侯爵夫人の手紙

桃井すもも

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【12】

ルイーザは貴族夫人であるが、自ら厨房に立ってスコーンを焼く。
それは、スコーンが好物な父の為に母が焼いていたので憶えた。ルイーザのスコーンはサフォーク子爵家のレシピなのである。夫と婚姻するまでは、王城に泊まる父の差し入れに焼いていた。

夫と婚姻してからは、焼き菓子とチョコレートが好きだと言った夫の為に、チョコチップスコーンを焼いて差し入れている。


「木苺?」

焼き立てのスコーンが冷めるのを待てずに、ルイーザはマーサと一緒にスコーンを食べている。

苺ジャムとホイップを添えると、熱々のスコーンととろけたチョコ、そこに苺の酸味とホイップのコクが相まって、一言で言うなら「最高」だった。

苺が好物なのだと言ったルイーザに、マーサは木苺はどうかと尋ねて来た。

「木苺?」
「ええ。木苺でしたらそこいらに生えております。今度摘んで参ります。」
「私もご一緒して宜しいかしら。」
「え、ルイーザ様がですか?」
「ええ。」 
「日に焼けますよ。」
「もういいの。だって人間ですもの。」
「確かにそうですね。では、明日にでも。」
「本当?マーサ。有難う。嬉しいわ。」

マーサと少し早めのティータイムを楽しんで、それから食堂室で皆と一緒に二度目のティータイムを楽しみながら二個目のスコーンをペロリと平らげた。



黒光りする大粒の果実を親指と人差し指で摘む。

「これが苺?真っ黒よ?」
「ブラックベリーです、ルイーザ様。」

昨日の話し通り、マーサはルイーザを木苺摘みに連れて行ってくれた。
マーサが言ったのは大袈裟ではなくて、木苺は本当に別荘の周り、そこいら中に生えていた。ただ、その姿がルイーザの知る苺ではなくて、大粒の黒く輝く苺であった。長く伸びた枝の様な茎の先端に、赤や黒の果実がたわわに実っている。

「ブラックベリー。まさしく悪魔の果実だわ。ジェイムズ、貴方、先に食べてみて。」
「どうして私なのですか?ここは苺がお好きなルイーザ様の出番では?」
「私、ちょっと今日はお腹の調子が悪いのよ。是非とも貴方にお願いするわ。」

恨みがましい眼差しをこちらに向けて、ジェイムズが木苺をひと粒摘まんで口の中に放り込んだ。

「渋っ、酸っぱ!」

大袈裟な。
男子とは兎角酸味に弱いもの。大袈裟だなと呆れながらルイーザもひと粒食べた。

「渋っ、酸っぱ!」
「でしょう?」
「普通の苺を想定して、しくじったわ。」
「いいえ、ちゃんと甘いですよ。渋みも野趣味があってこれはこれで私は好きです。」
「ヘレン。貴女、以外とチャレンジャーなのね。」

ヘレンを見るルイーザの瞳には尊敬の光が浮かんでいる。

「これはジャムね。ジャムが合うわね。」
「ええ、ルイーザ様。ジャムにしますと渋味が抜けて美味しいですよ。ソースにも出来ますし。」
「確かにマーサの言う通りだわ。王都のカフェで食べた黒いベリーソースってブラックベリーだったのね。」

こうして苺好きのルイーザは、そこいらへんに生えている木苺の入手に成功した。


その頃、王都では。

「旦那様、まだ横になっておられた方が宜しいです。感冒は治りがけが一番大事です。」

「ちょっと起きてみただけだ。大丈夫だ。」

高熱の峠を越えたオーガストは、漸く半身を起こせるところまで回復していた。

大丈夫だとは言ったものの、それは高熱で喘いでいた時より楽になったというだけで、決して健康体になった訳ではない。

『大丈夫ですわ、旦那様』

大丈夫は妻の専売特許だ。こちらがいくら案じても、彼女はいつも大丈夫だと言って笑った。

栗毛の緩い巻き髪に触れたくとも、彼女は今、遠く離れた別荘にいる。あの榛の瞳で微笑む妻は、いつも温かだった。それを泣かせてしまったのは自分である。

ぽすんと枕に身を沈める。
久し振りに得た病に心が弱っているのだろう。思えば、ルイーザと婚姻してからは、暫く風邪を引いていない。
ルイーザはオーガストの体調ばかりを気遣っていた。自分は大丈夫だと言っていた妻は、いつだってオーガストを心配していた。
こんな姿を見たなら、どれほど慌てることだろう。

「いつまで彼処にいるんだろう。」

ぽつりと漏れ出た呟きは、夫の素直な言葉だった。



「これは売れるわ。売り物に出来る逸品よ、マーサ。」

摘んだばかりのブラックベリーでマーサが早速ジャムを煮た。暗色のジャムはごろごろと形を残して種の粒も歯ごたえが面白い。

「煮込み過ぎないのが良いのね。このまま生クリームを垂らして食べても美味しいと思うわ。」
「まあまあ、ルイーザ様。そう言って頂けると嬉しいですが、ここら辺ではみんな普通に食べております。」
「それは羨ましいことだわ。」

王都では苺はそれなりに贅沢な食べ物だ。
オーガストとの初見の席で、ルイーザはうっかり正直に苺が好きだと答えてしまった(二回も)。その為に、彼は苺を携え何度もルイーザに会いに来てくれたのだ。
甘酸っぱい記憶を思い出したのは、木苺の所為ではないだろう。

慌てて書いた葉書はそろそろ届いただろうか。らしくなくラブリーな葉書を使ってしまった。
可愛いものが似合わないルイーザは、決して可愛いものが嫌いな訳では無い。ローズピンクのインクなんて、まあ綺麗!と速攻で購入したものだ。

もうどれくらい夫と会っていないだろう。
ひいふうみい、と数えて途中で辞めた。いつかは王都へ帰るのだ。折角ジェイムズが邸から連れ出してくれて、それにヘレンが付いて来てくれた。

北の大地の爽やかな夏を、もう少し楽しもう。
たっぷり楽しんで気持ちを入れ替えたなら、また貴方の下に帰ってもいい?

苺に夫の姿を重ねて合わせて、ルイーザは初めて恋をした夏の日を思い出していた。



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