告げている。
「済まないが、皆、少しばかり外してくれ。」
入室したソフィアに穏やかな笑みを向けたまま、ローレンが人払いをすると、護衛も扉の外の近衛を残し退出した。
ローレンは、未だ憤りが冷めやらぬソフィアの手を取ってソファへ促す。そうしてその横に自身も座った。
「王家の秘密についてかな?」
ソファの手を握ったまま、ローレンは尋ねた。
「私、許せませんわ!」
ローレンは答えない。
「私は許しません!」
わなわなと握った拳を震わせるソファ。
その震えがローレンにも伝わる。
婚礼まで一年を切って、妃教育は大詰めを迎えていた。
教師から告げられたのは、いよいよ王家の秘密事項について学ぶ事であった。
王家の歴史であれば、ルイの妃教育から既に学んでいるが、そう云う事ではない。
この教育者は、先々代よりこの学びを担っている。縁者も親族も既に無い。自身は断種を施されて受け継ぐ家名も血筋も無い。
王家の為に、真に忠義を誓った者である。
その教師から本日、ソファは教えを受けた。
「くだらない。」
ソフィアの第一声に、教師は息を飲む。
「なんと仰っいますか。」
「くだらないと申しましたの。」
「ソフィア様、お言葉が過ぎますぞ。」
「何を大層な事をと思えば、なんとも愚かで狭量であること。」
「ソフィア様!」
そこでソフィアは席を立った。
後を追う教師も従者も振り切って、ローレンの執務室まで突き進んだ。
「ローレン様、貴方様それで宜しいの?」
「私はそうして生かされたがね。」
「私が申しておりますのは、これからの事です。」
「君はなんと?」
「愚か者の愚行でしかありませんわ。」
「君ならそう言うと思ったよ。」
「ローレン様。貴方が本気でこの愚行を続けるのなら、」
「続けるのなら?」
「貴方を心底軽蔑しますわ。」
「妻ではいてくれるのかな?」
「私がならずとも誰かが背負うのでしょう。ならば私が引き受けましょう。」
ソフィアが聞いた王家の秘密。
それは王族の選別であった。
金の髪とサファイアの瞳。
王族の外見は判を押したように代々変わらない。
だが、真の証は足の付根の痣である。
王族の裸体を知る者、限られた者のみが目にする「王家の証」。
建国以来、脈々と受け継がれる王家の証は、この痣唯一つであった。
不思議な事に、確かに痣は引き継がれる。
どう言う仕組みであるのか誰も分からない。けれども確かに王家の赤子に、この痣が刻まれ生を受ける。紛れもない「王家の証」。
しかし、これは作られた証であった。
この証がなければ王族ではないかと言えば、そうではない。
髪も瞳も当然ながら、痣を持たずに生まれる王子王女は幾人も存在した。
であれば彼らは一体何処へ隠されたのか?
隠されたのではなく、亡き者にされた。
生まれたその場で弔われる。
痣を持たねば王家に非ず。
必ず痣が現れるなど、そんな事ある訳無いのだ。どれほど遺伝の力が強かろうと、母が他家から嫁ぐのだから、王家の特徴を持たぬまま生を受ける御子は少なからず存在したのだ。
それを王家は全て抹殺して来た。建国以来、唯の一人も目こぼしせずに、その場でくびいて葬り火に焚べる。焼炭は河に流され存在したことすら消されてしまう。
十月十日母の胎で大切に育まれたのを、痣が無い、唯その一点で、臍の緒も切らぬ内に幾つも呼吸をする前に、葬り去られ忘れ去られ存在すら認められない。
だからこの国では妃の懐妊は公表されない。痣を持った子が誕生して初めて、世にその存在を知らされるのであった。
王族の数が少ない筈である。
痣を持たぬ子は間引かれるのだから。
選び抜かれた御子だけが、王の血筋と認められる。
「悪魔の所業。」
ソフィアは眦を吊り上げローレンを射るように見つめる。
「私には貴方の御子を殺めるなど、そんな獣に成り下がることは出来ません。」
「ソフィア、」
「どんな御子であれ、貴方の御子を、私は必ずや愛して育て上げます。だからローレン様、愚か者に成り下がるのはお止めになって。例え痣が無くても、手が無くても足がなくても、貴方の血を引く子は全て、私の愛しいややこですわ。」
「ソフィア。解っているよ。君ならきっとそう言うと思っていたよ。」
それからローレンは拳を震わせるソファの両手をそっと握った。
「私の上に一人、ルイが生まれるまでに一人、私の兄妹が生まれたよ。残念ながら痣を持たずに。」
「真逆!」
「うん。選民意識の塊である祖父も父も、彼らが生きる事を許さなかった。」
「馬鹿な、」
「なのに王族の数が少ないからと、アマンダを追うほどには愚かな人達だ。」
「私はね、ソフィア。国の為なら鬼にも蛇にもなれる。けれども私は王ではあるが神ではない。命の選別をするなど驕った所業、出来ようも筈も無いししたくもない。
建国以来の習わし?はっ、誰かが始めたのなら誰が終わらせても良かろうよ。
ソフィア、君の産む子を殺める位なら、この国ごと隣国にでもくれてやる。ルイが後をどうにかしてくれるだろう。」
「それは真?」
「真だよ。今、ここで誓う。」
「私の産む貴方の御子は、一人残らず全て日の目を浴びるのですね?」
「ああ、当然だよ。」
ソフィアの頬が漸く強張りを解いて、垂れ気味の瞳がローレンを見つめる。
「私の子を産んでくれるね?」
「ええ。」
「沢山産んでくれるね?」
「え、ええ。」
にやりと笑った王の笑みの、本当の意味をソフィアが知るのはもう少し後の事であった。
ソフィアの憤りは収まらない。
常に無い早足で王城の回廊を突き進む。
その後を従者と護衛が慌てて追う。
目指す部屋の扉が見えて、平素と顔色の違うソフィアに、扉を護る近衛が慌ててソフィアの訪いを部屋の主に告げている。
「済まないが、皆、少しばかり外してくれ。」
入室したソフィアに穏やかな笑みを向けたまま、ローレンが人払いをすると、護衛も扉の外の近衛を残し退出した。
ローレンは、未だ憤りが冷めやらぬソフィアの手を取ってソファへ促す。そうしてその横に自身も座った。
「王家の秘密についてかな?」
ソファの手を握ったまま、ローレンは尋ねた。
「私、許せませんわ!」
ローレンは答えない。
「私は許しません!」
わなわなと握った拳を震わせるソファ。
その震えがローレンにも伝わる。
婚礼まで一年を切って、妃教育は大詰めを迎えていた。
教師から告げられたのは、いよいよ王家の秘密事項について学ぶ事であった。
王家の歴史であれば、ルイの妃教育から既に学んでいるが、そう云う事ではない。
この教育者は、先々代よりこの学びを担っている。縁者も親族も既に無い。自身は断種を施されて受け継ぐ家名も血筋も無い。
王家の為に、真に忠義を誓った者である。
その教師から本日、ソファは教えを受けた。
「くだらない。」
ソフィアの第一声に、教師は息を飲む。
「なんと仰っいますか。」
「くだらないと申しましたの。」
「ソフィア様、お言葉が過ぎますぞ。」
「何を大層な事をと思えば、なんとも愚かで狭量であること。」
「ソフィア様!」
そこでソフィアは席を立った。
後を追う教師も従者も振り切って、ローレンの執務室まで突き進んだ。
「ローレン様、貴方様それで宜しいの?」
「私はそうして生かされたがね。」
「私が申しておりますのは、これからの事です。」
「君はなんと?」
「愚か者の愚行でしかありませんわ。」
「君ならそう言うと思ったよ。」
「ローレン様。貴方が本気でこの愚行を続けるのなら、」
「続けるのなら?」
「貴方を心底軽蔑しますわ。」
「妻ではいてくれるのかな?」
「私がならずとも誰かが背負うのでしょう。ならば私が引き受けましょう。」
ソフィアが聞いた王家の秘密。
それは王族の選別であった。
金の髪とサファイアの瞳。
王族の外見は判を押したように代々変わらない。
だが、真の証は足の付根の痣である。
王族の裸体を知る者、限られた者のみが目にする「王家の証」。
建国以来、脈々と受け継がれる王家の証は、この痣唯一つであった。
不思議な事に、確かに痣は引き継がれる。
どう言う仕組みであるのか誰も分からない。けれども確かに王家の赤子に、この痣が刻まれ生を受ける。紛れもない「王家の証」。
しかし、これは作られた証であった。
この証がなければ王族ではないかと言えば、そうではない。
髪も瞳も当然ながら、痣を持たずに生まれる王子王女は幾人も存在した。
であれば彼らは一体何処へ隠されたのか?
隠されたのではなく、亡き者にされた。
生まれたその場で弔われる。
痣を持たねば王家に非ず。
必ず痣が現れるなど、そんな事ある訳無いのだ。どれほど遺伝の力が強かろうと、母が他家から嫁ぐのだから、王家の特徴を持たぬまま生を受ける御子は少なからず存在したのだ。
それを王家は全て抹殺して来た。建国以来、唯の一人も目こぼしせずに、その場でくびいて葬り火に焚べる。焼炭は河に流され存在したことすら消されてしまう。
十月十日母の胎で大切に育まれたのを、痣が無い、唯その一点で、臍の緒も切らぬ内に幾つも呼吸をする前に、葬り去られ忘れ去られ存在すら認められない。
だからこの国では妃の懐妊は公表されない。痣を持った子が誕生して初めて、世にその存在を知らされるのであった。
王族の数が少ない筈である。
痣を持たぬ子は間引かれるのだから。
選び抜かれた御子だけが、王の血筋と認められる。
「悪魔の所業。」
ソフィアは眦を吊り上げローレンを射るように見つめる。
「私には貴方の御子を殺めるなど、そんな獣に成り下がることは出来ません。」
「ソフィア、」
「どんな御子であれ、貴方の御子を、私は必ずや愛して育て上げます。だからローレン様、愚か者に成り下がるのはお止めになって。例え痣が無くても、手が無くても足がなくても、貴方の血を引く子は全て、私の愛しいややこですわ。」
「ソフィア。解っているよ。君ならきっとそう言うと思っていたよ。」
それからローレンは拳を震わせるソファの両手をそっと握った。
「私の上に一人、ルイが生まれるまでに一人、私の兄妹が生まれたよ。残念ながら痣を持たずに。」
「真逆!」
「うん。選民意識の塊である祖父も父も、彼らが生きる事を許さなかった。」
「馬鹿な、」
「なのに王族の数が少ないからと、アマンダを追うほどには愚かな人達だ。」
「私はね、ソフィア。国の為なら鬼にも蛇にもなれる。けれども私は王ではあるが神ではない。命の選別をするなど驕った所業、出来ようも筈も無いししたくもない。
建国以来の習わし?はっ、誰かが始めたのなら誰が終わらせても良かろうよ。
ソフィア、君の産む子を殺める位なら、この国ごと隣国にでもくれてやる。ルイが後をどうにかしてくれるだろう。」
「それは真?」
「真だよ。今、ここで誓う。」
「私の産む貴方の御子は、一人残らず全て日の目を浴びるのですね?」
「ああ、当然だよ。」
ソフィアの頬が漸く強張りを解いて、垂れ気味の瞳がローレンを見つめる。
「私の子を産んでくれるね?」
「ええ。」
「沢山産んでくれるね?」
「え、ええ。」
にやりと笑った王の笑みの、本当の意味をソフィアが知るのはもう少し後の事であった。
3,943
あなたにおすすめの小説
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる