侯爵夫人の手紙

桃井すもも

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【5】

「セバス。ここには便箋なんてあるのかしら。」

ルイーザの、田舎屋敷にそんなものがあるのかと推察されても可怪しくない失礼な問い掛けに、セバスは気にする風もなく「勿論ございます」と、にこやかに答えた。


ルイーザは、あれからも夫の祖父の手紙を読んでいた。
飽き性の人間なら、うにめていただろう。それくらい、どれも似た様な内容だった。

君は元気か、私は元気だ。
そんな文の中に、ちょろっと日常の事が書き添えられている。何かを食べて旨かったとか、何処其処どこそこへ行ったとか。

ルイーザは、変わり映えしない内容の葉書ばかりに途中で読むのをめようかと思ったが、何故か手を止める事が出来ないまま、一枚また一枚と葉書を読む。

「封筒を読んでも良いかしら。」

葉書は覆うものが無いから配達人にも読めてしまう。当たり障りの無い内容なのも頷けた。

読んだからと咎める人はいない。そうして夫の祖父母は故人である。ここに残されているのなら、誰にも必要とされなかった書簡の集まりなのだろう。

ルイーザは、そう思い封筒の中にある手紙を読み始めた。
少し文が長くなっただけで、内容は葉書と大して変わらない。

「お義祖父様ったら、筆まめなのに口下手だったのね。」

ルイーザは勝手にそう決めつけて、次の手紙を読む。手が止まらないのは、口下手らしい祖父の手紙がどこか可笑しみがあって優しく感じたからだろう。


「お好きなものをお使い下さいませ。」
「凄い...」

セバスが得意気に差し出した便箋は、王都の一流文具店で売っているものと変わらなかった。紙質も色味も様々あって、シンプルなものから優美なものまでり取り見取りであった。おまけに全て便箋とセットである。

「宜しければ、こちらもお使い下さい。」

セバスの瞳に「どうだ」という得意気な輝きがちらりと見えた。

セバスが用意したインクもまた色とりどりで、ついつい試し書きをしてしまいたくなる。
本邸で使っていたインクはどれも実務的なものばかりであったし、多忙な日常にインクの色まで考える余裕など無かった。

「は、葉書はあるのかしら?」

一度敗退しているルイーザの再アタックに、セバスは「勿論です」と答えた。



ヘレンとジェイムズが買い出しから帰って来て、晩餐の頃となった。

ここに来た時に意気消沈していたルイーザは、ぼっち晩餐が淋しく思えた。本邸でも夫が城に泊まる夜は、一人きりの晩餐だった。広いテーブルで独りの晩餐は淋しくもあったが、侯爵家とはそういうものだと思っていたルイーザは、そんな暮らしも当たり前に受け入れていた。

けれども、本邸とは距離の離れた別荘の食堂室で同じ思考にはならなかった。「皆と一緒に食事をしたい」と言えば、セバスは宜しいでしょうと言ってくれた。

通いの使用人は日が暮れる前に帰ってしまう。
セバスとヘレンとジェイムズと、四人一緒に晩餐を囲む。朝も皆で朝餉を取る。ここに来て直ぐにそんな風になっていた。

「ヘレン、街とはどんな感じなの?」
「王都しか御存知なければ何も無いとしか申せませんが、小さな商店が連なって一通りの物が揃っておりました。」
「文具店なんてあったかしら。」
「ございますよ、ルイーザ様。」

そう言ったのはセバスだった。

「ここの文具店は、王都の商会にも引けを取らない品揃えでございます。」
「まあ、凄いわ。」

昼間、便箋&葉書戦で完敗したルイーザは素直に驚く。

「旦那様、ああ、若坊ちゃまのお祖父様です。旦那様が文具店を贔屓にしておりましたから、当時から品揃えは豊富でございました。舶来のものも揃えてございます。」

セバスは、まるで自分の店のように自慢気である。

「今度買い出しに行く時に、私も一緒に行っても良いかしら。」
「文具店へですか?」
「ええ。ついでの時で良いから。」

「では、明日参りましょう。」
ルイーザの言葉にジェイムズが答えた。

「でも、ジェイムズ。貴方、今日買い出しに行ったばかりでしょう。」

「買い漏れもありますし、ルイーザ様も一度街に行かれてみたほうが宜しいでしょう。」

こうして早速、明日は街へ買い出しに行く事となった。



『旦那様、お元気ですか。私は元気です。』

昨日、祖父の手紙を読み過ぎて、文脈がすっかり祖父になっていた。
出す必要ある?一読して自分でもそう思ってしまったから、もう一言添えて葉書の空間を埋めた。

セバスが用意してくれた葉書の中からは、セピア色に日焼けしたものを選んだ。これを受け取った夫は、まるで遠い過去から葉書が届いた様な気分になるかも知れない。

街には郵便局があると聞いたから、セバスに頼まず自分で出す事にした。

インクは緑色を選んだ。セピアの葉書に書き込めば、良い具合に深みのある色味に見えた。


セピアに乗った緑色に、夫の碧眼を思い出す。疲れから隈が出る事の多い夫である。そんな時には消化の良いものを料理長と一緒に考えた。

「お疲れではないかしら。」

夫を疲れさせている物事に、自分も入っているようで切なくなる。
夫は優しい。あの夫に叱られた事など一度も無い。あんな大失敗をした後でも、彼はなんでもないという顔をした。

「旦那様」

つい口から漏れる独り言は、遠い王都の夫には届かぬまま夜気に消えた。




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