レパトロワの御神託

桃井すもも

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第二十七章

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 テレンスとは、婚約者の茶会でルフィールド伯爵邸を訪れる際に挨拶を交わす間柄だった。

 一つ違いの弟ではあるが、髪色と彼自身が持つ雰囲気から、華やぎのある兄よりも落ち着いて見えた。

 王国では、令嬢の成人は十六歳のデヴュタントにより認められているが、令息はそれより一年早く十五歳で成人となる。
 それは、いくさの多かった時代の名残りで、一年でも早く戦場に出るために大人の身分を与えるのだとか、男性のほうが短命であるために女性よりも成人年齢を早めているのだとか言われている。

 テレンスも、今年成人を迎えて、来春には学園に入学を控えている。
 兄のレジナルドと破談となったばかりのレパトロワに、こんなふうに礼節をもって声をかけてくれるテレンスは、レジナルドよりも大人びて感じられた。

「その本」

 テレンスは、敢えてだろう、婚約破棄についてはなにも触れずに、レパトロワが手にした本を見て言った。

「その本なら僕もたった今買ったところでした。同じ本に興味を抱いたのもなにかのご縁です。よろしければそちらを、僕から贈らせてはもらえないでしょうか」
「とんでもございませんわ。そんなこと」
「明日は聖夜です。レパトロワ嬢に聖夜の贈り物をさせてはくださいませんか」

 レパトロワは遠慮をしたが、テレンスはそれに構うことなく、レパトロワが手にした本をそっと取り上げた。

 その際に、一歩前に出たことで少しだけ二人の距離が縮まった。

「貴女にはご迷惑をおかけしてしまった。僕はなにもして差し上げることができなかった。だからせめて、これくらいは」

 そう、小声で囁くように言うと、テレンスはそのまま会計に向かってしまった。

 少し会わない間に、テレンスは背が伸びていた。
 先ほど向かい合ったときに、レパトロワは彼を見上げてそのことに気がついた。

 混み合った店内ではあったが、テレンスは間もなく会計を終えてこちらに向かってきた。笑みを浮かべてレパトロワを見ているのが、離れたところからもわかった。

「お待たせしてしまってすみません」
「いいえ、とんでもございませんわ。私こそ貴方に聖夜の贈り物をお返ししたいのに」

 なにが良いのか急なことで思い浮かばなかった。
 まさか、この店内で見繕うなんてできないだろう。本を贈られて本を贈り物にして返すというのもはばかられた。

「貴女に贈り物をする機会をいただけたのが、貴女からの贈り物ですよ」

 この気遣い、この柔らかな物腰。
 見目は兄ほど華やかなものはなく、寧ろ年上に思われそうであるが、だからこそ尚のこと、レジナルドにはない気配りが感じられる。

 ルフィールド伯爵家は、本当ならテレンスのほうが後継に合っているのではないかと勝手なことを考えた。
 それとも、優秀な弟が領地の差配をして、レジナルドは王都で社交に励むのだろうか。

 考えてみれば、つい先日まで婚約者であったのに、そういった類の話をレジナルドとしたことがなかった。
 彼はどんな将来を思い描いて、レパトロワを妻に娶ろうとしていたのだろう。

「貴女にお会いできて良かった。あれきりになってしまって、お詫びのしようもなかったし、なによりとても残念でした」

 瞳の色はレジナルドと同じ淡い翠で、けれども鉛の滲んだような金色の髪は、少し低い声とともに、人を安心させる穏やかさがある。

「また⋯⋯」

 また、と言ったあとにテレンスは言い淀んで、それから「またお会いしましょう」と礼儀に則った挨拶をして書店を出てしまった。

 レパトロワの手には、真っ赤な包装紙に緑のリボンがかけられた本の包みが残されて、突然のプレゼントは聖夜前夜のハプニングらしく、心を優しくさせてくれた。



「ほ、本日はお招きいただきましてありがとうございます」

 兄の横に並び立ち、レパトロワは出だしで噛んでしまった。

「はは、ここで緊張なんてしないでくれないかな」

 出迎えてくれたアランは、そう言ってビリジアンの瞳を細めた。

 今宵は聖夜である。家族や親しい友人で一年の安寧に感謝して晩餐を囲む。
 そこに招かれたということに、レパトロワは余計な憶測をしないことに決めていた。

「思った通りと言いたいが、なんというか、その」

 アランは珍しくはっきりしない物言いをした。

「似合いすぎだよ、レパトロワ」

 真っ赤なドレスは美しかった。だが、そのシルエットはレパトロワを可憐に見せた。
 浅い襟ぐりには白兎のファーが縫い留められて、それが露わになった肌の露出をふわふわと隠してくれた。
 上半身は身頃に沿うようにフィットしているのに、腰回りからぽわんと広がるスカートはくるぶしまでの短い丈である。

 まるで真っ赤なチューリップが咲くような膨らみは、幼子のドレスによくあるスタイルだが、令嬢が纏うと気品のある可憐さが際立って見えた。

 赤髪をふわりと結い上げて、白いうなじに残る後れ毛が仄かな色香を漂わせている。

 今宵のレパトロワは、ひと言で言うなら可憐であった。身長も高くけしからんお胸がいつもは苛烈に見えるのに、恥じらう初々しさまで気品の中に愛らしさが滲むようである。

「自慢の妹でね。先立ってアンポンタンから解放されたばかりだ。今宵はレパトロワの自由に乾杯してはくれないか」

 招かれておきながら、兄はふてぶてしい要求をした。

 その日は侯爵夫妻は留守だった。夫人の生家である公爵家に招かれているのだという。

「アラン様はそちらに行かれなくてよろしかったのですか?」
「あんな堅苦しい家は御免被ごめんこうむるよ」

 アランは一人侯爵家に残るつもりで、兄とレパトロワを招いたようだった。

「あっという間にレディになってしまったな」
「だろう?明日にはもっと美しくなる。明後日には更に磨きがかかる」

 兄は褒めすぎである。レジナルドとの破談で疵がついてしまった妹を、兄なりに気にかけている。

 晩餐の席では、アランを向かいにして兄と並んで座っていた。侯爵邸には幼い頃は頻繁に出入りをしていたが、大人の席に招かれることはなかった。だから、アランと晩餐を囲むのは、これが初めてのことだった。

 東国の格言には、不運が幸運に転じたり、それに甘んじていると、幸運がわざわいに転ずることもあるという意味の言葉があるらしい。
 レジナルドとの破談が不運であるならば、この晩餐の席は不運が転じた末の幸運に思えた。

 侯爵家での茶会が切っ掛けとなって今があるのだとしたら、この幸運のあとは不運に転じてほしくない。

 兄と語らうアランの笑みに胸が焦がれて堪らなかった。ただ見ているだけで構わない。
 もう少しだけこの幸福な時間が続いてほしいと、レパトロワは聖夜の精霊に心の中で願いを呟いた。


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