《短編版》或る伯爵夫人が一人思い悩んだ末の事の顛末

桃井すもも

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第三章

 ど、ど、ど、どうして。
 だ、だ、だ、だれ。

 混乱する頭でも解ったことは、自分の貴族令嬢人生の終焉だった。

 どうして誰とも分からない男性と、こんなところでこんな事になってしまったかはわらない。けれども、大切なものが失われてしまったのははっきりわった。

 ああ、乙女を喪失してしまった。
 それがどんな経験なのか、ついさっきまで乙女だったのだから解らない。けれども、この状態はきっと、巷に溢れる書物の手引き通りなら、完全なる「乙女の喪失」現場だろう。
死にたい。

 どうしよう。どうしてなの。それよりどこ?

 サフィリアは、ぎゅうぎゅう締め付けられている拘束から、首だけ回して辺りを確かめようとした。

 やだ、なにこの良い香り。こちらの殿方から香ってるわ。

 こんな場面であるのに、鼻腔を擽る男性の香油の香りにうっとりしかける。て、そんな場合ではないわと、気を取り直して天井から壁際、周囲の家具を見渡してみた。
わかる訳がない。自分の邸ではないのだから。

 そこでサフィリアは思い出してしまった。
ここ、王城だわ。

 どうしましょう。お姉様はどこなのかしら。それよりこの方、誰なのかしら。

 もぞもぞと動くうちに、どうにか隙間ができた。サフィリアは案外しっかり者であるから、喪失の具合を確かめようとした。不思議なことに、衣類の乱れはないように思えた。若干胸元が乱れてるが、それは喪失の証しなのだろうか。

「う、」
 殿方がなにか呻いた。

 起こすべきか、起こしてなにがあったのか確かめるべきか。だが、確かめた先に幸福な未来はあるのだろうか。相手が悪くて生涯脅されるだなんてことにでもなってしまったら、どれほど両親と姉夫婦に迷惑を掛けてしまうだろう。

「死にたい」

 サフィリアは、とうとう声に出して呟いた。

「死んでは駄目だ」
「へ?」

 目の前に、綺麗な翠色が見えていた。灯りを絞った室内の薄闇でもわかる、翠色の男の瞳がサフィリアを見つめていた。

「ど、どなた?」
「私は、ルクス・バイロン・コットナーという。コットナー伯爵家の者だ」

 律儀にフルネームで答えた殿方。それが夫との出会いだった。

 その後のことは思い出したくない。
 思い出したくないというより、よく憶えていない。そこで姉夫婦が扉を開けて、事の次第が明らかになった。

 シャンパン駆けつけ二杯を飲み干したサフィリアは、あっという間に酩酊した。王城にはそんな場合に備えて控えの間がある。その部屋を借りてサフィリアを休ませることにした。

 確かにサフィリア一人を寝台に寝かした。両親に伝えるべく姉夫婦が部屋を出た。王城の騎士が扉の側に控えていたから、間違いないと判断した。

 どこで手違いがあったのか、同じように酒精にやられたルクスが部屋を訪れた。本来なら、隣の部屋を使う筈だったのが、なにがどうしてそうなったのか、サフィリアの眠っている寝台に潜り込んでしまった。

 酔っぱらい同士、きゅうっと抱き締めあって、先に目覚めたのがサフィリアだった。

 サフィリアの乙女がどうとか言う前に、酔から覚めたルクスは言った。

「責任を取らせて頂く」と。

 それからは、駆け足のようだった。
 両家の顔合わせから始まり、教会を押さえて、社交シーズンが終わったのを良いことに、身内だけで式の段取りが為された。

 ルクスの両親は、二人の婚姻を以て爵位をルクスに譲ると言った。そうして式が終わるとその言葉通りに、ほんの小さな領地に引っ込んでしまった。

 まるで、何もかもがサフィリアへの贖罪のようで、サフィリアは毎日泣きたくなった。

 結局、サフィリアの乙女が何処へ行ってしまったのか、確かめる暇もなく迎えた初夜で、もう確かめられないくらいに二人はしっかり交わってしまった。


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