レパトロワの御神託

桃井すもも

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第七章

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「プリムローズにドレスを贈った?」

 案の定、兄はレパトロワの話を聞いて、思った通りの反応をした。

「駄目だろう」

 兄の言葉に、レパトロワは兄と自分の思考が全く同じことに、うっかり吹き出しそうになった。

「駄目よね、やっぱり」
「それはそうだろう。それでお前はなにも贈られていないのだろう?」
「ええ、まあ、そうですわね」
「ますます駄目だ。ダメダメだ」

 兄は、レジナルドの行いに怒ることはなかった。寧ろ呆れているようだった。

「その話とは学園の廊下だろう?今ごろ、どこの家でも話題はレジナルド殿の駄目っぷりだな。彼は将来、領主として大丈夫なのか?」

 どこまでも、発想が兄と同じである。

 廊下には多くの生徒たちがいたし、それでなくても最近のレジナルドとプリムローズは人目を引いていた。

「確か神官は、プリムローズに言ってたな」
「なにを?」
「『清らかな行いに努めろ』と」

 ああ確かに、とレパトロワも思い出した。

「清らかさの欠片もない不道徳っぷりじゃないか。母上、親族だからとこれ以上、甘く考えてはいけませんよ」

 兄はそこで、母に向かって釘を刺した。

「わ、わかっているわ。そこまでとは思わなかったのよ。プリムローズもプリムローズだわ。なぜレジナルド様からドレスなんて」

「お母様。受け取るプリムローズもプリムローズですけれど、贈るレジナルド様もレジナルド様なんです」

「確かに」

 レパトロワの言葉に相槌を打ったのは兄だった。母は苦い顔をしてレパトロワを見た。

「冷静ね、貴女は」
「ええ。お父様に似たのかしら」

 父は、突然火の粉が飛んできたように名を挙げられて、ちらりとレパトロワを見た。そんな父からは、なんの表情も読み取れなかった。

 レパトロワは実のところ、母が言ったように冷静なのではなかった。初めから、心に抱く覚悟があった。

 レパトロワには、心の奥に小さな宝箱がある。そこに大切なものを仕舞っている。小さな小さな宝箱、それはいつでもレパトロワの胸の内を、明るく優しく照らしてくれる。

 だから、たとえレジナルドがレパトロワに心を寄せることがなくても、プリムローズにうつつを抜かしていたとしても、レパトロワはそんな彼に心を揺らすことはない。

 それはレパトロワだけの秘密である。
 あの神殿で、耳元に囁かれ神託を授かったときにレパトロワは決めたのである。

 この天啓を、生涯誰にも明かすまい。

 今日、目の前でレジナルドとプリムローズが仲良く並び立つ場面に遭遇しても、たとえそんなレジナルドとこれからの人生を生きていかねばならなくても、レパトロワの心の奥底にある灯火は、決して消えることはないだろう。

「レパトロワ」

 父がレパトロワを呼んだ。そこで兄も母も父を見た。
 無口の代名詞のような父であるが、なにも考えていない訳ではない。いざというときこそ動いてくれる、頼もしい父である。

「お前は覚悟があるのだな?」

 父の言葉には、二通りの返答が思い浮かんだ。

「それは、どちらについてなの?お父様」

 不実なレジナルドと生きる覚悟。
 不実なレジナルドからの、破談を受け入れる覚悟。

「あちらの勝手を受け入れるかということだ」

 父もまた、レジナルドとの婚約解消がルフィールド伯爵家からもたらされることを予期しているのだろう。

「それでは、レパトロワばかりが瑕疵キズを負うことになってしまうわ」

 母が父に向かって言った。
 その瑕疵こそ、可愛がっていたプリムローズが原因となることが、母を悩ますのだろう。

「契約事なら問題ない。我らはその専門だ」

 法律に関わることなら、レジナルドの生家はカニング伯爵家に敵わないだろう。
 得意分野であるからか、なんだかヤル気満々な父である。

「でしたら父上、その時には是非とも私も同席しますよ。寧ろこちらから破棄にしてはいかがです。レパトロワをこれ以上、コケにさせる必要なんてないでしょう」

 兄が父にそう言えば、母は破棄、破棄、と小さく繰り返した。
 レジナルドからは、まだ解消のかの字も言われてはいないのだが、この夜カニング伯爵家では、家族が集う晩餐の席で、破棄だ破談だ解消だと物騒な言葉が飛び交った。


 レジナルドとは、最初から意気投合というわけでもなかった。そして不仲というわけでもない。不仲になるような言い争いやいさかいも、一度も起こっていないのである。

 レジナルドの反則技は、数えればすぐに片手が埋まる。不義理、不誠実、不義、不貞、とやたら「不」がつく。
 それなのに、二人は口喧嘩どころか不機嫌な空気になったこともない。

 全ては、レパトロワが黙しているからだろう。
 レジナルドは、そんなレパトロワをどことなく遠巻きにするような心の距離をとっている。

 最近では、婚約者のお茶会で向かい合っても、折角の優顔に気難しいような表情を浮かべる。
 だがそれも、プリムローズが現れると、一瞬で掻き消えてしまうから見事である。

 彼は一体、どんな神経をしているのか。婚約者の生家であるのに、周りをカニング伯爵家の使用人らに囲まれながら、レジナルドはプリムローズに夢中になるのである。

 爵位にこだわり、敢えてレパトロワとの婚約を選んだのだろうが、こんな醜聞を生むくらいなら、初めからプリムローズ一筋でいたほうが、彼の評判だって落ちることはなかっただろう。

 巷には自由恋愛が溢れている。子爵家と伯爵家であるから、貴族と平民というような「貴賤結婚」には当たらない。

 わざわざ茨の道を選ばずとも、と寝台に横たわりながらレパトロワは思った。

「え?それじゃあ、茨って私のこと?」

 自分で思いついた言葉であるのに、レジナルドの恋路を邪魔する茨道とは、間違いなく自分であると納得した。

「馬鹿馬鹿しい」

 薄暗がりに、レパトロワの声が小さく響く。
 誰かに恋を抱くのに、誰かを茨道にせずともよいのに。
 心に抱く恋をそんなことで汚すのは、覚悟をしきれないからだろう。

 レパトロワは覚悟を決めて、レジナルドとの人生を受け入れようとしたのだから。


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