侯爵夫人の手紙

桃井すもも

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【20】

皆の顔を見回して、ルイーザは酷く落ち着かない気持ちになった。

「セバス。貴方から見たマーモット伯爵とは、確かな人物なのよね。」
「はい、ルイーザ様。色恋事に関して潔癖なばかりでなく、領地の運営にも確かな手腕を見せておいでです。昨今の若手貴族では珍しく気骨のあるお方です。」

「そう。」

セバスの言葉に、ルイーザは考えを改めた。

「軽率な行動を取らない様に十分気を付けるわ。伯爵はお忙しいお方なのだし、そう度々お会いする事もないでしょう。」

ルイーザの言葉に、誰も頷く事は無かった。

「変装しようかしら。」
「は?」
思わず声が出たのはジェイムズだ。

「あら、良い方法だと思うの。私、こんな平々凡々を絵に描いた見目なのよ。栗毛に榛の瞳だなんて、この国で石ころを投げたら大抵高確率で当たる筈よ。」

「では、どの様な御姿に?」

「私に良い案があるの。丁度良いわ、明日早速街に行って確かめてみましょう。リサーチよ、リサーチ。敵陣視察よ。」

皆の顔が浮かない様子であるのは見なかった事にする。ルイーザには確証があった。身を隠すなら装いはあの姿一択である。



翌日。

「ルイーザ様。その御姿は、」
「似合う?」
「似合うとか似合わないとか言う問題ではございません。」

ジェイムズはルイーザと会うなり苦言を呈した。

「何故かしら?ジェイムズ、これって変装の定番でしょう。」

「本気で仰っておられるのですか。第一その御姿では自称平々凡々らしい栗毛色の髪も榛の瞳も全て隠れているではないですか。寧ろ目立っておりますよ、悪目立ちです。」

「ジェイムズ、貴方って案外酷い事を言うのね。なんだか泣きたくなって来たわ。」

「ああ、こんなところで泣かないで下さい。謝ります、私がルイーザ様の迂闊でうっかりなところを突いてしまって申し訳ございません。」

「ヘレン、聞いた?謝られている気がしないのだけれど。」

「難しい問題ですね。私は双方のお気持ちが良く解りますから何とも申せません。」

「解ってくれるのね、ヘレン。」

「まあ、ジェイムズ様のお気持ちも解りますけど。」

微妙な反応をする二人を置いて、ルイーザは厨房へ向かった。厨房にいたマーサにも見せてみる。

「どう?」

くるりと回って左手を腰に当て、右手でサングラスをくいっと持ち上げた。

「まあまあルイーザ様!素敵な御召物ですね。まるで活動写真の絵姿の様です。」

「解る?マーサ。」

「ええ、ええ、解りますとも。町外れの寂れた邸を夜半に一人の婦人が訪れるのです。人目を避けてそおっと。要件は仕事の依頼ですよ、失踪した夫の行く先を捜してほしいと探偵に依頼に訪れるのです。お忍びですからネッカチーフにサングラスは定番アイテムです。」

「凄いわ、マーサ。貴女、文才があるわ。だって貴女の言葉で私、目の前に探偵と依頼者の婦人が見えた様な気がしたもの。」

浮かれてはしゃぐ二人を、ジェイムズとヘレンは苦い物を噛んだ様な表情で見つめる。

裏寂れた探偵の邸ってなんだ?夜中にサングラス掛けたら危ないだろう。夫が失踪したなら先ずは警察だろうが。

ロマンの欠片も持ち得ないジェイムズには、しっとり夜露に濡れた路地でトレンチコート姿の男が煙草に火を付けるニヒルな絵面は想像出来ない。

ルイーザは、万年筆繋がりで人気作家を思い出した。彼は推理小説の大家である。推理小説といえばトレンチコートにサングラス。婦人ならそこにネッカチーフがマストアイテムだろう。

トレンチコートはセバスから借りた。ネッカチーフを頭から被って顎の下で結ぶ。そこに色の濃い眼鏡(セバス私物)を掛ければ変装は完了する。これでいつでも裏寂れた郊外の探偵宅を訪ねられる。

真夏にそれは無いだろう。暑くないのか?とジェイムズは思ったが、王都を出る際に主に言われた言葉を思い出して、それ以上は何も言う事はしなかった。



「えーっと、確か物凄く名前の長いケーキだったわよね。」

街へ下りて、ルイーザは真っ直ぐカフェを目指した。素で目立たない平々凡々な見目をしながら、季節に逆行する怪しい装いのルイーザは人目を引いた。
本人ばかりは色眼鏡に視界が暗く見えていたから、コソコソ隠れているつもりになっている。

前に食べたケーキが美味しかった。舶来ものの名前の長いケーキであった。

スポンジはココア生地で、黒い生地に白いホイップ、真っ赤なチェリーが添えられている。スポンジにはシロップが染みていて、多分チェリー酒が含まれているのだろう、蒸留酒の芳醇な香りが鼻腔を擽った。
ココアとホイップの甘みにダークチェリーと蒸留酒のほろ苦さ。そこにベリーのソースが添えられて、超絶美味であった。

「なんて名前だったかしら。ナントカカントと言ったわね。チェリーとココアの漆黒のケーキよ。」

優秀な店員にはそれでちゃんと通用した。

「もう絶品。」

三人は、大人のケーキの美味さを堪能するのに一時目的を失念した。
ルイーザは、変装が成功していると思い込んでいたから、端から警戒感はゼロだった。


「これはこれはルイーザ。ティータイムかい?ん?それはシュバルツベルダーキルシュトルテかな?」

どうして変装がバレたのだろう。ナントカカントカと言うケーキは、そんな名前であったのか。それより貴方、どうして此処へ?

いっぺんに疑問が沸き起こったルイーザは、ぽかんと口が空いたまま、ローレンスを見上げた。




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