レパトロワの御神託

桃井すもも

文字の大きさ
16 / 40

第十六章

しおりを挟む
 恋をしたことがあるとしたら、それは間違いなくアランにだろう。

 アランは、レパトロワの初恋の人である。
 いつからなんてわからない。気がついたときにはもう好きだった。

 幼い少女に、そんなことは珍しくもないだろう。
 兄の友人で、会えば優しく声を掛けてくれる。一緒に絵本を呼んでくれる。楽し話を聞かせてくれる。レパトロワと名前を呼んでくれる。

 幼い頃の思い出は、一つ一つがアランに心を惹かれる切っ掛けで、物心がつくころには、アランはレパトロワにとって最も恋しく想う異性だった。

 だが、親しいことと婚姻は別のお話である。
 可能であるなら、早々に二人の婚約は結ばれていた筈で、そうならなかったのは、レパトロワに侯爵夫人としての力量や才覚が望めなかったからだろう。

 加えて、アランが望むほどの魅力が貴族令嬢としても女性としても、レパトロワには不足していたのだろう。親しいことと、愛しく思ってもらえることは別である。

 アランには今もまだ婚約者は据えられておらず、ハーリントン侯爵家は、嫡男の為に慎重に夫人選びをしているのだと、誰かがどこかの茶会で言っていた。

 兄もまたいまだに婚約者がいないのだが、兄の場合は興味を引かれる出会いがまだないだけだと、そんなことをうそぶいている。
 兄と同い年で友人のアランにしても、似たような気持ちなのかもしれない。

 アランが惹かれる女性とは、一体どんな女性なのだろう。
 きっと知的で聡明で、可憐で楚々として、清々しい気質の美しい令嬢なのだろうと思い描く。

 現実にそんな令嬢がいるとしたら、彼女はきっと今頃は王家にも妃として求められているだろう。
 妄想は最強であるから、そんな最強相手にレパトロワは太刀打ちできそうにはなかった。

 アランのことを諦められる、それがレジナルドとの婚約だったと、今なら落ち着いて考えられる。

 父はどこかで気づいていたのだろうか。レパトロワが侯爵令息に思慕の感情を抱いているのを知りながら、レジナルドとの縁談を受け入れたのだとすれば、初めからレパトロワにはアランとの道はなかったと言える。

 こんな気持ちを隠していたから、レジナルドはどこかでそれを感じ取っていたのかもしれない。
 形ばかりは寄り添うレパトロワに、親愛の情を抱けないとして、どうしてレジナルドを責められるだろう。

 そんなことを全て引っくるめての婚姻なのだと呑み込むには、彼はあまりに若く、友人も多く未来は明るくみえていた。

 ここでようやくレジナルドのことが頭に浮かんで、残念な縁となってしまったが、結果的にはこれで良かったのだと思う。
 暫くは、プリムローズとの交流やレパトロワとの破談によって煩く噂をされるだろうが、それで正式にプリムローズを得られるのなら、あとは月日が全てを整えてくれるだろう。

 そうしてレパトロワは、アランが言う通り、次の縁談を待つだけなのだ。どこの誰ともわからぬ男性と、家格やら爵位やら財力やらを判断基準にして、こちらはレパトロワの容姿や生家の勢力や学園での成績やらで選ばれる。

 神はきっと、そんなレパトロワに情けを掛けてくださったのだろう。
 耳元で囁かれた神託を信じるなら、レパトロワにも希望はあるのかもしれない。

 だが、それは真実じゃない。
 そうじゃないと、あの時もレパトロワは思ったのだ。
 そうこうするうちに機を逃してしまうのだろうか。

 それならそれで仕方ないと思うのは、結局のところ人の心とはままならないものだと知っているからだ。
 レジナルドにしてもそうである。折角整えた縁すら、受け入れることができないほど、彼はプリムローズに惹かれていた。

 レパトロワは冬枯れの庭園を眺めながら考えた。
 自分はまだ若い。学園に入って半年足らず、成人したばかりの令嬢である。

 父も母も兄もきっと、レパトロワに悪い縁は結ばないだろう。既に疵を一つ得てしまうが、レパトロワが心安くいられる相手を探してくれることだろう。

 基本的にさっぱりとした気質のレパトロワは、一旦、深く悩み考え沈んだ後には、思いのほかきっぱりと立ち直る。
 鮮やかな立ち直りがレパトロワの信条なのである。

 だから恋い慕う男性に、次があるさなんてことを言われて落ち込んでいても、葉を落としてすっきりとしてしまった冬枯れの木々を見るうちに、「仕方ないじゃない」と吹っ切れた。

「アラン様。お付き合いいただきましてありがとうございます。そろそろお茶会の席に戻ろうと思います」

 両親も兄もきっと心配している。元気な顔を見せて安心させてあげたい。
 母はきっと、レパトロワ以上に消沈しているだろうから、大丈夫だと元気づけてやらねばならない。

 それではまるで、母が破談になったみたいだと思ったところで、レパトロワはつい笑ってしまった。

「ふふ」

 ほんのちょっと目を細めた。表情が笑い顔になるだけで、そんな顔は自分には見えないのに、心はちゃんと反応する。
 水底に沈んだ気持ちも、ちゃんと浮上してくれて、冬の後には必ず春が来るのだと、そんな当たり前のことを教えてくれる。

 清々しい気持ちになれたレパトロワは、その気持ちのままにアランを見た。この男性ひとの前にいるときは、いつだって綺麗な笑みを見せたいと思う。

 選んではもらえなかったレパトロワであるが、それで卑屈になることも哀しく思う必要もないのだと、自分で自分を勇気づけてあげた。

「さようなら、アラン様」

 当たり前のいとまの挨拶をしたのだが、自分が発した「さようなら」という言葉は、切なく耳の奥に残った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにしました。

ふまさ
恋愛
 ある日、オリヴィアは夢を見た。婚約者のデイルが、義妹のグレースを好きだと言い、グレースも、デイルが好きだったと打ち明けられる夢。  さらに怪我を負い、命の灯火が消えようとするオリヴィアを、家族も婚約者も、誰も助けようとしない悪夢から目覚めたオリヴィアは、思ってしまった。  ──これはただの悪夢ではなく、正夢ではないか、と。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...