《短編版》或る伯爵夫人が一人思い悩んだ末の事の顛末

桃井すもも

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第十六章

「死にたい」

 抱き締めた胸の中で聞こえた声で目が覚めた。声まで可愛らしい。こちらが昇天しそうであった。
 だがしかし、聞き捨てならない、死なせてならない。

「死んでは駄目だ」
「へ?」

 サフィリアの目の前に、綺麗な深緑の瞳が見えた。灯りを絞った室内の薄闇でもわかる、深海色の瞳がサフィリアを見つめていた。

「ど、どなた?」

 ルクスはなにを聞かれても可愛くて仕方ない。

「私は、ルクス・バイロン・コットナーという。コットナー伯爵家の者だ」

 絶対憶えてほしいから、フルネームで答えた。この名はいずれ君の名となる。忘れないで今すぐここで憶えてくれ。

 その後のことは一日だって忘れない。忘れようもない。そこで示し合わせていた姉夫婦が扉を開けて、事の次第をサフィリアに説明する。義兄がチラチラチラチラ確認の為に視線を寄越すのが若干ウザかった。

 姉と目が合い、互いに頷く。
 今だ、言うぞ。

 昨晩何度も練習した台詞をルクスは披露した。

「責任を取らせて頂く」

 それからは、毎日がスキップしたい日々だった。
 両家の顔合わせから始まり、教会を押さえて、社交シーズンが終わったのを良いことに、身内だけで式の段取りが為された。

 知らぬはサフィリアばかりなり。
 彼女は夜会の出会いが偶然だと信じている。
 すまない、サフィリア。全部罠だ。子栗鼠、もとい可愛いサフィリアを手中に収めるために、両家が一致団結して君に仕掛けた罠なんだ。

 サフィリアは、どうやらあの控えの間で、二人が酩酊状態のまま事に及んでしまったと思っている。
 純潔を喪失したばかりに、必然的にルクスの妻となったと信じている。

 どう誤解してくれても構わない。
 お胸は確かにモミモミした。手の平に収まりきってしまう囁かな膨らみが愛おしかった。
 君が気に病む「乙女の喪失」なんて、そんなものは憂いにもならない。なにせ直ぐに無くなるんだから。

 喪失?間違えないでもらいたい。
 与えるのみ。我が子種を君にひたすら与えるのだ。失ったなんて悲しまないでくれないか。

 婚約期間はゼロ期間、出会い=婚姻という、この年、王国で最短記録の婚礼は、ひと夏の間に速やかに為された。なので喪失を気に病む暇がないほどに、結局、サフィリアは初夜であっという間に乙女を失った。

 あれから二年。 
 あのボケナス王太子の無茶振りのお陰でなかなか家に帰れない。帰れないが帰ったらそれはそれで長すぎる蜜月を楽しんだ。

 城に泊まる日には着替えを持って王城に来るサフィリアが自慢の妻で、どうだ我が妻、可愛いだろーとそこいらへんにそれとなく見せびらかした。

 どうやら本人は、自分を「地味」だなんて思い違いをしているが、それはあの強烈な姉を見すぎたからだ。

 姉が深紅の薔薇なら君は可憐なペンペン草。路傍を愛らしく飾る私の花。

 そう古い友人に聞かせていたのだが、奴は朴念仁だから、可怪しな表情をするだけだった。
 可怪しな表情をする友人は貴族の三男で、継ぐ家がないからと神籍に入った。学園時代からの友である。

 その友人がある日、王城を訪ねてきた。可及的速やかに対処しろと言われた。
 そこでサフィリアの思い違いも甚だしい、呪わしい計画ついて知らされたのだった。


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