レパトロワの御神託

桃井すもも

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第十七章

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 ティールームを出てから、レパトロワは茶会の会場には向かわずに、もうこのまま帰ってしまおうかと考えた。

 それで、案内してくれている侯爵家の侍女に尋ねた。

「ごめんなさい。このまま帰ろうと思うのだけれど、私の侍女を呼んでもらって良いかしら」

 馬車は兄のものを借りるとしよう。きっと兄は両親と一緒に帰るだろう。
 来るときはレジナルドの生家の馬車で来ていたレパトロワは、帰りの足を考えた。

 茶会会場はここからは反対方向となる。そのまま玄関ホールへ向かいながら、侯爵邸を訪れるのは久しぶりだと思い出した。

 幼い頃には互いに行き来があったけれど、アランも兄も学生となり文官となり多忙になって、レパトロワと会うことも少なくなった。

 それと当時に、招き合う機会も減っていた。だが、レパトロワは成人となり社交会デヴューを果たした。
 これからは、アランの母との交流が増えるのだろう。

 そんな矢先のレジナルドとの噂や破談は、令嬢として生きるレパトロワには確実に疵となるのだろうが、それはもうすでに諦めている。

 玄関ホールのソファに腰掛け、メイベルが来るのを待つ。侯爵家の侍女が呼びに行ってくれたから、間もなく来るだろうとこの後のことを考えた。

 両親には先に帰ると伝言も頼んでいる。
 邸に帰ったら少し休もう。明日からは、今日のことが話題にされて、学園でも煩わしいこともあるだろう。

 そんなことを気にしたって仕方がない。レパトロワは、これからレジナルドとの婚約解消、若しくは破棄をすることとなる。

 父も兄も確実に動くだろうし、彼らが動くと事は早い。今晩中の破談もあり得ることだった。

 それを考えれば、レジナルドとクラスが違っていることは幸いだったと言えるだろう。元々、学園でも一緒に過ごすことはなかったし、プリムローズとのこともあり、周囲に噂されるのもそう考えれば今に始まったことではない。

「え?それって、今までもこれからも、なにも変わらないってことではなくて?」

 思わず独り言が漏れて、それでレパトロワは気が楽になった。

 そうだ、なんにも変わらないんだ。

 レジナルドは初めから終わりまでプリムローズを慕うレジナルドで、それは今もこれからも何ひとつ変わらない事実である。
 だからこそこの先は、誠実な縁を結ぶことができれば良いと思う。

 恋や愛とは違うとしても、友愛でも敬愛でもよい、兎に角、互いに歩み寄り結んだ縁を大切にしていきたい。

「一体、誰と出会うのかしら」

 神様は、こんなことにならないようにと、あの神託を授けたのだろう。
 その折角の神の好意を無下にしてしまった。今頃、神様は「ええ?無下にしたの?」と呆れていることだろう。

「ふふ」

 勝手に神様の心情を想像したら、なんだか可笑しみを感じてしまった。それで思わず笑ったのだが。

「なにが可笑しいのかな?」

 背後から、そう声を掛けられた。

 レパトロワは慌てて振り返り、同時に跳ねるように立ち上がった。

「もう、帰ってしまうの?」

 先ほど別れたばかりのアランが、そう言って眉を下げた。よく見れば、彼の背後からメイベルが、チラッ、チラッとこちらを覗くのが見えた。

 呼ばれて来たはよいが、タイミング悪く一歩先にアランが来て、メイベルもこの状況にどうしようかと迷ったのだろう。
 チラチラとアランの背後からメイベルの顔が見えて、もうお願いだからこんなところで笑わさないでほしいと思った。

「ええ。今日はもう帰ります。お茶会を騒がせてしまいましたし、明日からは少々煩くなるでしょうから」
「なんだ、残念だな」
「え?」
「贈ったドレスが似合いすぎて、もう少し見ていたかったんだけれどね。オリヴァーが大立ち回りを演じるものだから、すっかり彼に場を持っていかれてしまった」

 確かに兄は嬉々として、レジナルドとプリムローズに詰め寄っていた。背が高く恵まれた体躯である上に、レパトロワと同じ鮮やかな赤髪はそれでなくても目を引いて、しかも兄はそこそこ美丈夫である。

 声も朗々と通るし、どこから湧くのかいつでも自信がみなぎっている。文官にならずに舞台俳優になったとしても、あの兄なら人気を得られたのではないだろうか。

「兄はあの後、どうしたのでしょう」

 アランに聞いてもわからないだろう。なにせ彼はさっきまで、レパトロワと一緒にティールームにいたのだから。
 だが、彼のことであるから、きっと使用人に確かめていると思った。

「お茶を楽しんでいたそうだよ」
「ええ?あんなに目立った後にお茶を飲んでたと?」
「ああ、確かに。喉が渇いたんだろうな、きっと」

 周囲の視線をまるっと無視して、悠長にお茶を楽しむ姿が思い浮かんだ。全く兄らしいことである。

「父と母もまだ会場に?」
「ああ、伯爵もそろそろ帰るのではないかな?これから忙しくなるだろうから」

 それはそうだ。兄は父に断ることもなく、勝手にレジナルドに言っていた。後で父からふみが届くから待ってろと。そうなれば父も早速文をしたためねばならない。

「もう少し、君と話していたかったんだけれどね。勝手にさようならなんて言うからさ」
「もう会場に戻るのもなんだか億劫になってしまいましたの」
「それでは私が送っていくよ」

 アランは、帰宅するレパトロワを送ると言った。
 まだこちらへ来る間合いを掴めずにいたメイベルが、アランの背後からチラチラ顔を覗かせていた。

 メイベルは、アランの言葉にウンウンと頷いて、彼の背後からレパトロワに向かって満面の笑みを向けたのだった。



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