レパトロワの御神託

桃井すもも

文字の大きさ
12 / 40

第十二章

しおりを挟む
 ダークブロンドの髪にビリジアンの瞳。
 それはアランの生家であるハーリントン侯爵家に受け継がれる色であり、アランもまた生家の色を纏っている。

 始祖まで遡れば王家よりも古いと言われるハーリントン侯爵家は、代々王家に仕える宮廷貴族である。

 アランの父であるハーリントン侯爵は法務大臣を務めており、レパトロワの父はその補佐官である。
 兄もアランも、今は父の部下となる文官で、だがアランは将来、侯爵の後を引き継ぎ大臣職を拝命すると目されている。

 王家にも王族にも深く関わるハーリントン侯爵家と、それに倣うカニング伯爵家の繋がりは深い。

 レパトロワより三つ年上の兄とアランは同い年で、学生時代からの友人である。将来は職務上での主従関係になろうとも、今は良き友、良き同僚として付き合っている。

 一人っ子のアランは、レパトロワには幼い頃から妹のように接してくれる。二人の繋がりは侯爵家と伯爵家であるから、そこに母方の従姉妹であるプリムローズが加わることはなかった。

 だから彼女は驚いているのだろう。

「レパトロワ、どういうこと?」

 レジナルドの隣にいたプリムローズが、ととと、とこちらに小走りになって寄ってきた。

「貴女、なんでご令息からドレスなんて」

 プリムローズは、まだレパトロワのドレスにこだわっている。

「お誕生日に頂戴したの」

 レパトロワは、デビュタントを迎える少し前に誕生日を迎えていた。
 ドレスはその際にアランから贈られたもので、まだ若い令嬢であるレパトロワには、夜会ドレスよりも茶会に着られるものがよいだろうとアランがあつらえてくれた。

「それはさっき聞いたわ。どうして貴女が侯爵家のご令息と」

 どうやらプリムローズは、そこがせないようだった。

「お兄様のご友人なの。お勤めもご一緒だし」
「オリヴァーお兄様の?」

 親しく親戚付き合いをするプリムローズは、頻繁に伯爵家に来ていたが、王城勤めの兄とは顔を会わせることはなくなっていた。

 なにより彼女は、叔母の夫であるカニング伯爵の職務に興味がないようだった。子爵家で伸び伸び育っていたプリムローズは、政治的な駆け引きや家門の力関係についてを考えることはなかったのだろう。

 プリムローズの兄もまた、オリヴァーやアランとは同い年の学友である。だが彼は、次期領主として学びながら、兄やアランとの爵位の違いにも家格の違いにも、家の歴史の違いにも気を配っていた。

 プリムローズが出すぎたときに注意をするのは、いつも彼女の兄であったが、彼は今、領地のカントリーハウスにおり王都を不在にしていた。

 神殿での神託騒ぎやレジナルドとの交流は、彼の耳に入っていないのかもしれない。

「君はもしかして、パトリックの妹君かな?」

 レパトロワの隣に並んだプリムローズに、アランが声をかけた。

「まあ!兄をご存じなのですか?私はプリムローズと申します。レパトロワとは母が姉妹で従姉妹なんです」

「ああ、君が。確かにパトリックと面立ちが似ているね」

 プリムローズの兄はパトリックと言って、二人は金色の髪も翠の瞳も顔立ちもよく似た兄妹である。

「ええ、その、どうぞお見知りおきを」

 そう言ってプリムローズは頬を染めて微笑んだ。
 それからなにかに気づいたらしく、レパトロワの腕を引いた。

 レパトロワはそんなプリムローズの仕草には慣れっこだから、小柄な彼女のために腰を落として耳を寄せた。
 するとプリムローズはレパトロワの耳元に顔を寄せて、こしょこしょとささやいた。

「ねえ、アレ、話しても良いかしら」
「アレ?」
「アレよアレ、聖女って話」

 レジナルドが聖女と持ち上げるからか、周囲の雰囲気がそう思わせるのか、神託らしきものを受け取ったプリムローズは、自分を聖女と思うようだった。

 レパトロワには、そもそも聖女の定義がわからない。
 それはとても曖昧な存在で、現在、神殿に属する聖女という役職はない。正式には、王国に「聖女」はいないのである。

「ああ、プリムローズ、それは流石にマズいのではないかしら。ご神託を賜ったと、それくらいでよいのではなくて?」

 神託を賜るのだって十分稀有なことである。
 だがプリムローズは、レパトロワの返事が不服なようだった。ぷう、とわかりやくす頬を膨らませた。
 あんまりぷうっと膨らんでいるので、レパトロワはそのほっぺたを指でつついてみたい衝動を抑えた。

 ツンツンと、プリムローズがレパトロワの肘を引っ張っる。

「どうしたの?プリムローズ」

 今度はレパトロワからこしょこしょと囁けば、プリムローズは尚も頬を膨らませて、それから眉をしかめて言った。

「レパトロワ、貴女が言ってよ。私が神殿でご神託を授かったんだって、そう紹介してちょうだいよ」

 ええ?面倒だわ。

 内心、レパトロワは面倒に思った。ご神託にも神殿にも、ついでに聖女とやらにも関わりたくはなかった。
 言いたいことがあるのなら、自分で言えばよいと思う。ここには兄もいるのだし、アランは令嬢が言うことは優しく聞いてくれるだろう。

 だがそう思った瞬間に、アランには余所よその令嬢の言葉には耳を傾けてほしくない、そんな気持が胸の奥底から湧いてきた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにしました。

ふまさ
恋愛
 ある日、オリヴィアは夢を見た。婚約者のデイルが、義妹のグレースを好きだと言い、グレースも、デイルが好きだったと打ち明けられる夢。  さらに怪我を負い、命の灯火が消えようとするオリヴィアを、家族も婚約者も、誰も助けようとしない悪夢から目覚めたオリヴィアは、思ってしまった。  ──これはただの悪夢ではなく、正夢ではないか、と。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...