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【28】
「奴と、随分と交流を深めていたようだな。」
「旦那様?」
夫の声が低過ぎて、ルイーザは初め、聞き間違いだろうかと思った。
「この邸にも、度々頻繁に足繁く訪問していたと言うじゃないか。先触れも無しに。」
「確かに。」
「くそ、アイツ、頭に来るな。」
確かにローレンスは先触れ違反の常習犯であったから、そこはルイーザも同意した。それで夫がこんな反応をするとは思わなかった。
「怒ってらっしゃるの?旦那様。」
「当たり前だろう。逆に聞きたい。何故怒らずにいられるのか。」
「あのお方は貴方の再従兄でいらっしゃるのよ?何よりここの領主ですわ。訪いがあるのならお迎えして当然だと思います。確かにちょっと、その、」
「その、何があった。」
「まあ、その、」
「ああ、言わずとも良いよ。知っている。」
やはり夫はジェイムズから全て報告を受けているらしい。
「それで君。この邸で饗す際に、君の焼き菓子を出したとか。」
「焼き菓子?ああ、スコーンでしょうか。ええ、ええ、お出し致しました。ローレンス様は美味しいと仰って五つほど召し上がっておられましたね。手土産にとご所望なさいましたので、更に五つほどお包み致しました。」
「何故、奴を名呼びしてるんだ?」
「そう言われましたの。お断り出来なくて、」
「くそっ、」
旦那様ったら、汚い言葉を吐いてるわ。
品行方正な夫しか知らないルイーザは、夫が感情的に発した罵言に驚いた。
「君も君だ。アイツ、五つも食ったんだぞ。無遠慮にも程がある。それを手土産?しかも更に五つも包むとは。」
夫はもしかしたらケチなのかしら。
若干鈍感なルイーザは察する事が出来ない。
「全く以て有り得ない。」
まだ怒っている。
「では幾つ包めば宜しかったの?」
「一個あれば十分だろう。」
夫はやはりケチであったらしいとルイーザは結論付けた。
ぷりぷりしだした夫のカップは空である。
ルイーザは二杯目のお茶をサーブする。夫はヘレンまで下がらせてしまったから、ルイーザが手ずからお茶を淹れている。
熟した果実を思わせる茶葉の香りが辺りに漂って、ティーカップを受け取ったオーガストも暫し興奮を収めてお茶を楽しむ。
「旨いな。香りもそうだが、コクがいい。君が淹れてくれたからかな。」
「茶葉の質が良いのですわ。鮮やかな色もセカンドフラッシュらしいですわね。」
「まったくだ。」
暫し夫婦は穏やかな沈黙の中で、午後の日射しの差し込む部屋で紅茶を楽しんだ。
開け放たれた窓から、爽やかな風が入り込む。北の大地の夏は短い。風は夏の盛りが過ぎたことを教えてくれた。
「ローレンス様から頂戴しましたの。舶来の品だとか。」
「は?」
「茶葉は舶来品なのだそうです。」
「いや、そこじゃない。君、奴からもらい受けた茶を飲んでるのか?」
「まあ、旦那様。私だけではございませんわ。ジェイムズもヘレンも飲んでますし、セバスもマーサも一緒に飲んでますのよ。」
マーサって誰だ。オーガストはそう思ったが、今はそこじゃない。
妻が他所の男から貰った茶を飲んでいる。他所の男が多分絶対、妻を喜ばそうとする魂胆で寄越した茶を飲んでいる。
案外狭量だったオーガストは、先程までの穏やかな空気を呪わしく思った。
「これからは名呼びを辞めてもらおう。」
「ですが貴方の再従兄様ですわ。」
「そんな事は関係なかろう。名呼びに間柄は無関係だ。」
そうだろうか。ルイーザは疑問に思ったが、それ以上は考えないことにした。賢い夫が言うのだから間違い無い。
「はあ。」
オーガストはそこで溜め息をついた。
長旅の疲れを癒やす間もなくルイーザと話し続けて、きっと疲れてしまったのだろう。
「旦那様、少しお休みになられては?お疲れでしょう。」
「ああ、そうするかな。」
ひと口飲んだきりお茶に手を付けない夫は、ティータイムより休養が必要らしい。
ぷりぷりしていた夫も素直に立ち上がる。
「さあ。」
「さあ?」
「寝室の用意ができてるんだろう?」
さあ、とこちらに手を差し伸べる夫の瞳に欲望の炎が燃えて見えた。
真逆、こんな真っ昼間から。
夫とは、こんなに熱い漢であっただろうか。
「だ、旦那様、まだ日が高いですわ、その、」
「私は全然構わない。蜜月も満足に過ごせず出仕したんだ。今から取り返すのも悪くない。」
ルイーザの知らない積極的な夫は、こちらに手を差し出して艷やかに微笑んだ。
麗しい夫に惑わされる。知らず知らずのうちにルイーザも手を伸ばし、夫の差し出す手の平に重ねようとしたその時、
「旦那様、宜しいでしょうか。」
扉がノックされて、ジェイムズの声がした。
「マーモット伯爵がお見えです。」
そっと扉を開けたジェイムズは、室内の空気を瞬時に読んで瞬時に察した。恥ずかしい。
それから至極申し訳なさそうな顔をしてローレンスの訪問を告げた。
「くそっ、アイツ、本当に頭に来るなっ」
甘やかな空気を醸し出していた夫は、心底悔しそうにぞんざいな言葉を吐いた。
こんな風に感情を露わにする夫の姿は新鮮で、ルイーザはそんな夫をもっと見てみたいと思った。
同時に、目も耳も早いローレンスに、呆れながらも驚くのだった。
「旦那様?」
夫の声が低過ぎて、ルイーザは初め、聞き間違いだろうかと思った。
「この邸にも、度々頻繁に足繁く訪問していたと言うじゃないか。先触れも無しに。」
「確かに。」
「くそ、アイツ、頭に来るな。」
確かにローレンスは先触れ違反の常習犯であったから、そこはルイーザも同意した。それで夫がこんな反応をするとは思わなかった。
「怒ってらっしゃるの?旦那様。」
「当たり前だろう。逆に聞きたい。何故怒らずにいられるのか。」
「あのお方は貴方の再従兄でいらっしゃるのよ?何よりここの領主ですわ。訪いがあるのならお迎えして当然だと思います。確かにちょっと、その、」
「その、何があった。」
「まあ、その、」
「ああ、言わずとも良いよ。知っている。」
やはり夫はジェイムズから全て報告を受けているらしい。
「それで君。この邸で饗す際に、君の焼き菓子を出したとか。」
「焼き菓子?ああ、スコーンでしょうか。ええ、ええ、お出し致しました。ローレンス様は美味しいと仰って五つほど召し上がっておられましたね。手土産にとご所望なさいましたので、更に五つほどお包み致しました。」
「何故、奴を名呼びしてるんだ?」
「そう言われましたの。お断り出来なくて、」
「くそっ、」
旦那様ったら、汚い言葉を吐いてるわ。
品行方正な夫しか知らないルイーザは、夫が感情的に発した罵言に驚いた。
「君も君だ。アイツ、五つも食ったんだぞ。無遠慮にも程がある。それを手土産?しかも更に五つも包むとは。」
夫はもしかしたらケチなのかしら。
若干鈍感なルイーザは察する事が出来ない。
「全く以て有り得ない。」
まだ怒っている。
「では幾つ包めば宜しかったの?」
「一個あれば十分だろう。」
夫はやはりケチであったらしいとルイーザは結論付けた。
ぷりぷりしだした夫のカップは空である。
ルイーザは二杯目のお茶をサーブする。夫はヘレンまで下がらせてしまったから、ルイーザが手ずからお茶を淹れている。
熟した果実を思わせる茶葉の香りが辺りに漂って、ティーカップを受け取ったオーガストも暫し興奮を収めてお茶を楽しむ。
「旨いな。香りもそうだが、コクがいい。君が淹れてくれたからかな。」
「茶葉の質が良いのですわ。鮮やかな色もセカンドフラッシュらしいですわね。」
「まったくだ。」
暫し夫婦は穏やかな沈黙の中で、午後の日射しの差し込む部屋で紅茶を楽しんだ。
開け放たれた窓から、爽やかな風が入り込む。北の大地の夏は短い。風は夏の盛りが過ぎたことを教えてくれた。
「ローレンス様から頂戴しましたの。舶来の品だとか。」
「は?」
「茶葉は舶来品なのだそうです。」
「いや、そこじゃない。君、奴からもらい受けた茶を飲んでるのか?」
「まあ、旦那様。私だけではございませんわ。ジェイムズもヘレンも飲んでますし、セバスもマーサも一緒に飲んでますのよ。」
マーサって誰だ。オーガストはそう思ったが、今はそこじゃない。
妻が他所の男から貰った茶を飲んでいる。他所の男が多分絶対、妻を喜ばそうとする魂胆で寄越した茶を飲んでいる。
案外狭量だったオーガストは、先程までの穏やかな空気を呪わしく思った。
「これからは名呼びを辞めてもらおう。」
「ですが貴方の再従兄様ですわ。」
「そんな事は関係なかろう。名呼びに間柄は無関係だ。」
そうだろうか。ルイーザは疑問に思ったが、それ以上は考えないことにした。賢い夫が言うのだから間違い無い。
「はあ。」
オーガストはそこで溜め息をついた。
長旅の疲れを癒やす間もなくルイーザと話し続けて、きっと疲れてしまったのだろう。
「旦那様、少しお休みになられては?お疲れでしょう。」
「ああ、そうするかな。」
ひと口飲んだきりお茶に手を付けない夫は、ティータイムより休養が必要らしい。
ぷりぷりしていた夫も素直に立ち上がる。
「さあ。」
「さあ?」
「寝室の用意ができてるんだろう?」
さあ、とこちらに手を差し伸べる夫の瞳に欲望の炎が燃えて見えた。
真逆、こんな真っ昼間から。
夫とは、こんなに熱い漢であっただろうか。
「だ、旦那様、まだ日が高いですわ、その、」
「私は全然構わない。蜜月も満足に過ごせず出仕したんだ。今から取り返すのも悪くない。」
ルイーザの知らない積極的な夫は、こちらに手を差し出して艷やかに微笑んだ。
麗しい夫に惑わされる。知らず知らずのうちにルイーザも手を伸ばし、夫の差し出す手の平に重ねようとしたその時、
「旦那様、宜しいでしょうか。」
扉がノックされて、ジェイムズの声がした。
「マーモット伯爵がお見えです。」
そっと扉を開けたジェイムズは、室内の空気を瞬時に読んで瞬時に察した。恥ずかしい。
それから至極申し訳なさそうな顔をしてローレンスの訪問を告げた。
「くそっ、アイツ、本当に頭に来るなっ」
甘やかな空気を醸し出していた夫は、心底悔しそうにぞんざいな言葉を吐いた。
こんな風に感情を露わにする夫の姿は新鮮で、ルイーザはそんな夫をもっと見てみたいと思った。
同時に、目も耳も早いローレンスに、呆れながらも驚くのだった。
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