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その年の秋。王城で祈祷の儀が執り行われた。
未だ療養中の前王の快癒を願っての祈祷式であったが実際は、建国以来の愚かな習わしに犠牲となった王子王女達の慰霊の儀であった。
儀式には王太后も参列した。祈りの際に涙を落とす姿は人々の哀れを誘った。
礼拝堂の王室墓廟の横には幼子達の祈りの碑が建てられて、王侯貴族だけでなく広く民にも解放され、幼子を失った親たちの祈りの場とされた。以来、献花が絶えることはない。
そしてローレン国王陛下の御代より、お生まれになった御子達は皆、洗礼の場に於いて右足付け根に王家の紋の印を押すと云う儀式が執り行われる様になった。
それに習って、家の紋を象った判を生まれた子に押して我が子の生誕を祝うという儀式が、貴族や商家の間でも流行りいつしか王国の祝の慣習として定着して行った。
年の改まったその日、ソフィアは、ローレンと共に正装に身を包み佇んでいる。
婚礼の儀を三月後に控えて、絵姿を描かせていた。
詰め襟の正装姿が麗しいローレンを横目にすると、同じ様な目線のローレンと目が合った。
くすりと二人笑みを漏らす。その姿さえ絵師は見逃す事なく、そのお姿は来年のイヤープレート用にと記憶の奥に記した。
二人並び立つ絵姿とは別に、各々の胸から上の額絵も描かれ、歴代王族のそれと並べられる。
王城内は婚礼の儀の仕度も大詰めとなり、ソフィアは住まいを王城に移された。
警護面の問題もあるし、既に王妃の執務を執り始めたソフィアにも、生家と王城を行き来するより都合が良かった。
生家には兄の細君が嫁いで来て、流石仕事の出来る兄、細君は現在懐妊中である。
静かな環境の為にも、王家に嫁ぐソフィアは予定を少しばかり早めて邸を出たのであった。
春の盛りの佳日、王国は朝から華やかな空気に包まれた。
この日、国王陛下の婚姻式が執り行われた。即位の祝賀も併せての祝典であったので、諸外国からの賓客も多く招かれ、祝の祭典は三日三晩、文字通り夜も眠ることなく王都を賑わせた。
即位の礼に当たって恩赦が実施され、大赦が百人、復権令の対象となった者約二百人、特赦百人、減刑八百人、刑の執行免除十人がその恩恵に預かった。
鳴り止まない歓声は夜には打ち上げられる花火の音にかき消され、耳を澄ませば賑やかな音色があちこちから聴こえてくる。民も貴族も皆、この日を踊り歌い祝っている。
王城の最奥、王と妃の寝室にも、下町の喧騒が微かに響いて聴こえた。
けれども、その音も二人の耳には届いていない。まるで初恋を拗らせた若者の様に性急な夫に責められて、妻は息をするのも漸うで、息も絶えだえ与えられる快楽に飲み込まれていた。
己も知らない秘密の場所を暴かれて、髪の先まで神経が通う様に、夫の触れる手に唇に、掛けられる言葉に吐息に、唯ひたすら酔わされた。
先程まではシーツは背中にあったのに、気がつけば夫の身体が下にあり、そこに力尽きて倒れ込んでいた。
汗に塗れた夫の胸から、森林の薫りに獣のそれが合わさって、野趣を帯びた匂いが立つのを、胸いっぱいに吸い込んだ。
夫にされた仕返しの様に、自分もその胸板に口付けを落とせば、もどかしく待っていたらしい夫に引き上げられて、濃厚な口付けを与えられる。
人とは、こんな風に愛し合うのか。
こんなとろとろに、身体は溶かされるものなのか。
考えられたのは最初だけで、あとは無我夢中であったから、漸く気が鎮まれば、二人とも互いの瞳を覗き込んで、それからまたくすくすと笑みを漏らしながら口付け始める。
空が白んで漸く街の喧騒が眠りにつく頃、互いの身体をぴたりと合わせて、浅い微睡みに沈んだのだった。
「こんなお行儀の悪いことを、王と王妃がしているだなんて。」
「みんなしているよ。」
「真逆、」
「今頃、皆ベッドの上で奥方に苺を食ませているさ。」
「貴方が言うと本当に聞こえるから、騙されるないように気をつけないと。」
乱れた汗を清めれば、寝室の中には既に朝食が運ばれていた。
え、ここで?と驚くソフィアを背中から抱き上げて、ローレンが寝台に腰掛ける。
苺を一粒摘んでそれを妻の口に運んでやれば、咀嚼するその口元に口付けを落とす。
着ている方が恥ずかしくなる、薄くて色々露わになる寝間着に身を包む。
朝、湯浴みの後がこれだから、日中は何を着ればよいのか。
初(うぶ)な妻はまだ知らない。そんな心配無用な事を。
だって、昼も夜も着衣なんて意味をなさないのだから。貴女、一日中そこの男に転がされるのよ。
妻の体力を温存すべく、これもお食べと親鳥よろしくあれこれ口に運ぶ夫。
何も知らない妻は、満腹になったらゆっくり寝ましょうなどと、馬鹿な思い違いをしているのであった。
未だ療養中の前王の快癒を願っての祈祷式であったが実際は、建国以来の愚かな習わしに犠牲となった王子王女達の慰霊の儀であった。
儀式には王太后も参列した。祈りの際に涙を落とす姿は人々の哀れを誘った。
礼拝堂の王室墓廟の横には幼子達の祈りの碑が建てられて、王侯貴族だけでなく広く民にも解放され、幼子を失った親たちの祈りの場とされた。以来、献花が絶えることはない。
そしてローレン国王陛下の御代より、お生まれになった御子達は皆、洗礼の場に於いて右足付け根に王家の紋の印を押すと云う儀式が執り行われる様になった。
それに習って、家の紋を象った判を生まれた子に押して我が子の生誕を祝うという儀式が、貴族や商家の間でも流行りいつしか王国の祝の慣習として定着して行った。
年の改まったその日、ソフィアは、ローレンと共に正装に身を包み佇んでいる。
婚礼の儀を三月後に控えて、絵姿を描かせていた。
詰め襟の正装姿が麗しいローレンを横目にすると、同じ様な目線のローレンと目が合った。
くすりと二人笑みを漏らす。その姿さえ絵師は見逃す事なく、そのお姿は来年のイヤープレート用にと記憶の奥に記した。
二人並び立つ絵姿とは別に、各々の胸から上の額絵も描かれ、歴代王族のそれと並べられる。
王城内は婚礼の儀の仕度も大詰めとなり、ソフィアは住まいを王城に移された。
警護面の問題もあるし、既に王妃の執務を執り始めたソフィアにも、生家と王城を行き来するより都合が良かった。
生家には兄の細君が嫁いで来て、流石仕事の出来る兄、細君は現在懐妊中である。
静かな環境の為にも、王家に嫁ぐソフィアは予定を少しばかり早めて邸を出たのであった。
春の盛りの佳日、王国は朝から華やかな空気に包まれた。
この日、国王陛下の婚姻式が執り行われた。即位の祝賀も併せての祝典であったので、諸外国からの賓客も多く招かれ、祝の祭典は三日三晩、文字通り夜も眠ることなく王都を賑わせた。
即位の礼に当たって恩赦が実施され、大赦が百人、復権令の対象となった者約二百人、特赦百人、減刑八百人、刑の執行免除十人がその恩恵に預かった。
鳴り止まない歓声は夜には打ち上げられる花火の音にかき消され、耳を澄ませば賑やかな音色があちこちから聴こえてくる。民も貴族も皆、この日を踊り歌い祝っている。
王城の最奥、王と妃の寝室にも、下町の喧騒が微かに響いて聴こえた。
けれども、その音も二人の耳には届いていない。まるで初恋を拗らせた若者の様に性急な夫に責められて、妻は息をするのも漸うで、息も絶えだえ与えられる快楽に飲み込まれていた。
己も知らない秘密の場所を暴かれて、髪の先まで神経が通う様に、夫の触れる手に唇に、掛けられる言葉に吐息に、唯ひたすら酔わされた。
先程まではシーツは背中にあったのに、気がつけば夫の身体が下にあり、そこに力尽きて倒れ込んでいた。
汗に塗れた夫の胸から、森林の薫りに獣のそれが合わさって、野趣を帯びた匂いが立つのを、胸いっぱいに吸い込んだ。
夫にされた仕返しの様に、自分もその胸板に口付けを落とせば、もどかしく待っていたらしい夫に引き上げられて、濃厚な口付けを与えられる。
人とは、こんな風に愛し合うのか。
こんなとろとろに、身体は溶かされるものなのか。
考えられたのは最初だけで、あとは無我夢中であったから、漸く気が鎮まれば、二人とも互いの瞳を覗き込んで、それからまたくすくすと笑みを漏らしながら口付け始める。
空が白んで漸く街の喧騒が眠りにつく頃、互いの身体をぴたりと合わせて、浅い微睡みに沈んだのだった。
「こんなお行儀の悪いことを、王と王妃がしているだなんて。」
「みんなしているよ。」
「真逆、」
「今頃、皆ベッドの上で奥方に苺を食ませているさ。」
「貴方が言うと本当に聞こえるから、騙されるないように気をつけないと。」
乱れた汗を清めれば、寝室の中には既に朝食が運ばれていた。
え、ここで?と驚くソフィアを背中から抱き上げて、ローレンが寝台に腰掛ける。
苺を一粒摘んでそれを妻の口に運んでやれば、咀嚼するその口元に口付けを落とす。
着ている方が恥ずかしくなる、薄くて色々露わになる寝間着に身を包む。
朝、湯浴みの後がこれだから、日中は何を着ればよいのか。
初(うぶ)な妻はまだ知らない。そんな心配無用な事を。
だって、昼も夜も着衣なんて意味をなさないのだから。貴女、一日中そこの男に転がされるのよ。
妻の体力を温存すべく、これもお食べと親鳥よろしくあれこれ口に運ぶ夫。
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