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【10】
久し振りに来客用のドレスに着替える。
ヘレンに髪を結い上げてもらいながら、ルイーザは気が付いてしまった。
「日に焼けた気がするのだけれど。」
「残念ながら、そうではないとは申せません。」
ヘレンが申し訳なさそうに眉を下げた。
ヘレンにそんな顔をさせたい訳ではない。
「ごめんなさい、ヘレン。貴女にそんな顔をさせてしまって。私が悪いの。ブランコを克服しようだなんてしたから。」
余暇を楽しむ思考が無いルイーザは、無理矢理何かをしなければ時間を潰す事が出来ない。
自身が目眩症なのは知ってるくせに、やたら目に付くブランコの攻略を試みた。結果は日に焼けて目眩がしただけだった。
「健康的になられたと思います、ルイーザ様。」
「こんな日焼けした貴族夫人なんて、王都にはいないわね。」
「宜しいではないですか、ここは王都ではございません。」
「貴女と話しをしているとほっとするわ。人って、それで良いと言われるとほっとするのね。」
「それで宜しいのです。だって人間ですもの。」
ヘレンとお喋りをしているうちに仕度が整った。
マーモット伯爵は、午後に来邸予定であった。
小さな別荘であるが、元はマーモット伯爵家の所有物である。伯爵に失礼にはならないだろう。
「ルイーザ様。伯爵様がお見えです。」
暫くするとセバスが呼びに来て、ルイーザは立ち上がった。貴族に会うのは久しぶりに感じる。別荘に来てそれほど日が経った訳では無いが、使用人以外とはほぼ没交渉であったから、山篭もりから里へ降りたような気持ちになる。
「可怪しいところは無いかしら。」
「大変お美しゅうございます。」
ヘレンにおだててもらって勇気をもらう。とても王城に日常的にお使いに行っていたとは思えない。
扉が開いて驚いた。
ルイーザが入室した事でマーモット伯爵が立ち上がり、こちらへ向き直る。
旦那様?
思わず声が出掛かった。ルイーザの驚きを、マーモット伯爵を知るセバスは理解しただろう。
ローレンス・ヒュー・マーモットは、オーガストに生き写しであった。いや、よく見れば髪の長さが違う。マーモット伯爵は長い金の髪を背で結わえている。それに、夫より少しだけ年嵩に見えた。
「ルイーザ夫人、初めまして。ローレンス・ヒュー・マーモットと申します。貴女の夫殿とは遠縁にあたりますね。」
驚く事に、マーモット伯爵は姿ばかりでなく声まで夫にそっくりであった。どうやら夫は祖母の血筋を濃く受け継いでいるらしい。二人が並んだなら、背丈まで全て鏡に写した様に見えるだろう。
「お初にお目に掛かります、マーモット伯爵様。ルイーザ・アディソン・ロンデールと申します。こちらへ滞在しておりましたが、ご挨拶が遅れ大変失礼を致しました。」
「夏の静養にいらしていたのでしょう。お身体を休めるのが目的だ。挨拶などとお気を使わないで頂きたい。先日は領内で沢山買い物をして頂いたとか。領民も喜んでおります。」
卒の無い言動には落ち着きと品位が感じられる。
領民にも目が行き届いている様子からも、彼は領地を大切に守り領民から信頼されているのだろう。
「この辺りはもう歩かれたのでしょうか?」
買い物以外にはブランコを漕いでいたとは言えなくて、「いいえ、まだ」と濁しておく。
「ご覧の通り、田舎ではあるが景色だけは良い。こちらへはいつまで滞在なさるのですか?」
ジェイムズが良いと言うまで帰れないとは言えないので、「まだ、はっきりとは」と濁しておく。
「では、宜しければ湖畔の散策などお誘いしても宜しいでしょうか。」
ルイーザは考えた。
頭の中の貴族名鑑をペラペラ捲れば、マーモット伯爵家の当主夫人は死去と記されている。
夫と離れているルイーザが、独身貴族当主と個人的に出歩くのは不味いと思われた。
「機会がございましたら。」
そこで返答は留めておくことにした。
マーモット伯爵は、最後まで爽やかな男性だった。流石は旦那様の血縁者だと、ついついルイーザは贔屓目に見てしまう。
あれで白馬に跨っていたなら完璧な王子様だ。残念ながら馬車を引く馬は栗毛であったが。
「驚いたわね。」
「全くです。」
ジェイムズも、夫とマーモット伯爵の酷似に驚いている。
「ルイーザ様、危なかったですね。お誘いを受けていらしたので、どうお止めしようかと考えておりました。」
「あの方は、お気の毒に奥様を亡くされておられるわ。お付き合いなさっている女性がいるのかも知れないけれど、旦那様と離れた場所でお会いするのは危険だわ。どこで噂が立つか分からないもの。」
ルイーザががそう言えば、
「伯爵には、愛人も恋人もいないでしょう。」
とセバスが答えた。
「あんなに美丈夫であるのに?王都にいたならモテモテよ?」
「ルイーザ様、旦那様と重ねてはいらっしゃいませんか?」
「ヘレン、それは仕方ないわね。私が旦那様贔屓なのは認めざるを得ないわ。」
「どうしてそれを素直を旦那様に仰らないので?」
「ヘレン、貴女、案外押しの強い女性なのね。そう云うの嫌いじゃないわ。けれども、私には無理。旦那様を前にそんな事、口が裂けても言えないわ。」
「「「どうして」」」
何故か三人同時に尋ねて来た。
「恥ずかしいじゃない。」
「「「どうして!」」」
ルイーザの恥じらい(夫限定)は、皆から理解を得られなかった。
ヘレンに髪を結い上げてもらいながら、ルイーザは気が付いてしまった。
「日に焼けた気がするのだけれど。」
「残念ながら、そうではないとは申せません。」
ヘレンが申し訳なさそうに眉を下げた。
ヘレンにそんな顔をさせたい訳ではない。
「ごめんなさい、ヘレン。貴女にそんな顔をさせてしまって。私が悪いの。ブランコを克服しようだなんてしたから。」
余暇を楽しむ思考が無いルイーザは、無理矢理何かをしなければ時間を潰す事が出来ない。
自身が目眩症なのは知ってるくせに、やたら目に付くブランコの攻略を試みた。結果は日に焼けて目眩がしただけだった。
「健康的になられたと思います、ルイーザ様。」
「こんな日焼けした貴族夫人なんて、王都にはいないわね。」
「宜しいではないですか、ここは王都ではございません。」
「貴女と話しをしているとほっとするわ。人って、それで良いと言われるとほっとするのね。」
「それで宜しいのです。だって人間ですもの。」
ヘレンとお喋りをしているうちに仕度が整った。
マーモット伯爵は、午後に来邸予定であった。
小さな別荘であるが、元はマーモット伯爵家の所有物である。伯爵に失礼にはならないだろう。
「ルイーザ様。伯爵様がお見えです。」
暫くするとセバスが呼びに来て、ルイーザは立ち上がった。貴族に会うのは久しぶりに感じる。別荘に来てそれほど日が経った訳では無いが、使用人以外とはほぼ没交渉であったから、山篭もりから里へ降りたような気持ちになる。
「可怪しいところは無いかしら。」
「大変お美しゅうございます。」
ヘレンにおだててもらって勇気をもらう。とても王城に日常的にお使いに行っていたとは思えない。
扉が開いて驚いた。
ルイーザが入室した事でマーモット伯爵が立ち上がり、こちらへ向き直る。
旦那様?
思わず声が出掛かった。ルイーザの驚きを、マーモット伯爵を知るセバスは理解しただろう。
ローレンス・ヒュー・マーモットは、オーガストに生き写しであった。いや、よく見れば髪の長さが違う。マーモット伯爵は長い金の髪を背で結わえている。それに、夫より少しだけ年嵩に見えた。
「ルイーザ夫人、初めまして。ローレンス・ヒュー・マーモットと申します。貴女の夫殿とは遠縁にあたりますね。」
驚く事に、マーモット伯爵は姿ばかりでなく声まで夫にそっくりであった。どうやら夫は祖母の血筋を濃く受け継いでいるらしい。二人が並んだなら、背丈まで全て鏡に写した様に見えるだろう。
「お初にお目に掛かります、マーモット伯爵様。ルイーザ・アディソン・ロンデールと申します。こちらへ滞在しておりましたが、ご挨拶が遅れ大変失礼を致しました。」
「夏の静養にいらしていたのでしょう。お身体を休めるのが目的だ。挨拶などとお気を使わないで頂きたい。先日は領内で沢山買い物をして頂いたとか。領民も喜んでおります。」
卒の無い言動には落ち着きと品位が感じられる。
領民にも目が行き届いている様子からも、彼は領地を大切に守り領民から信頼されているのだろう。
「この辺りはもう歩かれたのでしょうか?」
買い物以外にはブランコを漕いでいたとは言えなくて、「いいえ、まだ」と濁しておく。
「ご覧の通り、田舎ではあるが景色だけは良い。こちらへはいつまで滞在なさるのですか?」
ジェイムズが良いと言うまで帰れないとは言えないので、「まだ、はっきりとは」と濁しておく。
「では、宜しければ湖畔の散策などお誘いしても宜しいでしょうか。」
ルイーザは考えた。
頭の中の貴族名鑑をペラペラ捲れば、マーモット伯爵家の当主夫人は死去と記されている。
夫と離れているルイーザが、独身貴族当主と個人的に出歩くのは不味いと思われた。
「機会がございましたら。」
そこで返答は留めておくことにした。
マーモット伯爵は、最後まで爽やかな男性だった。流石は旦那様の血縁者だと、ついついルイーザは贔屓目に見てしまう。
あれで白馬に跨っていたなら完璧な王子様だ。残念ながら馬車を引く馬は栗毛であったが。
「驚いたわね。」
「全くです。」
ジェイムズも、夫とマーモット伯爵の酷似に驚いている。
「ルイーザ様、危なかったですね。お誘いを受けていらしたので、どうお止めしようかと考えておりました。」
「あの方は、お気の毒に奥様を亡くされておられるわ。お付き合いなさっている女性がいるのかも知れないけれど、旦那様と離れた場所でお会いするのは危険だわ。どこで噂が立つか分からないもの。」
ルイーザががそう言えば、
「伯爵には、愛人も恋人もいないでしょう。」
とセバスが答えた。
「あんなに美丈夫であるのに?王都にいたならモテモテよ?」
「ルイーザ様、旦那様と重ねてはいらっしゃいませんか?」
「ヘレン、それは仕方ないわね。私が旦那様贔屓なのは認めざるを得ないわ。」
「どうしてそれを素直を旦那様に仰らないので?」
「ヘレン、貴女、案外押しの強い女性なのね。そう云うの嫌いじゃないわ。けれども、私には無理。旦那様を前にそんな事、口が裂けても言えないわ。」
「「「どうして」」」
何故か三人同時に尋ねて来た。
「恥ずかしいじゃない。」
「「「どうして!」」」
ルイーザの恥じらい(夫限定)は、皆から理解を得られなかった。
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