レパトロワの御神託

桃井すもも

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第十章

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 控えの間では、すでに到着していた母と合流した。

「レジナルド様はお迎えに来てくださったのね?」

 母はすっかり用心深くなってしまって、プリムローズに懸想をしているレジナルドが、今日の茶会にレパトロワを迎えに来ないのではないかと、本気で心配していたようだ。

「ちゃんと来てくださったわ」

 会話は全く弾まなかったが。
 あまりに会話が弾まなくて、メイベルなんて居眠りしていたのだとは言わずにおいた。

 そうするうちに、侯爵家の使用人が茶会の始まりを伝えて、レパトロワと母は控えの間を出た。
 前方に伯母夫婦とプリムローズの姿が見えて、いつもの母なら自分から姉夫婦に声を掛けるのだが、今日は無言のままだった。

 レジナルドがプリムローズに心を寄せて、レパトロワとの婚約の破談を望むだろうことは、母に少なからず衝撃を与えたのだろう。
 当の本人であるレパトロワより、よほど憔悴して見えた。

「お母様。私でしたら大丈夫ですわ」
「レパトロワ、貴女⋯⋯」
「折角、お招きいただいたのですもの、楽しみましょうよ」
「⋯⋯強い子に育ったわね。誰に似たのかしら」

 広いホールのどこかには、レジナルドの両親もいるのだが、レパトロワは探す気もなくそのまま案内された席に着いた。
 殿方と婦人は別々のテーブルに座っており、レジナルドのいない席はゆったり呼吸ができた。
 隣に顔見知りの令嬢が座ったことで、久しぶりにお喋りに花を咲かせた。

 間もなくハーリントン侯爵一家が現れて、いよいよ茶会が始まると、香り高い紅茶と趣向を凝らしたお茶請けを楽しんだ。

 婚約者にもその両親にも、最近いつでもそばにいるプリムローズにも関わらず、顔を合わせぬまま離れてみれば、思った以上に快適だった。

 見知った令嬢やご婦人がたと、婚約者一家を気にすることなく会話を楽しむ。そんな時間は久しぶりで、とても懐かしく思えた。

 レジナルドに心地よいようにと気を配る必要もない。
 レジナルドの両親を探して挨拶をしようとも思わなかった。ついでに、たまにはプリムローズからも離れてみたいと思う。

「レパトロワ」

 そこで背中から声を掛けられて、レパトロワはひゅっと息を呑んで固まった。まるでギギギと音がするように、そおっと後ろへ振り向けば、そこにはレジナルドが立っていた。

「君がいつまでも来ないから、迎えに来たよ」
「え?」

 そう言われれば今までは、歓談の頃合いを見計らってレパトロワから彼の元に行っていた。

「そうよ、レパトロワ。貴女ってば、なかなか来ないのだもの。ねえ?レジナルド様」

 レジナルドの隣にはプリムローズが並んでおり、彼女は無邪気な顔でレジナルドを見上げながら言った。二人がいつから合流していたのか、レパトロワは全然気がつかなかった。

「まだ挨拶があるじゃないか」

 そうそう。いつもなら、レジナルドと一緒に挨拶回りをしていたのだ。

 でももう、その必要もないのではないかしら。
 いっそのこと、そのままプリムローズと二人で行っても良いのでは?

 レパトロワは無言のまま、頭の中ではそんなことを考えた。確かに無言でいたはずなのに、レジナルドはどうやらその思考を読み取ったらしい。

「するべきことを先にするなら、それから歓談するのもよいだろう。けれど、プリムローズだって待たせていたんだぞ?」

 あんまりな言いようである。お隣に座る令嬢が頬を引きらせている。
 お隣だけでなく、同じテーブルにいた令嬢やご婦人がたまで、こちらをうかがうように見つめている。

「わかりました」

 このままいても、歓談の邪魔になってしまうだろう。早ければ明日にでも婚約解消されるのではと、そんなことを予測していたレパトロワだったが、今日のところは大人しく彼の言うことを聞こうと立ち上がった。

 すると、けしからんお胸が持ち上がり、隣のご令嬢の顔が見えなくなった。微かに「おお」と声が聴こえた気がしたが、きっと気の所為だろう。

 立ち上がった姿は、普段は制服に隠れているダイナマイトなボディが際立った。ドレスの気品と合せて、そこはかとなく漂う色香は匂い立つようだった。

 レジナルドは、ぐっとなにかを呑み込むような顔をした。

「ちょっと、どうしちゃったの?レパトロワ」
「どうしたのとは、なにが?」

 レジナルドの隣に並び立つプリムローズが、どうしたのかと尋ねてきた。なにがどうしたと言うのかわからずに、レパトロワは聞き返した。

「そのドレス、初めて見るわ。新調してないって言ってたじゃない」

 しょっちゅうカニング伯爵邸へ遊びに来るプリムローズである。クローゼットの中身なら、もしかしたらレパトロワ以上に詳しいかもしれない。

「これは私が新調したのではないのよ」
「え?どういう意味?」
「頂いたドレスなの」
「頂いた?それって誰なの?レジナルド様よりほかにドレスを頂くなんて失礼よ」

 婚約者ではないのにレジナルドからドレスを贈られたプリムローズである。そんな彼女から注意をされても、レパトロワにはピンとこなかった。

「貰った?どういうことだよ」

 ええ?レジナルド様まで参戦しちゃうの?

 レジナルドにまで尋ねられて、レパトロワは面倒事が雪だるまになってこちらに転がってくるように思った。

「先月のお誕生日に頂戴したんです。お祝いの品に」

 お祝いなのよ?と言って、レジナルドからドレスを贈られることを肯定的に言ったのはプリムローズである。

 だが、このときのレパトロワには、そんな嫌味を返す気持ちはこれっぽっちもなかった。

 レパトロワは、自分の生誕を祝って贈られたドレスを、宝物のように思っている。

 滑らかな光沢のある生地を、指先でそっと撫でた。
 ドレスを目にしたときの感動が、再び蘇ってくる。

「お祝いに頂戴したのですもの、それでよろしいのではなくて?」

 レジナルドにもプリムローズにも言うような言葉だった。レパトロワはドレスを贈られた喜びを思い出して、そこでうっとりするように微笑んだ。


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