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【24】
朝餉の席で、ルイーザはその知らせをジェイムズから聞かされた。
「旦那様が?」
「はい。こちらに向かわれていると。ルイーザ様と夏の静養を取られるとの事です。」
「静養ですって?真逆、旦那様、何処かお加減が悪いと言うの?」
「いえ。ルイーザ様とご一緒に夏休みを過ごされたいのでしょう。」
「夏休み?」
休みとは、夫から最も遠い言葉である。目元を染める濃い隈は、不眠の夫の専売特許である。あの隈が薄くなるようにと、どれほどルイーザが心を砕いて来たことか。
「大丈夫なのかしら。」
夫が自分を迎えに来るだなんて、ルイーザの頭にはこれっぽっちも思い浮かばない事であったから、余程体調を崩しているのだとルイーザの心は不安に駆られた。
「旦那様はお忙しい方よ。お休みを取るだなんて余程、」
何処か具合が悪いのでは、とは恐ろしくて皆まで言えない。
「ルイーザ様がご心配なさるのは無理もない事でしょう。ですが、旦那様は確かに夏休みをお取りです。」
そんな事ってあるだろうか。
ルイーザが戸惑いを覚えるのは無理もない。
構い倒すのはいつだってルイーザの方だ。オーガストがどれほどルイーザを案じても、目には見えない感情を言葉や態度で表すことに長けていないオーガストの心中は、残念ながらルイーザには通じていない。
「良くない予感がするわ。」
「気の所為です。」
「はっ、もしかしたら旦那様。私に最終宣告を自ら告げようとなさっているの?」
「何の宣告ですか?」
「決まってるじゃない、ジェイムズ。離縁よ離縁、別れの予感よ。」
やれやれと呆れ顔をするジェイムズを、ルイーザは信じ難い思いで見た。
ルイーザがこんな一大事に直面していると言うのにこの男は。
「どうしましょう。」
どうしたら良いのだろう。夫の側に居座ると、昨日夕日に向かって吼えたばかりだ。しかし、吼えたは良いがあれは一方的な遠吠えだ。夫の気持ちは全然全く考慮していない。
勝手に気持ちを仕切り直して立て直したつもりでいたが、事はルイーザの思考の範疇を越えていた。
「ねえ、セバス。」
「はい。何でございましょう。」
「この別荘で、使用人の求人はあるかしら。」
「...」
「ご老人の話し相手とか「ございません。」
求人面接は瞬殺で終了した。
「どうしましょう。」
何度目か分からぬどうしましょうが口から溢れる。もう一回くらい言えそうだ。
「はあ。」
夫がそう決めたなら仕方がない。こちらがどんなに愛していようとも、侯爵夫人として不足があると判断されたなら、ルイーザには従うより術は無い。
取り敢えず、生家に戻るしか無いだろう。元の私室は今どうなっているだろうか。母のドレス部屋にされているだろうか。兄の趣味の収納部屋になっているかも知れない。その確率の方が高そうだ。
「はあ。」
王都へ帰る手持ちの路銀はあっただろうか。お優しい旦那様の事だから、無一文で放逐する様な外道な真似はしないだろう。だがしかし、「帳簿の桁を一つ誤った事件」の損害賠償を求められたら?それなら路銀なんてものはとてもじゃないが望めない。文無しで、それこそ夜逃げしなければならない。
夫を優しいと言いながら、妻に損害賠償を請求する鬼畜と評するその矛盾に、混乱するルイーザは気付いていない。
「はあ。」
もう、一層の事この街に住もうか。
文具店の店員に下働きを頼んでみようか。それともあの名前の長いケーキを出すカフェを当たってみようか。いやいや、そんなの無理だろう。
ルイーザは文官紛いの労働は得意であるが、平民の暮らしはさっぱりだ。
「生きるって難しい。」
人生ってなんだろう。生きるってなんだろう。
思考が哲学寄りになった時に、ジェイムズに哲学思考を断ち切られた。
「何をお考えなんですか?」
「生まれ出ずる悩みについてよ。」
気まずい空気が朝の食卓に漂う。
と思っていたのはルイーザだけだったらしい。
「可怪しな妄想はお辞め下さい。」
ジェイムズは若干厳しめにルイーザの巫山戯た思考をぶった斬った。
「旦那様はルイーザ様をお迎えにいらっしゃるのです。」
「え?真逆。」
「その真逆です。」
「旦那様はお忙しいのよ。そんな暇など無いでしょう。いつだって寝不足でお疲れなのよ。それが私を迎えに来る為にお城のお勤めをお休みなさるだなんて、天地がひっくり返ったとしても有り得ないわ。」
旦那様、貴方一体どんな風にルイーザと接していたんだ。
ジェイムズもヘレンもセバスも、ここには居ない主に呆れ果てた。
「心配だわ。お迎えに行こうかしら。」
「何処へです?」
「王都まで。」
いや、それではオーガストが休暇を取った意味が無い。
「それは迎えとは言いませんね。ただの帰宅です。」
「まあ、そうだわ。」
虚空を見つめて黙り込むルイーザ。
何事かを考えているらしいルイーザを、皆は黙して見守った。また可怪しな事を言い出すんではなかろうかと身構える。
「時間をずらしてお迎えに行こうかしら。」
ルイーザの思考は「お迎え」から一歩も離れてはいなかった。
「ルイーザ様。旦那様がお越しになるまで、街へはお出掛けになられません様に。」
今日はいつになく厳しめな事ばかりを言うジェイムズを見る。
「垂れ目には騙されませんよ。」
可哀想なフリは彼には通用しなかった。
「旦那様が?」
「はい。こちらに向かわれていると。ルイーザ様と夏の静養を取られるとの事です。」
「静養ですって?真逆、旦那様、何処かお加減が悪いと言うの?」
「いえ。ルイーザ様とご一緒に夏休みを過ごされたいのでしょう。」
「夏休み?」
休みとは、夫から最も遠い言葉である。目元を染める濃い隈は、不眠の夫の専売特許である。あの隈が薄くなるようにと、どれほどルイーザが心を砕いて来たことか。
「大丈夫なのかしら。」
夫が自分を迎えに来るだなんて、ルイーザの頭にはこれっぽっちも思い浮かばない事であったから、余程体調を崩しているのだとルイーザの心は不安に駆られた。
「旦那様はお忙しい方よ。お休みを取るだなんて余程、」
何処か具合が悪いのでは、とは恐ろしくて皆まで言えない。
「ルイーザ様がご心配なさるのは無理もない事でしょう。ですが、旦那様は確かに夏休みをお取りです。」
そんな事ってあるだろうか。
ルイーザが戸惑いを覚えるのは無理もない。
構い倒すのはいつだってルイーザの方だ。オーガストがどれほどルイーザを案じても、目には見えない感情を言葉や態度で表すことに長けていないオーガストの心中は、残念ながらルイーザには通じていない。
「良くない予感がするわ。」
「気の所為です。」
「はっ、もしかしたら旦那様。私に最終宣告を自ら告げようとなさっているの?」
「何の宣告ですか?」
「決まってるじゃない、ジェイムズ。離縁よ離縁、別れの予感よ。」
やれやれと呆れ顔をするジェイムズを、ルイーザは信じ難い思いで見た。
ルイーザがこんな一大事に直面していると言うのにこの男は。
「どうしましょう。」
どうしたら良いのだろう。夫の側に居座ると、昨日夕日に向かって吼えたばかりだ。しかし、吼えたは良いがあれは一方的な遠吠えだ。夫の気持ちは全然全く考慮していない。
勝手に気持ちを仕切り直して立て直したつもりでいたが、事はルイーザの思考の範疇を越えていた。
「ねえ、セバス。」
「はい。何でございましょう。」
「この別荘で、使用人の求人はあるかしら。」
「...」
「ご老人の話し相手とか「ございません。」
求人面接は瞬殺で終了した。
「どうしましょう。」
何度目か分からぬどうしましょうが口から溢れる。もう一回くらい言えそうだ。
「はあ。」
夫がそう決めたなら仕方がない。こちらがどんなに愛していようとも、侯爵夫人として不足があると判断されたなら、ルイーザには従うより術は無い。
取り敢えず、生家に戻るしか無いだろう。元の私室は今どうなっているだろうか。母のドレス部屋にされているだろうか。兄の趣味の収納部屋になっているかも知れない。その確率の方が高そうだ。
「はあ。」
王都へ帰る手持ちの路銀はあっただろうか。お優しい旦那様の事だから、無一文で放逐する様な外道な真似はしないだろう。だがしかし、「帳簿の桁を一つ誤った事件」の損害賠償を求められたら?それなら路銀なんてものはとてもじゃないが望めない。文無しで、それこそ夜逃げしなければならない。
夫を優しいと言いながら、妻に損害賠償を請求する鬼畜と評するその矛盾に、混乱するルイーザは気付いていない。
「はあ。」
もう、一層の事この街に住もうか。
文具店の店員に下働きを頼んでみようか。それともあの名前の長いケーキを出すカフェを当たってみようか。いやいや、そんなの無理だろう。
ルイーザは文官紛いの労働は得意であるが、平民の暮らしはさっぱりだ。
「生きるって難しい。」
人生ってなんだろう。生きるってなんだろう。
思考が哲学寄りになった時に、ジェイムズに哲学思考を断ち切られた。
「何をお考えなんですか?」
「生まれ出ずる悩みについてよ。」
気まずい空気が朝の食卓に漂う。
と思っていたのはルイーザだけだったらしい。
「可怪しな妄想はお辞め下さい。」
ジェイムズは若干厳しめにルイーザの巫山戯た思考をぶった斬った。
「旦那様はルイーザ様をお迎えにいらっしゃるのです。」
「え?真逆。」
「その真逆です。」
「旦那様はお忙しいのよ。そんな暇など無いでしょう。いつだって寝不足でお疲れなのよ。それが私を迎えに来る為にお城のお勤めをお休みなさるだなんて、天地がひっくり返ったとしても有り得ないわ。」
旦那様、貴方一体どんな風にルイーザと接していたんだ。
ジェイムズもヘレンもセバスも、ここには居ない主に呆れ果てた。
「心配だわ。お迎えに行こうかしら。」
「何処へです?」
「王都まで。」
いや、それではオーガストが休暇を取った意味が無い。
「それは迎えとは言いませんね。ただの帰宅です。」
「まあ、そうだわ。」
虚空を見つめて黙り込むルイーザ。
何事かを考えているらしいルイーザを、皆は黙して見守った。また可怪しな事を言い出すんではなかろうかと身構える。
「時間をずらしてお迎えに行こうかしら。」
ルイーザの思考は「お迎え」から一歩も離れてはいなかった。
「ルイーザ様。旦那様がお越しになるまで、街へはお出掛けになられません様に。」
今日はいつになく厳しめな事ばかりを言うジェイムズを見る。
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可哀想なフリは彼には通用しなかった。
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