死に戻ってはみたけれど

桃井すもも

文字の大きさ
25 / 42

第二十五章

しおりを挟む
「それはならん」
「ええ?ですがお父様、それでは暗い色になってしまいますわ」

 晩餐の席で、ヒルデガルドは、王家主催の舞踏会にアトレイと参加すると、両親に話した。

 アトレイの言った通り、婚約者のいない二人には最も無難な選択で、両親も直ぐに認めてくれた。

 普段温厚な父が許さなかったのは、そこではない。

「アトレイが衣装を揃えようって。それで、シャンパンカラーが良いと思うの。私の髪色にも似合うでしょうし」

 ヒルデガルドは前世でも、社交に出るときはシャンパンカラーを多用した。

 クリスフォードの髪色は、プラチナともゴールドともつかない淡く美しい白金で、焦げ茶の髪色であるヒルデガルドも、社交場に出るときばかりは夫の色を纏っていた。

 それは婚約時代に、クリスフォードが最も好んだ色だったということもある。

『君が、私の色を身につけるのを見るのが好きなんだ』

 そう言ったクリスフォードは、金髪のヘレンを愛したけれど。

 もう過ぎたことは置いておいて、今のことを考えよう。
だがやはり、何度考えてもシャンパンゴールドが良いと思う。

 精神が四十代のヒルデガルドには、明るいレモンイエローの存在が思い浮かばない。
 知らず知らずのうちに、長い過去世の経験から、金に合わせるならシャンパンゴールドと魂に刷り込まれているのであった。

 アトレイの髪は金髪で瞳は琥珀色である。彼の色に合わせるなら、シャンパンゴールド一択だった。

「そういうことではないんだ。お前は自分の色を着るんだ。お前は我が家の後継なんだ、当主になるんだぞ。パートナーにおもねるわけにはいかないんだよ。色を揃えると言うなら、アトレイがお前の色を着ることになる」

「まあ、似合うんじゃないかしら。ほら、あの子、髪も瞳も淡いじゃない?ヒルデガルドの瞳に合わせてモスグリーンとか、濃いビリジアンなんかも似合うと思うわ」

 横から母が無責任なことを言う。

「アトレイは何を着ても気にしないよ。お洒落に興味はないからね」

 ローレンまで、若干アトレイを侮辱するようなことを言った。

「兎に角、お前は堂々と、お前のままでいれば良い。お前を尊重できない男など、我が伯爵家には要らん」

「アトレイなら大丈夫だよ。なんにもこだわりがないから」

 父が、ヒルデガルドをおもんぱかれない伴侶は不要と言ったあとに、またもやローレンがアトレイを挿し込んできた。だが、やはり若干侮辱的な発言に聞こえる。

 そう言われても仕方ないのは、アトレイはすっきりした見目であるのに、自分を飾ることに興味を抱かない。

 嫡男の兄を尊重する育ちのためか、婿入り前提の次男坊のためか、長子によくあるような拘りが彼にはない。

「では何色にしようかしら」

 紺碧の瞳に合わせるなら、母の言う通り濃いビリジアンか。

 二十年以上もクリスフォードに合わせていたから、今更、自分の色を纏うというのともなかなか慣れない。

「ん?」

 そこでヒルデガルドは思い出した。

 着てたわ。てか、それしか着てなかったわ。ビリジアンも、濃紺も。冬には別珍の濃いチョコレート色も。
 それらはどれもシンプルなデイドレスで、侯爵夫人として忙しく立ち回るヒルデガルドにとっては、インクの染みも目立たない、なにより落ち着きのある色は、年相応の気品となって、ヒルデガルドを侯爵夫人らしく見せてくれるのだった。

 ああ、着てた着てた。クローゼットの中身は暗色世界だった。
 だからこそ、夫に連れられる社交場で、クリスフォードの明るい色を身につけられることが嬉しかったのだ。

「では、耳飾りには、シトリンか琥珀はどうかしら」

「姉上。アトレイの石を身につけるの?そういうことだと思われるよ、きっと」

 パートナーの色を身につける。それは即ち、将来の伴侶だと示して歩くようなものだ。

「ああ、駄目よ駄目駄目。アトレイに迷惑かけちゃう。じゃあ、無難に真珠かしら。お母様。真珠の耳飾りを貸してくださらない?」

 後継者と定められたことで、ヒルデガルドは、前世と纏う色が変わった。

 もうシャンパンゴールドのドレスを着ることはないのだと、そう思ったときに淋しさを覚えた。

 強要されたわけではなかった。

『君が、私の色を身につけるのを見るのが好きなんだ』

 ただそう言った、婚約者時代の夫の言葉を、忘れられなかっただけなのである。



「ごめんなさいね、アトレイ。面倒なら衣装を揃えるのは辞めましょう」
「え?なんで?」

 翌日、揃いの衣装についてをアトレイに話せば、案の定、アトレイは拘りを全く見せなかった。

「夏の夜だからなあ。ビリジアン、良いんじゃない?」

 アトレイが装いについて考えるだなんて驚きだ。

「飾りはどうするの?」
「お母様から真珠を借りるわ」
「ふうん」

 少しの間、ヒルデガルドは脳内でビリジアンのドレスをイメージしてみた。
 自分は、普段着としていつも着ていた色だから間違いない。
 アトレイにも似合うと思う。金髪にビリジアン、良くないか?

 ドレスメーカーに早速頼まねばならない。
 そう思っていたところで、

「うちの針子に縫ってもらうよ。君のドレスも一緒に」

 任せてくれるよね?とアトレイに言われて、否と言えずに頷いてしまった。

「後継者になる君に、我が家から、いや、私から贈らせてくれないか」

 アトレイの琥珀色の瞳は、「YES」しか受け付けない意志の強さを感じさせた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...