レパトロワの御神託

桃井すもも

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第八章

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「え?なんだかキツいわ」
「あら?お嬢様、お胸がまたお育ちになっておりますわ」
「ええ?今から出掛けるのに、それは困ったことね」
「お嬢様のお胸に待ったはかけられませんね」

 少し前には身体にピタリとフィットしていたドレスであったが、今は若干ピチピチである。
 胸が苦しいと思ったら、ウエストもなんだか圧迫感がある。下着で締め付ければなんとかなるが、息苦しいことに変わりはない。

 肥えたのだろうか、太ったのか。
 レパトロワは、成長が治まらない自身の身体に、鏡の前で憂鬱になった。

 細腰・柳腰は未婚令嬢の専売特許で、それに可憐が加われば、まさしくプリムローズの出来上がりとなる。
 レパトロワは、その「三大殿方に好まれるご令嬢」のモデルタイプからはかなり逸脱している。

 真っ赤な艶髪、吊り目がちな大きな瞳、豊かなお胸に張りのある腰。十六歳にして、どこのマダムだという貫禄である。

 気質は極々普通であるし、寧ろ控え目な大人しい質だろう。
 あんな婚約者の行いに、煩く目くじら立てることもない人格者であると、学園でもそんなふうに見做されている。

 だが、今現在、鏡の中でこちらを見つめる瞳には、育ちすぎる肢体への恥ずかしさと諦めが滲んでいる。

 少し前にはジャストフィットのはずだったドレスである。色味も若々しい若草色で、サテンよりも抑えた光沢にも品がある。
 レパトロワの髪にも肌にも、とてもよく馴染んでいる。

 下着を締め付けてからドレスを着て、背中の釦を締めれば、布地で覆われているはずなのに、押し上げられた胸元がけしからんことになっている。
 主張が激しい、お願いです、もっと大人しく布の中で収まって。

 レパトロワは、鏡の中のお胸に向かって念力を送った。

「けしからん我が儘ボディですね」

 そこで追い打ちをかけるかね。
 レパトロワは、鏡の中からメイベルを見た。

「まあ、垂涎とは、お嬢様の我が儘なお身体のことを言うのですね」

 まだ言うか。
 だが、メイベルの追い打ちは止まらない。

「いっそ、あの頓珍漢なご令息を思いっきり振って差し上げればよろしいのですわ。お嬢様でしたら引く手数多あまた、磨くほど光る珠玉です。殿方なんて目隠ししても引き寄せちゃいますわ」

 レパトロワは褒められて伸びるタイプではあるが、これほど褒めてくれるのは兄かメイベルが筆頭だろう。


 昼間のドレスであるから、豊かなお胸はきっちり布地の中に仕舞われている。これが夜会服であるなら「オーホッホッホ」と扇子をブンブン言わせて歩く、所謂、悪役令嬢姿となるのは間違いない。

 見目が鮮烈な印象を与えるのは、ここ数年特に悩ましい案件である。兄と並ぶと緩和されるのは、兄もまた同じ髪と瞳の色で、文官にあるまじき恵まれた体躯であるからだ。

 我が儘ボディ兄妹、それがオリヴァーとレパトロワなのだった。

「オーホッホッホ」
「ぶふっ、おやめください、お嬢様。板に付きすぎです」
「ふふ、面白いわね。この調子でレジナルド様を扇子で蹴散らそうかしら」

 悪役令嬢っぽく高笑いをしてみれば、洒落にならないほど似合っており、メイベルが吹き出してしまった。
 プリムローズ好きのレジナルドは、この姿を目にしただけできっと眉をひそめるだろう。考えただけで爽快である。

 彼とも、なにか縁があって婚約を結ぶことになったのだろう。
 家格や年齢や、派閥や財や、貴族のステータスの判断基準は色々あるが、どれほど条件が合っていても、結ばれない縁というのは確かにある。

 折角結ばれた縁であるなら、円満な関係であろうと思うのは間違いではなかっただろう。
 レパトロワはそう思ってレジナルドに接してきた。

 だが、それもそろそろ終焉を迎えているなら、少しくらいやりたいことをやってみても良いだろう。あちらはやりたい放題であるのだから。

 そんなことを考えていると、間もなくレジナルドが迎えにくる時間となった。
 両親は一足先に侯爵家へ向かっている。兄は適当に行くとかなんとか言っていた。

 レパトロワは、これからレジナルドと二人で茶会へ向かうこととなる。

「憂鬱⋯⋯」

 今まで口にしなかった、正直な気持ちを吐露してみた。婚約解消ありきの関係であるなら、もうお口のチャックを緩めて良かろう。言いたいことのひと言くらい、鏡の前で言ってみたい。

「お疲れ様。レパトロワ」

 思わず出たのは自分への労いだった。

「お疲れ様でございました、お嬢様」

 メイベルが後に続いて言った。

「まだ終わってはいなくてよ?」
「光陰矢の如し、今という時間が一瞬ならば、不埒なご令息とのご縁も光の速さで終わります」

 哲学的なことを言い出したメイベルに、レパトロワは幾分、励まされた。

「光陰矢の如し」
烏兎怱怱うとそうそう
露往霜来ろおうそうらい
歳月不待さいげつふたい

 メイベルと変わるがわる、時の流れについての四文字熟語を並べてみる。この心根の明るく優しく聡明な侍女のお陰で、レパトロワは笑いを忘れることがない。

「ありがとう、メイベル。スッキリしたわ」

 ふわりと緩く流れる赤髪の最終チェックをしてくれるメイベルにそう言えば、鏡の中で見つめるレパトロワに、メイベルは微笑んだ。

 首元まで詰まっている襟元には、大きなルビーのブローチが輝いている。祖母の形見の逸品で、肖像画の中でも祖母が身に着けている。

 これまでは、可憐令嬢好みのレジナルドに気遣って、こういった大振りの光り物は避けてきた。

 だがやはり、腰までうねって流れる赤髪にも、瞬くような紺碧色の瞳にも、大きなルビーの煌めきはとても良く似合って見えた。

 レパトロワは、ようやく本来の自分自身を褒めてあげられそうな気持ちになれた。



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