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第十一章
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レパトロワに叱責めいたことを言ったレジナルドとプリムローズであるが、二人が並び立つ姿は、今日のうちには新たな噂となるだろう。
二人は、揃いの衣装だった。
レジナルドの瞳に合わせたように、互いに青い衣装を着ている。色がかぶることはよくあるし、青い衣装もそうである。だがデザインまでお揃いで、二人の襟元の刺繍は同じ模様であった。
レジナルドはプリムローズにドレスを贈る際に、自分も一緒に衣装を誂えたのだろう。薄緑のポケットチーフは、プリムローズの瞳と同じ色である。
周囲は寧ろ、なにも言わずにいるレパトロワを不思議に思うようだった。怒ってよいのはレパトロワである。婚約者と従姉妹に、どうしてレパトロワも出席する茶会であるのに、二人は揃いの衣装を着ているのかと、強く抗議をしても許されるだろう。
こんなふうに、レジナルド以外の人物からドレスを贈られたからと、叱責めいたことを言われるのは立場が逆というものである。
最早、ギャラリーと化した周囲の視線を、レジナルドとプリムローズは気がついていないのだろうか。
ここには同じ世代の令息令嬢もいるのだけれど、同時に親世代の貴族たちも大勢招かれている。
レジナルドの生家が、息子のこんな行いを認めているのだとしたら、婚約者である令嬢とその生家へ随分なことをする常識外れな家だと思われても仕方がない。
プリムローズにしても、神殿で神託を受けたらしいことはすでに噂となっていたから、彼女の言動は注目を浴びている。
生家は家格が下がる子爵家であり、従姉妹とはいえカニング伯爵家の令嬢に失礼なことしていると認識されているだろう。
まるで周囲の思考が耳元に聞こえてくるような有り様だった。
流石にレジナルドは、この空気に気づいたようである。レパトロワを責めていた勢いを引っ込めた。
それなら初めから、そんな衣装合わせなんてことを考えなければよかったのにと、レパトロワは呆れてしまった。
レパトロワは確かに呆れてしまったが、それでも怒る気にはならなかった。こんなことは学園ですっかり慣れっこなのである。
挨拶回りをしようとするレジナルドは、もしやそこにもプリムローズを伴うのかと、更に呆れているところだった。
これは兄の言う通り、父は間もなくレジナルドの不誠実で考えなしな行動を理由に、この婚約の破棄を申し込むのではないかと思った。
破棄でも解消でも、どちらでも構わない。
レジナルドは勘違いしている。
婚約は歩み寄りであって服従ではない。そもそもこの婚約は、レジナルドの側からの申し込みであった。少なくとも、レパトロワへの遠慮や配慮は必要なことだった。
一年間の婚約期間で、レジナルドこそこの関係を育てる姿勢を見せなければならなかった。学園という社交場の縮図の中で彼が示してきたことは、レジナルドとその生家の無知と不誠実と軽率と、彼らが契約事を軽んじる信用に値しない家であると証明する姿だった。
恋って恐ろしい。
レパトロワはそんなことを考えていた。レジナルドは元々そこまで愚かな青年ではなかった。ひとえにプリムローズへの思慕が彼を狂わせたのだとしたら、恋って本当に恐ろしいものだと思った。
レパトロワはそこで、若草色のドレスのスカートを思わずキュッと握り締めた。その仕草が、不当な叱責に怯えるように見えたのか、周囲からヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。
レジナルドは、流石にそれにも気がついた。
どうして自分が優位だと思ったのだろう。そのあたりの彼の思考については、レパトロワにも考えが及ばないことである。
だってレジナルドなのだもの。
そのひと言に尽きてしまう。
鮮やかな赤髪に射抜くような大きな瞳。そこによく育った身体が合わさって、レパトロワは周囲の目を引いた。今なら「オーホッホッホ」と高笑いしても、みんな似合うと思うだろう。
メイベルなんてきっと笑ってしまうだろうと、こんな場面にいてもレパトロワの思考は相変わらずレパトロワであった。
「ああ、いたいた」
そんな声が聞こえて、レパトロワは声の主をキョロキョロと探した。
どこにいても目立つ赤髪が見えて、兄が大股になってこちらに歩いてくる。
「お兄様、遅刻なさらなかったのね」
「ギリギリかな」
兄は多分、この状況を知ったうえで乗り込んできたのだろう。機を見る敏は父譲りのものだろう。
それからこんな場面に彼を連れ出すことも、兄だからできることである。
兄は一人ではなかった。隣に青年を連れていた。
「久しぶりだね、レパトロワ譲」
「ご機嫌よう、アラン様。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
兄は、友人であり同僚であり、このハーリントン侯爵家の令息であるアランと一緒だった。
アラン・クリーマー・ハーリントン。
彼は、ハーリントン侯爵夫妻の一人きりの男子にして嫡男である。
「とてもよく似合っているよ」
アランは、レパトロワの今日の装いを似合うと言った。下着を締め上げムチムチ具合を抑えているから、今のドレスはシンデレラフィットである。
「君にはルビーがよく似合う」
ざわりと周囲の空気が騒いだ。
アランはレパトロワの襟元を飾るルビーを見て、「赤」が似合うと言った。それは「青」を自身の色とするレジナルドには、そぐわないと言っている。周囲もどうやらそう捉えたらしい。
レパトロワには、なぜか壊滅的に青が似合わない。
瞳は紺碧色なのに、どうしてか青い衣装もサファイアもレパトロワが身につけると浮いてしまって、どこか落ち着かないのである。
だから彼は若草色を選んでくれたのだろう。
「ドレス、気に入ってくれたかな?」
「勿論ですわ、アラン様。大切にいたします」
若草色のドレスは、アランからの誕生祝いの品だった。
レパトロワが、最も大切にしている宝物である。
二人は、揃いの衣装だった。
レジナルドの瞳に合わせたように、互いに青い衣装を着ている。色がかぶることはよくあるし、青い衣装もそうである。だがデザインまでお揃いで、二人の襟元の刺繍は同じ模様であった。
レジナルドはプリムローズにドレスを贈る際に、自分も一緒に衣装を誂えたのだろう。薄緑のポケットチーフは、プリムローズの瞳と同じ色である。
周囲は寧ろ、なにも言わずにいるレパトロワを不思議に思うようだった。怒ってよいのはレパトロワである。婚約者と従姉妹に、どうしてレパトロワも出席する茶会であるのに、二人は揃いの衣装を着ているのかと、強く抗議をしても許されるだろう。
こんなふうに、レジナルド以外の人物からドレスを贈られたからと、叱責めいたことを言われるのは立場が逆というものである。
最早、ギャラリーと化した周囲の視線を、レジナルドとプリムローズは気がついていないのだろうか。
ここには同じ世代の令息令嬢もいるのだけれど、同時に親世代の貴族たちも大勢招かれている。
レジナルドの生家が、息子のこんな行いを認めているのだとしたら、婚約者である令嬢とその生家へ随分なことをする常識外れな家だと思われても仕方がない。
プリムローズにしても、神殿で神託を受けたらしいことはすでに噂となっていたから、彼女の言動は注目を浴びている。
生家は家格が下がる子爵家であり、従姉妹とはいえカニング伯爵家の令嬢に失礼なことしていると認識されているだろう。
まるで周囲の思考が耳元に聞こえてくるような有り様だった。
流石にレジナルドは、この空気に気づいたようである。レパトロワを責めていた勢いを引っ込めた。
それなら初めから、そんな衣装合わせなんてことを考えなければよかったのにと、レパトロワは呆れてしまった。
レパトロワは確かに呆れてしまったが、それでも怒る気にはならなかった。こんなことは学園ですっかり慣れっこなのである。
挨拶回りをしようとするレジナルドは、もしやそこにもプリムローズを伴うのかと、更に呆れているところだった。
これは兄の言う通り、父は間もなくレジナルドの不誠実で考えなしな行動を理由に、この婚約の破棄を申し込むのではないかと思った。
破棄でも解消でも、どちらでも構わない。
レジナルドは勘違いしている。
婚約は歩み寄りであって服従ではない。そもそもこの婚約は、レジナルドの側からの申し込みであった。少なくとも、レパトロワへの遠慮や配慮は必要なことだった。
一年間の婚約期間で、レジナルドこそこの関係を育てる姿勢を見せなければならなかった。学園という社交場の縮図の中で彼が示してきたことは、レジナルドとその生家の無知と不誠実と軽率と、彼らが契約事を軽んじる信用に値しない家であると証明する姿だった。
恋って恐ろしい。
レパトロワはそんなことを考えていた。レジナルドは元々そこまで愚かな青年ではなかった。ひとえにプリムローズへの思慕が彼を狂わせたのだとしたら、恋って本当に恐ろしいものだと思った。
レパトロワはそこで、若草色のドレスのスカートを思わずキュッと握り締めた。その仕草が、不当な叱責に怯えるように見えたのか、周囲からヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。
レジナルドは、流石にそれにも気がついた。
どうして自分が優位だと思ったのだろう。そのあたりの彼の思考については、レパトロワにも考えが及ばないことである。
だってレジナルドなのだもの。
そのひと言に尽きてしまう。
鮮やかな赤髪に射抜くような大きな瞳。そこによく育った身体が合わさって、レパトロワは周囲の目を引いた。今なら「オーホッホッホ」と高笑いしても、みんな似合うと思うだろう。
メイベルなんてきっと笑ってしまうだろうと、こんな場面にいてもレパトロワの思考は相変わらずレパトロワであった。
「ああ、いたいた」
そんな声が聞こえて、レパトロワは声の主をキョロキョロと探した。
どこにいても目立つ赤髪が見えて、兄が大股になってこちらに歩いてくる。
「お兄様、遅刻なさらなかったのね」
「ギリギリかな」
兄は多分、この状況を知ったうえで乗り込んできたのだろう。機を見る敏は父譲りのものだろう。
それからこんな場面に彼を連れ出すことも、兄だからできることである。
兄は一人ではなかった。隣に青年を連れていた。
「久しぶりだね、レパトロワ譲」
「ご機嫌よう、アラン様。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
兄は、友人であり同僚であり、このハーリントン侯爵家の令息であるアランと一緒だった。
アラン・クリーマー・ハーリントン。
彼は、ハーリントン侯爵夫妻の一人きりの男子にして嫡男である。
「とてもよく似合っているよ」
アランは、レパトロワの今日の装いを似合うと言った。下着を締め上げムチムチ具合を抑えているから、今のドレスはシンデレラフィットである。
「君にはルビーがよく似合う」
ざわりと周囲の空気が騒いだ。
アランはレパトロワの襟元を飾るルビーを見て、「赤」が似合うと言った。それは「青」を自身の色とするレジナルドには、そぐわないと言っている。周囲もどうやらそう捉えたらしい。
レパトロワには、なぜか壊滅的に青が似合わない。
瞳は紺碧色なのに、どうしてか青い衣装もサファイアもレパトロワが身につけると浮いてしまって、どこか落ち着かないのである。
だから彼は若草色を選んでくれたのだろう。
「ドレス、気に入ってくれたかな?」
「勿論ですわ、アラン様。大切にいたします」
若草色のドレスは、アランからの誕生祝いの品だった。
レパトロワが、最も大切にしている宝物である。
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