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第二十五章
「それで。君もこちら側の人間になったということだね」
そう言って、フランシスは青い瞳を楽しそうに細めた。
長兄と末弟、フランシスとクエンティンは容姿がよく似ている。
だが、フランシスにはどこか仄暗い狡猾さがあり、ジャクリーンはそんな彼に恐れに似た感情を抱いた。
ジャクリーンは今、クエンティンとともに王城にいて、フランシスと対面していた。
昨日、クエンティンから彼の秘密を聞いていた。自身のことを、まるでフランシスの道具のように考えていたことも、そこで初めて知った。
そんな哀しいことってあるだろうかと思ったときに、貴族にしても大差のないことだと考えを改めた。
身分によらず、長子には長子の背負う責任があり、後に続く子も衣食が担保されるだけ幸福と言えるだろう。
ジャクリーン自身は一人娘に生まれながら、結局、実父の他界によって人生の行く先が大きく変わっている。
聖人の名を与えられたフランシスと、数字で呼ばれるクエンティン。二人にしても彼らにしかわからない感情はあるのだろう。
「そんなに私を警戒せずとも大丈夫だよ」
無理ですね。
高貴な身分ならクエンティンも同じであるし、遠くはあるがジャクリーンも王族とは血の繋がりがある。
だがフランシスは別格だった。
爽やかな風が吹き抜けるような顔をして、さっきから威厳と威圧と威嚇を出したり引っ込めたりしてジャクリーンを弄んでいる。
子鼠を苛めてそんなに面白いかね。
いちいちビビるジャクリーンに、どうやらフランシスは、威圧をかけて楽しんでいるようだった。
小動物をいたぶって、喰うわけでもなく命を弄ぶ猛獣そのものである。
だがしかし、ジャクリーンにしてもある意味猛獣使いである。
クエンティンからは黒光りする鞭を贈られている。
いつの日か、この不敵で不埒な王太子を鞭打ってしまいたい!
脳内でピシンパシンと仕返しをしながら、ジャクリーンはフランシスを見つめ返した。
「ボンディ」
「……はい」
フランシスはそこで、ジャクリーンをコードネームで呼んだ。
「ん? 声が小さいね。ボンディ。ほら返事は?」
「はっ!」
フランシスに煽られて、ジャクリーンは腹に力を込めて返事をした。
「よろしい。さて、これからの話をしようかな」
猛獣はジャクリーンをいたぶって満足したのか、ようやく本題に入ってくれた。それだけで十五分はかかっただろう。
「兄上、いい加減にしてください。ボンディは私の妻になるんです。いちいちちょっかいを掛けないでください」
タイミングがズレているクエンティンは、そこでようやく抗議をした。
——やめて下さい、クエンティン様。寝た子を起こすようなことをしないで!
折角これから本題に入るというのに、フランシスの加虐嗜好を刺激しないでほしい。
ここに鞭があったなら、フランシスの前にクエンティンをお仕置きしたい。
「へえ。ずいぶんな入れ込みようだな。へえ」
思った通りフランシスは、「へえ」でサンドするように「ずいぶんな」云々かんぬん言い出した。もうこの面倒くさい二人揃って打ちのめしたい。
「あのう、私、あまり時間がないんですの」
フランシスが怖すぎて、なんだかどうでもよくなった。ジャクリーンは、この面倒くさい王太子のお遊びに付き合うことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
祖母の授業があるところを削ってフランシスに会っている。それって、こちらがお付き合いして差し上げているのよね? と思ったところでもうこれ以上、時間泥棒させるものかと思った。
「話が早いね、ボンディ」
「お褒めいただき恐縮です(早く言え)」
思い切ったジャクリーンは強かった。猛獣王太子フランシスにも怯むことはなかった。
王太子の纏う得体の知れない黒い空気に、恐れと畏れを抱いていたジャクリーンだったが、このとき以降、そのどちらもどうでもよくなった。
すっかりフランシスに耐性がついてしまった。
彼との関係はこの後も長く続くのだが、ジャクリーンにとってフランシスは、ちょっと面倒くさい暗黒上司というポジションで定着する。
開き直ったジャクリーンに、フランシスは愉楽が滲む笑みを浮かべた。
「ジェームズから聞いたのなら、君も私の手の者だ。可愛がってあげるから子飼いらしく言うことを聞くんだ。わかったね」
王族とは、みんな可怪しな性癖があるのか。
彼も変態なのだろうか。
フランシスの言葉の端々に要チェック項目がいくつもあった。
この王太子、地雷が多いぞとジャクリーンは思った。
「それは駄目です、兄上」
クエンティンは、フランシスがジャクリーンに変態的な接触を図ったことに抗議した。
「私たち二人は、兄上の治世のためにお仕えします。ですがジャクリーンの飼い主は私なんですっ!」
そう言ってクエンティンは隣に座るジャクリーンの手を握った。
「仲が良くて羨ましいな」
フランシスには婚約者がいる。筆頭公爵家のご令嬢であるが、変態王太子は彼女と上手くいっていないのだろうか。
「すべてをさらけ出せる関係とは、まことに眩しいものだね」
薄暗く仄暗い影を背負うフランシスは、そこだけ素の表情を垣間見せた。彼はきっとご令嬢を大切にしているのだろう。
いろいろ面倒なやり取りの末に、その後フランシスから任務についての説明を受けた。
ジャクリーンはこれからボンディとなって、クエンティンすなわちジェームズの相棒として任務にあたる。
もうそれは、過去世とはまったく違う、今ここにいるジャクリーンが選び取った生き方だった。
そう言って、フランシスは青い瞳を楽しそうに細めた。
長兄と末弟、フランシスとクエンティンは容姿がよく似ている。
だが、フランシスにはどこか仄暗い狡猾さがあり、ジャクリーンはそんな彼に恐れに似た感情を抱いた。
ジャクリーンは今、クエンティンとともに王城にいて、フランシスと対面していた。
昨日、クエンティンから彼の秘密を聞いていた。自身のことを、まるでフランシスの道具のように考えていたことも、そこで初めて知った。
そんな哀しいことってあるだろうかと思ったときに、貴族にしても大差のないことだと考えを改めた。
身分によらず、長子には長子の背負う責任があり、後に続く子も衣食が担保されるだけ幸福と言えるだろう。
ジャクリーン自身は一人娘に生まれながら、結局、実父の他界によって人生の行く先が大きく変わっている。
聖人の名を与えられたフランシスと、数字で呼ばれるクエンティン。二人にしても彼らにしかわからない感情はあるのだろう。
「そんなに私を警戒せずとも大丈夫だよ」
無理ですね。
高貴な身分ならクエンティンも同じであるし、遠くはあるがジャクリーンも王族とは血の繋がりがある。
だがフランシスは別格だった。
爽やかな風が吹き抜けるような顔をして、さっきから威厳と威圧と威嚇を出したり引っ込めたりしてジャクリーンを弄んでいる。
子鼠を苛めてそんなに面白いかね。
いちいちビビるジャクリーンに、どうやらフランシスは、威圧をかけて楽しんでいるようだった。
小動物をいたぶって、喰うわけでもなく命を弄ぶ猛獣そのものである。
だがしかし、ジャクリーンにしてもある意味猛獣使いである。
クエンティンからは黒光りする鞭を贈られている。
いつの日か、この不敵で不埒な王太子を鞭打ってしまいたい!
脳内でピシンパシンと仕返しをしながら、ジャクリーンはフランシスを見つめ返した。
「ボンディ」
「……はい」
フランシスはそこで、ジャクリーンをコードネームで呼んだ。
「ん? 声が小さいね。ボンディ。ほら返事は?」
「はっ!」
フランシスに煽られて、ジャクリーンは腹に力を込めて返事をした。
「よろしい。さて、これからの話をしようかな」
猛獣はジャクリーンをいたぶって満足したのか、ようやく本題に入ってくれた。それだけで十五分はかかっただろう。
「兄上、いい加減にしてください。ボンディは私の妻になるんです。いちいちちょっかいを掛けないでください」
タイミングがズレているクエンティンは、そこでようやく抗議をした。
——やめて下さい、クエンティン様。寝た子を起こすようなことをしないで!
折角これから本題に入るというのに、フランシスの加虐嗜好を刺激しないでほしい。
ここに鞭があったなら、フランシスの前にクエンティンをお仕置きしたい。
「へえ。ずいぶんな入れ込みようだな。へえ」
思った通りフランシスは、「へえ」でサンドするように「ずいぶんな」云々かんぬん言い出した。もうこの面倒くさい二人揃って打ちのめしたい。
「あのう、私、あまり時間がないんですの」
フランシスが怖すぎて、なんだかどうでもよくなった。ジャクリーンは、この面倒くさい王太子のお遊びに付き合うことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
祖母の授業があるところを削ってフランシスに会っている。それって、こちらがお付き合いして差し上げているのよね? と思ったところでもうこれ以上、時間泥棒させるものかと思った。
「話が早いね、ボンディ」
「お褒めいただき恐縮です(早く言え)」
思い切ったジャクリーンは強かった。猛獣王太子フランシスにも怯むことはなかった。
王太子の纏う得体の知れない黒い空気に、恐れと畏れを抱いていたジャクリーンだったが、このとき以降、そのどちらもどうでもよくなった。
すっかりフランシスに耐性がついてしまった。
彼との関係はこの後も長く続くのだが、ジャクリーンにとってフランシスは、ちょっと面倒くさい暗黒上司というポジションで定着する。
開き直ったジャクリーンに、フランシスは愉楽が滲む笑みを浮かべた。
「ジェームズから聞いたのなら、君も私の手の者だ。可愛がってあげるから子飼いらしく言うことを聞くんだ。わかったね」
王族とは、みんな可怪しな性癖があるのか。
彼も変態なのだろうか。
フランシスの言葉の端々に要チェック項目がいくつもあった。
この王太子、地雷が多いぞとジャクリーンは思った。
「それは駄目です、兄上」
クエンティンは、フランシスがジャクリーンに変態的な接触を図ったことに抗議した。
「私たち二人は、兄上の治世のためにお仕えします。ですがジャクリーンの飼い主は私なんですっ!」
そう言ってクエンティンは隣に座るジャクリーンの手を握った。
「仲が良くて羨ましいな」
フランシスには婚約者がいる。筆頭公爵家のご令嬢であるが、変態王太子は彼女と上手くいっていないのだろうか。
「すべてをさらけ出せる関係とは、まことに眩しいものだね」
薄暗く仄暗い影を背負うフランシスは、そこだけ素の表情を垣間見せた。彼はきっとご令嬢を大切にしているのだろう。
いろいろ面倒なやり取りの末に、その後フランシスから任務についての説明を受けた。
ジャクリーンはこれからボンディとなって、クエンティンすなわちジェームズの相棒として任務にあたる。
もうそれは、過去世とはまったく違う、今ここにいるジャクリーンが選び取った生き方だった。
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