《短編版》或る伯爵夫人が一人思い悩んだ末の事の顛末

桃井すもも

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第十七章

「ん?なんだ?すうはあ五月蝿いな」

 王太子はそこで辺りを見回した。音源を探して右から左へと視線を移した。

「なんだお前か。ところでお前、何をしてる?」
「すうぅぅぅ、はあぁぁぁ」
「だから。すうはあ五月蝿いぞ」
「すうぅぅぅ、はあぁぁぁ」
「……」

 王太子は椅子から立ち上がり、ツカツカツカとルクスの机の前までやってきた。
 ルクスは何やら鼻にぎゅううと押し当て、すうはあしている。

「ん?それはハンカチか?」
「すうぅぅぅ妻の、はあぁぁぁハンカチです」
「間違えて持ってきたのか?お前のハンカチ無いのか?」
「すうぅぅぅ妻の、はあぁぁぁクローゼットから、すうぅぅぅ持って、はあぁぁぁ来ました」
「それは家庭内窃盗だな。軽犯罪でしょっ引くぞ」

 周囲はいい加減、朝からすうぅぅぅはあぁぁあ妻のハンカチの香りを嗅ぐルクスに迷惑していたのだが、そこを態々わざわざ突っついてほじ繰り返す王太子を心底ウザいと思った。

 好きなようにさせてやれ。黙ってすうはあさせてやれ。


 昨日ルクスに来客があって、それは王城に似つかわしくないキャソック姿の司祭だった。
 二人がどんな会話をしたのか、その後ルクスは机上の書類も片付けず、引き出しの鍵も施錠せぬままに、大凡事務方文官としては有り得ない、立つ鳥跡を濁しまくって自邸へ帰ってしまった。

 当然、半日休暇の届け出なんてしていない。
 司祭が来たくらいだから、余程のことがあったのだろう。
 触らぬ神に祟りなし。跡を濁しまくったルクスには触れないほうが良いだろう。

 それが今朝は元気に登城して、それですうはあしてるんだから、一層のことそのまま帰ってほしいと思っていた。

 それを態々突くとは、この王太子、もっかい寝込んでくれないかな。文官たちは一人残らずそう思った。

 ルクスは妻が誤解しているだなんて有り得ないと誤解していた。
 誤解とは、いつだって小さなすれ違いから起こる。
 ほんの些細な行き違い、ほんの少しの言葉足らず。

 ほんの何某はどれもこれも小さなことなのに、すれ違ってしまった向こう側は大きく結果を違えてしまう。

 危うく妻を失うところだった。王国中の役場から離縁届を滅却したい。
 誤解なら昨日解いた。、白昼からたっぷり愛を注いで前から後ろから愛しまくった。

 腰が立たないとか言ったから、今朝も朝餉の席まで抱っこした。妻の部屋に迎えに行った際に、盗っ人より手早く妻のクローゼットからハンカチを引き抜いた。

 それからサフィリアに約束を取り付けたのだ。

「私にもハンカチに刺繍してくれないか」
「ええ?もう沢山お待ちではないですか」
「もっとほしい」
「まあ!欲張りさん」

 妻は優しい。路傍のペンペン草のように愛らしい。
 さあ、愛しの妻が待っている。この目の前の小五月蝿い王太子を退かして、バリバリ仕事を熟して早くお家へ帰ろう。

 ルクスは徐ろに王太子を左手で脇に押し退け、ハンカチを鼻に押し当てすうはあしながら仕事に取り掛かった。
 押し退けられて驚く王太子をまるっと無視して、爆速で事務処理に尽力した。



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