5 / 52
【5】
「セバス。ここには便箋なんてあるのかしら。」
ルイーザの、田舎屋敷にそんなものがあるのかと推察されても可怪しくない失礼な問い掛けに、セバスは気にする風もなく「勿論ございます」と、にこやかに答えた。
ルイーザは、あれからも夫の祖父の手紙を読んでいた。
飽き性の人間なら、疾うに止めていただろう。それくらい、どれも似た様な内容だった。
君は元気か、私は元気だ。
そんな文の中に、ちょろっと日常の事が書き添えられている。何かを食べて旨かったとか、何処其処へ行ったとか。
ルイーザは、変わり映えしない内容の葉書ばかりに途中で読むのを止めようかと思ったが、何故か手を止める事が出来ないまま、一枚また一枚と葉書を読む。
「封筒を読んでも良いかしら。」
葉書は覆うものが無いから配達人にも読めてしまう。当たり障りの無い内容なのも頷けた。
読んだからと咎める人はいない。そうして夫の祖父母は故人である。ここに残されているのなら、誰にも必要とされなかった書簡の集まりなのだろう。
ルイーザは、そう思い封筒の中にある手紙を読み始めた。
少し文が長くなっただけで、内容は葉書と大して変わらない。
「お義祖父様ったら、筆まめなのに口下手だったのね。」
ルイーザは勝手にそう決めつけて、次の手紙を読む。手が止まらないのは、口下手らしい祖父の手紙がどこか可笑しみがあって優しく感じたからだろう。
「お好きなものをお使い下さいませ。」
「凄い...」
セバスが得意気に差し出した便箋は、王都の一流文具店で売っているものと変わらなかった。紙質も色味も様々あって、シンプルなものから優美なものまで選り取り見取りであった。おまけに全て便箋とセットである。
「宜しければ、こちらもお使い下さい。」
セバスの瞳に「どうだ」という得意気な輝きがちらりと見えた。
セバスが用意したインクもまた色とりどりで、ついつい試し書きをしてしまいたくなる。
本邸で使っていたインクはどれも実務的なものばかりであったし、多忙な日常にインクの色まで考える余裕など無かった。
「は、葉書はあるのかしら?」
一度敗退しているルイーザの再アタックに、セバスは「勿論です」と答えた。
ヘレンとジェイムズが買い出しから帰って来て、晩餐の頃となった。
ここに来た時に意気消沈していたルイーザは、ぼっち晩餐が淋しく思えた。本邸でも夫が城に泊まる夜は、一人きりの晩餐だった。広いテーブルで独りの晩餐は淋しくもあったが、侯爵家とはそういうものだと思っていたルイーザは、そんな暮らしも当たり前に受け入れていた。
けれども、本邸とは距離の離れた別荘の食堂室で同じ思考にはならなかった。「皆と一緒に食事をしたい」と言えば、セバスは宜しいでしょうと言ってくれた。
通いの使用人は日が暮れる前に帰ってしまう。
セバスとヘレンとジェイムズと、四人一緒に晩餐を囲む。朝も皆で朝餉を取る。ここに来て直ぐにそんな風になっていた。
「ヘレン、街とはどんな感じなの?」
「王都しか御存知なければ何も無いとしか申せませんが、小さな商店が連なって一通りの物が揃っておりました。」
「文具店なんてあったかしら。」
「ございますよ、ルイーザ様。」
そう言ったのはセバスだった。
「ここの文具店は、王都の商会にも引けを取らない品揃えでございます。」
「まあ、凄いわ。」
昼間、便箋&葉書戦で完敗したルイーザは素直に驚く。
「旦那様、ああ、若坊ちゃまのお祖父様です。旦那様が文具店を贔屓にしておりましたから、当時から品揃えは豊富でございました。舶来のものも揃えてございます。」
セバスは、まるで自分の店のように自慢気である。
「今度買い出しに行く時に、私も一緒に行っても良いかしら。」
「文具店へですか?」
「ええ。序の時で良いから。」
「では、明日参りましょう。」
ルイーザの言葉にジェイムズが答えた。
「でも、ジェイムズ。貴方、今日買い出しに行ったばかりでしょう。」
「買い漏れもありますし、ルイーザ様も一度街に行かれてみたほうが宜しいでしょう。」
こうして早速、明日は街へ買い出しに行く事となった。
『旦那様、お元気ですか。私は元気です。』
昨日、祖父の手紙を読み過ぎて、文脈がすっかり祖父になっていた。
出す必要ある?一読して自分でもそう思ってしまったから、もう一言添えて葉書の空間を埋めた。
セバスが用意してくれた葉書の中からは、セピア色に日焼けしたものを選んだ。これを受け取った夫は、まるで遠い過去から葉書が届いた様な気分になるかも知れない。
街には郵便局があると聞いたから、セバスに頼まず自分で出す事にした。
インクは緑色を選んだ。セピアの葉書に書き込めば、良い具合に深みのある色味に見えた。
セピアに乗った緑色に、夫の碧眼を思い出す。疲れから隈が出る事の多い夫である。そんな時には消化の良いものを料理長と一緒に考えた。
「お疲れではないかしら。」
夫を疲れさせている物事に、自分も入っているようで切なくなる。
夫は優しい。あの夫に叱られた事など一度も無い。あんな大失敗をした後でも、彼はなんでもないという顔をした。
「旦那様」
つい口から漏れる独り言は、遠い王都の夫には届かぬまま夜気に消えた。
ルイーザの、田舎屋敷にそんなものがあるのかと推察されても可怪しくない失礼な問い掛けに、セバスは気にする風もなく「勿論ございます」と、にこやかに答えた。
ルイーザは、あれからも夫の祖父の手紙を読んでいた。
飽き性の人間なら、疾うに止めていただろう。それくらい、どれも似た様な内容だった。
君は元気か、私は元気だ。
そんな文の中に、ちょろっと日常の事が書き添えられている。何かを食べて旨かったとか、何処其処へ行ったとか。
ルイーザは、変わり映えしない内容の葉書ばかりに途中で読むのを止めようかと思ったが、何故か手を止める事が出来ないまま、一枚また一枚と葉書を読む。
「封筒を読んでも良いかしら。」
葉書は覆うものが無いから配達人にも読めてしまう。当たり障りの無い内容なのも頷けた。
読んだからと咎める人はいない。そうして夫の祖父母は故人である。ここに残されているのなら、誰にも必要とされなかった書簡の集まりなのだろう。
ルイーザは、そう思い封筒の中にある手紙を読み始めた。
少し文が長くなっただけで、内容は葉書と大して変わらない。
「お義祖父様ったら、筆まめなのに口下手だったのね。」
ルイーザは勝手にそう決めつけて、次の手紙を読む。手が止まらないのは、口下手らしい祖父の手紙がどこか可笑しみがあって優しく感じたからだろう。
「お好きなものをお使い下さいませ。」
「凄い...」
セバスが得意気に差し出した便箋は、王都の一流文具店で売っているものと変わらなかった。紙質も色味も様々あって、シンプルなものから優美なものまで選り取り見取りであった。おまけに全て便箋とセットである。
「宜しければ、こちらもお使い下さい。」
セバスの瞳に「どうだ」という得意気な輝きがちらりと見えた。
セバスが用意したインクもまた色とりどりで、ついつい試し書きをしてしまいたくなる。
本邸で使っていたインクはどれも実務的なものばかりであったし、多忙な日常にインクの色まで考える余裕など無かった。
「は、葉書はあるのかしら?」
一度敗退しているルイーザの再アタックに、セバスは「勿論です」と答えた。
ヘレンとジェイムズが買い出しから帰って来て、晩餐の頃となった。
ここに来た時に意気消沈していたルイーザは、ぼっち晩餐が淋しく思えた。本邸でも夫が城に泊まる夜は、一人きりの晩餐だった。広いテーブルで独りの晩餐は淋しくもあったが、侯爵家とはそういうものだと思っていたルイーザは、そんな暮らしも当たり前に受け入れていた。
けれども、本邸とは距離の離れた別荘の食堂室で同じ思考にはならなかった。「皆と一緒に食事をしたい」と言えば、セバスは宜しいでしょうと言ってくれた。
通いの使用人は日が暮れる前に帰ってしまう。
セバスとヘレンとジェイムズと、四人一緒に晩餐を囲む。朝も皆で朝餉を取る。ここに来て直ぐにそんな風になっていた。
「ヘレン、街とはどんな感じなの?」
「王都しか御存知なければ何も無いとしか申せませんが、小さな商店が連なって一通りの物が揃っておりました。」
「文具店なんてあったかしら。」
「ございますよ、ルイーザ様。」
そう言ったのはセバスだった。
「ここの文具店は、王都の商会にも引けを取らない品揃えでございます。」
「まあ、凄いわ。」
昼間、便箋&葉書戦で完敗したルイーザは素直に驚く。
「旦那様、ああ、若坊ちゃまのお祖父様です。旦那様が文具店を贔屓にしておりましたから、当時から品揃えは豊富でございました。舶来のものも揃えてございます。」
セバスは、まるで自分の店のように自慢気である。
「今度買い出しに行く時に、私も一緒に行っても良いかしら。」
「文具店へですか?」
「ええ。序の時で良いから。」
「では、明日参りましょう。」
ルイーザの言葉にジェイムズが答えた。
「でも、ジェイムズ。貴方、今日買い出しに行ったばかりでしょう。」
「買い漏れもありますし、ルイーザ様も一度街に行かれてみたほうが宜しいでしょう。」
こうして早速、明日は街へ買い出しに行く事となった。
『旦那様、お元気ですか。私は元気です。』
昨日、祖父の手紙を読み過ぎて、文脈がすっかり祖父になっていた。
出す必要ある?一読して自分でもそう思ってしまったから、もう一言添えて葉書の空間を埋めた。
セバスが用意してくれた葉書の中からは、セピア色に日焼けしたものを選んだ。これを受け取った夫は、まるで遠い過去から葉書が届いた様な気分になるかも知れない。
街には郵便局があると聞いたから、セバスに頼まず自分で出す事にした。
インクは緑色を選んだ。セピアの葉書に書き込めば、良い具合に深みのある色味に見えた。
セピアに乗った緑色に、夫の碧眼を思い出す。疲れから隈が出る事の多い夫である。そんな時には消化の良いものを料理長と一緒に考えた。
「お疲れではないかしら。」
夫を疲れさせている物事に、自分も入っているようで切なくなる。
夫は優しい。あの夫に叱られた事など一度も無い。あんな大失敗をした後でも、彼はなんでもないという顔をした。
「旦那様」
つい口から漏れる独り言は、遠い王都の夫には届かぬまま夜気に消えた。
あなたにおすすめの小説
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
学生のうちは自由恋愛を楽しもうと彼は言った
mios
恋愛
学園を卒業したらすぐに、私は婚約者と結婚することになる。
学生の間にすることはたくさんありますのに、あろうことか、自由恋愛を楽しみたい?
良いですわ。学生のうち、と仰らなくても、今後ずっと自由にして下さって良いのですわよ。
9話で完結
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。