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【27】
スマラグドゥスが秘薬を作る工程は、大抵シンプルで単純なものだった。
磨り潰す、混ぜる、捏ねる。そこに時折何かの単語を呟いて、サフィニアがそれは呪文なのかと尋ねた時には「格好を付けてるだけ」だと答えた。
スマラグドゥスの手元を凝視しながら、サフィニアはずっと考えていた。サフィニアの胸に抱く想い、熱く胸を焦がすもの。
考えるまでもなく、そんなものは一つしか思い浮かばなかった。
捏ね合わせたモノにスマラグドゥスが水を加えた。古井戸から汲んだ井戸水にルーナの卵を漬け込んだ水だという。
出来上がったのは透明な真水だった。岩石の粉末も見事に溶け切っていた。
「ほら、秘薬の一丁上がり。飲んでみて。」
その前に、とスマラグドゥスは付け足した。
「難しく考えなくて大丈夫だよ。自分の胸に尋ねてごらん。幼心の様な素直な気持ちで。そうして求めるんだ。純粋な心で。」
スマラグドゥスはそう言って、真水の入ったグラスをサフィニアへ手渡した。
切子のグラスは光を反射して、真水は虹色のプラズムを見せていた。小さなグラスの中に虹が掛かって見えている。
「綺麗…」
サフィニアは瞳を閉じた。
今更思い浮かべる必要なんて無かった。
いつだって想っている。どんなに多忙でも、雑事にかまけていても、忘れる事なんて無かった。
「ディアマンテ様」
王太子であった時には殿下と呼んだ。即位してからは陛下と呼んでいる。その名を本人の前で呼んだ事など無かったように思う。自分で放った言葉の余韻を口の中で愛おしく馴染ませる。
サフィニアは最愛の夫の名を呼んだ。澄んだ青い瞳を思い浮かべた。
それから、一息にグラスを煽って秘薬を飲んだ。
何の匂いも味もしなかった。秘薬はサフィニアの喉を通って胃に落ちた。瞳を閉じたまま、その感触を確かめていた。
キィと小さな音がして、「来た」とスマラグドゥスが囁いた。
サフィニアは驚き咄嗟に目を開けた。生憎扉を背にしていたから、直ぐに確かめることが出来なかった。
巡回中の近衛騎士にも感知されないこの場所に、辿り着ける人物がいた。
振り返ろうとして、そう出来なかった。
「サフィニア?」
その声に身体が固まる。
「サフィニアなのか?」
何故ここに貴方が。王城の侍女服を着ているサフィニアを、何故後ろ姿で解ったのか。
「何故、サフィニアがここにいる。エメローダ、どうなっているんだ!」
「え?」
見えない拘束を解かれた様に、サフィニアは振り返った。
「へ、陛下!」
ディアマンテは既にサフィニアの真後ろまで来ていた。
「何故、サフィニアがここにいる。エメローダ、どうなっている?」
ディアマンテは同じ言葉をスマラグドゥスに問い掛けた。そんな事より、
「エメローダ?エメローダ?!」
サフィニアもスマラグドゥスへと身体を戻して問い質した。
「貴方はスマラグドゥスよね?」
「何を言ってる?サフィニア。それより何故君がここにいる?なんでエメローダと一緒にいるんだ?」
「へ、陛下…」
「あわてん坊の御二人さん。ゆっくり話し合った方が良い。王様は突っ立ってないで座ったら?」
スマラグドゥスは、にやにやしながらソファーから少しずれて見せた。隣りにディアマンテの座る場所を空けたらしい。
それを無視して、ディアマンテはサフィニアの隣りに座った。
「サフィニア。サフィニアだよね?」
驚き固まるサフィニアをディアマンテは覗き込んだ。サフィニアをスマラグドゥスの見せた幻覚だと思うのか。
「エメローダ、幻術か?君がやったのか?」
「王様。何を朝から寝惚けた事を言ってる?何処からどう見ても君の最愛の奥方だ。」
「最愛……」
サフィニアが透かさず反応した。
「鈍ちんの御二人さんには呆れるね。見えないものを大切にしろと言ったじゃないか。言葉はその最たるものだ。私は席を外してやろう。二人でじっくり確かめ合うことだ。答え合わせをどうぞ。」
「待て待て、エメローダ、」
ソファーから立ち上がるスマラグドゥスをディアマンテが引き止めた。そんな事より、
「陛下、さっきから可怪しいわ。彼はスマラグドゥスよ。」
「何を言ってる?サフィニア、彼女はエメローダだ。」
「何処からどう見ても男性だわ。」
「何処からどう見ても女性だろう。敢えて言うなら男装の麗人だ。」
「嬉しいね。麗人って言われた。」
「スマラグドゥス、貴方、女の人なの?」
サフィニアはスマラグドゥスに確かめた。
「君達、ここで何を学んだの?見えるモノだけに心を囚われてはいけないよ。思い込みは誤解を招く。私は嘘なんて誰にも一つも言ってない。思い込んで決めつけたのは君等だよ。
教えてあげる。私の名はスマラグドゥス=エメローダ。
王様は私を女人だと思った。だからエメローダと答えた。
サフィニア。君は私を美しい青年だと思ったろう?だからスマラグドゥスと教えた。
スマラグドゥスもエメローダも、どちらも私の名前だよ。」
一瞬の静寂が訪れて、ディアマンテもサフィニアも暫しスマラグドゥスを見つめたまま、息をするのも忘れていた。
そんな二人を楽しそうに眺めて、スマラグドゥスはきょろりと翠色の瞳を輝かせた。
磨り潰す、混ぜる、捏ねる。そこに時折何かの単語を呟いて、サフィニアがそれは呪文なのかと尋ねた時には「格好を付けてるだけ」だと答えた。
スマラグドゥスの手元を凝視しながら、サフィニアはずっと考えていた。サフィニアの胸に抱く想い、熱く胸を焦がすもの。
考えるまでもなく、そんなものは一つしか思い浮かばなかった。
捏ね合わせたモノにスマラグドゥスが水を加えた。古井戸から汲んだ井戸水にルーナの卵を漬け込んだ水だという。
出来上がったのは透明な真水だった。岩石の粉末も見事に溶け切っていた。
「ほら、秘薬の一丁上がり。飲んでみて。」
その前に、とスマラグドゥスは付け足した。
「難しく考えなくて大丈夫だよ。自分の胸に尋ねてごらん。幼心の様な素直な気持ちで。そうして求めるんだ。純粋な心で。」
スマラグドゥスはそう言って、真水の入ったグラスをサフィニアへ手渡した。
切子のグラスは光を反射して、真水は虹色のプラズムを見せていた。小さなグラスの中に虹が掛かって見えている。
「綺麗…」
サフィニアは瞳を閉じた。
今更思い浮かべる必要なんて無かった。
いつだって想っている。どんなに多忙でも、雑事にかまけていても、忘れる事なんて無かった。
「ディアマンテ様」
王太子であった時には殿下と呼んだ。即位してからは陛下と呼んでいる。その名を本人の前で呼んだ事など無かったように思う。自分で放った言葉の余韻を口の中で愛おしく馴染ませる。
サフィニアは最愛の夫の名を呼んだ。澄んだ青い瞳を思い浮かべた。
それから、一息にグラスを煽って秘薬を飲んだ。
何の匂いも味もしなかった。秘薬はサフィニアの喉を通って胃に落ちた。瞳を閉じたまま、その感触を確かめていた。
キィと小さな音がして、「来た」とスマラグドゥスが囁いた。
サフィニアは驚き咄嗟に目を開けた。生憎扉を背にしていたから、直ぐに確かめることが出来なかった。
巡回中の近衛騎士にも感知されないこの場所に、辿り着ける人物がいた。
振り返ろうとして、そう出来なかった。
「サフィニア?」
その声に身体が固まる。
「サフィニアなのか?」
何故ここに貴方が。王城の侍女服を着ているサフィニアを、何故後ろ姿で解ったのか。
「何故、サフィニアがここにいる。エメローダ、どうなっているんだ!」
「え?」
見えない拘束を解かれた様に、サフィニアは振り返った。
「へ、陛下!」
ディアマンテは既にサフィニアの真後ろまで来ていた。
「何故、サフィニアがここにいる。エメローダ、どうなっている?」
ディアマンテは同じ言葉をスマラグドゥスに問い掛けた。そんな事より、
「エメローダ?エメローダ?!」
サフィニアもスマラグドゥスへと身体を戻して問い質した。
「貴方はスマラグドゥスよね?」
「何を言ってる?サフィニア。それより何故君がここにいる?なんでエメローダと一緒にいるんだ?」
「へ、陛下…」
「あわてん坊の御二人さん。ゆっくり話し合った方が良い。王様は突っ立ってないで座ったら?」
スマラグドゥスは、にやにやしながらソファーから少しずれて見せた。隣りにディアマンテの座る場所を空けたらしい。
それを無視して、ディアマンテはサフィニアの隣りに座った。
「サフィニア。サフィニアだよね?」
驚き固まるサフィニアをディアマンテは覗き込んだ。サフィニアをスマラグドゥスの見せた幻覚だと思うのか。
「エメローダ、幻術か?君がやったのか?」
「王様。何を朝から寝惚けた事を言ってる?何処からどう見ても君の最愛の奥方だ。」
「最愛……」
サフィニアが透かさず反応した。
「鈍ちんの御二人さんには呆れるね。見えないものを大切にしろと言ったじゃないか。言葉はその最たるものだ。私は席を外してやろう。二人でじっくり確かめ合うことだ。答え合わせをどうぞ。」
「待て待て、エメローダ、」
ソファーから立ち上がるスマラグドゥスをディアマンテが引き止めた。そんな事より、
「陛下、さっきから可怪しいわ。彼はスマラグドゥスよ。」
「何を言ってる?サフィニア、彼女はエメローダだ。」
「何処からどう見ても男性だわ。」
「何処からどう見ても女性だろう。敢えて言うなら男装の麗人だ。」
「嬉しいね。麗人って言われた。」
「スマラグドゥス、貴方、女の人なの?」
サフィニアはスマラグドゥスに確かめた。
「君達、ここで何を学んだの?見えるモノだけに心を囚われてはいけないよ。思い込みは誤解を招く。私は嘘なんて誰にも一つも言ってない。思い込んで決めつけたのは君等だよ。
教えてあげる。私の名はスマラグドゥス=エメローダ。
王様は私を女人だと思った。だからエメローダと答えた。
サフィニア。君は私を美しい青年だと思ったろう?だからスマラグドゥスと教えた。
スマラグドゥスもエメローダも、どちらも私の名前だよ。」
一瞬の静寂が訪れて、ディアマンテもサフィニアも暫しスマラグドゥスを見つめたまま、息をするのも忘れていた。
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