33 / 52
【33】
「まあ。そうなの?マーサ。」
「ええ、私の時はそうでした。ですがルイーザ様と私では育ちが違いますから、同じ様には言えません。」
「でも私達、同じ人間よ、同じ女性だわ。」
ルイーザは只今、マーサから「妊婦の心得・出産の極意」についてを伝授されていた。未婚のヘレンも隣で熱心に聞いている。
「お医者様からお許しが出たら、適度に身体を動かす事が大切なのね。」
「ええ、出産は体力勝負ですから。私は身体が頑丈でしたから、家事を熟す元気がありましたので、産気付く直前まで動きっぱなしでしたけれど。」
「まあ、マーサ凄いわ。貴女、若い時から頑張り屋さんだったのね。」
「そんな事はございません。平民は皆そんなものです。」
マーサには年頃の娘が三人いる。三人年子という、マーサは連続出産の覇者である。
「ルイーザ様は大事な御身体ですから無理は禁物です。軽いお散歩を毎日続けてなさるのが宜しいでしょう。それと、」
「「それと?」」
何故かヘレンも食い付いた。
「妊婦は時にくよくよと気が塞ぐ事がございます。」
「解るわ。昨日、既にそうだったもの。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
マーサは豆の皮を剥きながら、うんうんと頷いた。
「ルイーザ様のお身体には、今二つの魂がおられるのです。一つはルイーザ様、一つはお子様です。そんな事、生涯で幾度も体験出来ることではありません。気持ちが揺らいで当たり前なんです。」
なんて神秘的なことなのだろう。
マーサの言葉にルイーザは胸を打たれた。一つの身体に二つの魂。心が揺らいで当たり前なのだ。母は強しと言うのは、二つの魂を背負うからだ。
「私、胸を打たれたわ。ちょっと泣いても良いかしら。」
ルイーザがそう言えば、マーサが深く頷く。マーサの言葉は奥深い。
「マーサ、貴女って素晴らしいわ。」
「そんな事はございませんよ。ルイーザ様はこれからお子様をお産みになって、もっともっとお優しくお強く、それからお美しくなられます。」
「まあ、マーサ。私は平々凡々な人間だわ。」
「ルイーザ様は平々凡々などではございません。」
「ヘレン。貴女、私の側に居すぎて身贔屓になっただけなのよ。ごめんなさいね、平々凡々が過ぎるあまりに貴女の美意識を狂わせてしまったわ。」
「ジェイムズ、いつもあんな感じなのか?」
「まあ、大体はあんな感じです。」
「...」
厨房で使用人の隣りに椅子を置いて、どっかり座り込んで止みそうに無い話しを続けるルイーザの言葉に、オーガストは物陰から耳を傾け聞き入っていた。
妻とはあんなタイプであっただろうか。いや、確かにあんなであった。彼女には、どこかすっとぼけた可笑しみがある。そんな彼女をオーガストは愛したのだ。
「ああそれと、これは迷信でしょうが、お腹の子が男の子だと妊婦の顔が幾分キツくなるんだそうです。」
「え!それは本当?」
「ええ、私の土地ではそんな風に言われておりました。」
「マーサはどうだったの?」
「特に変わりはありませんでした。だからでしょうかね、子供はみんな女の子でした。変わったと言えば、どんどん顔も身体も丸くなったくらいです。」
「ヘレン、どう?私、キツく見えるかしら。」
「さあ、ちょっと分かりかねます。」
「あんなに引っ付かれて、マーサとやらは邪魔ではないのか?」
「マーサにはルイーザ様と同じくらいの娘が三人おりますから、慣れてるのではないでしょうか。」
「ジェイムズ、あれ、どう思う?」
「あれとは、ルイーザ様のお顔の変化の事でしょうか。」
「うむ。民間伝承とは侮れないからな。」
ジェイムズは、大真面目に聞いてくる主と、どこか惚けたその妻に、似た者夫婦っているんだなと思った。
「それと、お腹の子が男の子だと、お腹が三角に迫り出すんだそうです。」
「「ええ!」」
柱の陰から窺い見る夫達を他所に、マーサの妊婦講座はまだまだ終わりそうになかった。
「それでですね、旦那様。黒い食べ物が妊婦の身体には良いのだそうです。マーサがそう言っておりましたの。」
マーサって凄いわ、と感心しきりなルイーザ。
気が長く聞き上手なオーガストは、そんな妻の取り留めのない話しを聞くのも苦にならない。
ルイーザは、王都の邸にいた時もこんなであったか。朗らかな気質ではあったが、もう少し貴族然としていた様にも思う。
いや、それは自分もそうだったのかも知れない。何故なら、ジェイムズもヘレンも、ここでは何処か砕けた様子で、この別荘で主も使用人も身を寄せ合って暮らす内に、自然と距離が縮まるらしかった。
ここは元々は、祖母が静養していた邸宅であった。
マーサの隣で肩が触れるほど近くにいて、まるで母娘のように近しく語らうルイーザ。そんな貴族夫人など、王都ではそうそういないだろう。
だが、厳しい冬を乗り越える心身の強さと懐の広さを持つこの土地の人々に触れる内に、妻にも確かな強さと温かさが増しているようにオーガストには思えた。
ローレンスが独り身を理由も王都に出てこない事にも、ほんの少しばかり合点が行った。
「君はここが好きなのだな。」
オーガストがそう言えば、ルイーザは目を丸くしてこちらを見た。そうして、
「ええ、好きですわ。街の人間も気持ちの良い者達ばかりですの。それから、名前の長いケーキがございまして、それが癖になる美味しさなのですわ。お酒を使っているので妊婦は食せないのが残念です。今度旦那様に召し上がって頂きたいわ。」
ルイーザは、長くなりそうな街の話しを楽しげに聞かせてくれた。
彼女が望むなら、毎夏をここで過ごそうかとオーガストは思う。
一年王都で忙しく暮らして、夏の間だけは妻と生まれる子を連れてここへ来ようか。
「楽しいだろうな。」
妻の言葉に耳を傾け、庭で風に揺れるブランコを目に映しながら、オーガストは小さく呟いた。
「ええ、私の時はそうでした。ですがルイーザ様と私では育ちが違いますから、同じ様には言えません。」
「でも私達、同じ人間よ、同じ女性だわ。」
ルイーザは只今、マーサから「妊婦の心得・出産の極意」についてを伝授されていた。未婚のヘレンも隣で熱心に聞いている。
「お医者様からお許しが出たら、適度に身体を動かす事が大切なのね。」
「ええ、出産は体力勝負ですから。私は身体が頑丈でしたから、家事を熟す元気がありましたので、産気付く直前まで動きっぱなしでしたけれど。」
「まあ、マーサ凄いわ。貴女、若い時から頑張り屋さんだったのね。」
「そんな事はございません。平民は皆そんなものです。」
マーサには年頃の娘が三人いる。三人年子という、マーサは連続出産の覇者である。
「ルイーザ様は大事な御身体ですから無理は禁物です。軽いお散歩を毎日続けてなさるのが宜しいでしょう。それと、」
「「それと?」」
何故かヘレンも食い付いた。
「妊婦は時にくよくよと気が塞ぐ事がございます。」
「解るわ。昨日、既にそうだったもの。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
マーサは豆の皮を剥きながら、うんうんと頷いた。
「ルイーザ様のお身体には、今二つの魂がおられるのです。一つはルイーザ様、一つはお子様です。そんな事、生涯で幾度も体験出来ることではありません。気持ちが揺らいで当たり前なんです。」
なんて神秘的なことなのだろう。
マーサの言葉にルイーザは胸を打たれた。一つの身体に二つの魂。心が揺らいで当たり前なのだ。母は強しと言うのは、二つの魂を背負うからだ。
「私、胸を打たれたわ。ちょっと泣いても良いかしら。」
ルイーザがそう言えば、マーサが深く頷く。マーサの言葉は奥深い。
「マーサ、貴女って素晴らしいわ。」
「そんな事はございませんよ。ルイーザ様はこれからお子様をお産みになって、もっともっとお優しくお強く、それからお美しくなられます。」
「まあ、マーサ。私は平々凡々な人間だわ。」
「ルイーザ様は平々凡々などではございません。」
「ヘレン。貴女、私の側に居すぎて身贔屓になっただけなのよ。ごめんなさいね、平々凡々が過ぎるあまりに貴女の美意識を狂わせてしまったわ。」
「ジェイムズ、いつもあんな感じなのか?」
「まあ、大体はあんな感じです。」
「...」
厨房で使用人の隣りに椅子を置いて、どっかり座り込んで止みそうに無い話しを続けるルイーザの言葉に、オーガストは物陰から耳を傾け聞き入っていた。
妻とはあんなタイプであっただろうか。いや、確かにあんなであった。彼女には、どこかすっとぼけた可笑しみがある。そんな彼女をオーガストは愛したのだ。
「ああそれと、これは迷信でしょうが、お腹の子が男の子だと妊婦の顔が幾分キツくなるんだそうです。」
「え!それは本当?」
「ええ、私の土地ではそんな風に言われておりました。」
「マーサはどうだったの?」
「特に変わりはありませんでした。だからでしょうかね、子供はみんな女の子でした。変わったと言えば、どんどん顔も身体も丸くなったくらいです。」
「ヘレン、どう?私、キツく見えるかしら。」
「さあ、ちょっと分かりかねます。」
「あんなに引っ付かれて、マーサとやらは邪魔ではないのか?」
「マーサにはルイーザ様と同じくらいの娘が三人おりますから、慣れてるのではないでしょうか。」
「ジェイムズ、あれ、どう思う?」
「あれとは、ルイーザ様のお顔の変化の事でしょうか。」
「うむ。民間伝承とは侮れないからな。」
ジェイムズは、大真面目に聞いてくる主と、どこか惚けたその妻に、似た者夫婦っているんだなと思った。
「それと、お腹の子が男の子だと、お腹が三角に迫り出すんだそうです。」
「「ええ!」」
柱の陰から窺い見る夫達を他所に、マーサの妊婦講座はまだまだ終わりそうになかった。
「それでですね、旦那様。黒い食べ物が妊婦の身体には良いのだそうです。マーサがそう言っておりましたの。」
マーサって凄いわ、と感心しきりなルイーザ。
気が長く聞き上手なオーガストは、そんな妻の取り留めのない話しを聞くのも苦にならない。
ルイーザは、王都の邸にいた時もこんなであったか。朗らかな気質ではあったが、もう少し貴族然としていた様にも思う。
いや、それは自分もそうだったのかも知れない。何故なら、ジェイムズもヘレンも、ここでは何処か砕けた様子で、この別荘で主も使用人も身を寄せ合って暮らす内に、自然と距離が縮まるらしかった。
ここは元々は、祖母が静養していた邸宅であった。
マーサの隣で肩が触れるほど近くにいて、まるで母娘のように近しく語らうルイーザ。そんな貴族夫人など、王都ではそうそういないだろう。
だが、厳しい冬を乗り越える心身の強さと懐の広さを持つこの土地の人々に触れる内に、妻にも確かな強さと温かさが増しているようにオーガストには思えた。
ローレンスが独り身を理由も王都に出てこない事にも、ほんの少しばかり合点が行った。
「君はここが好きなのだな。」
オーガストがそう言えば、ルイーザは目を丸くしてこちらを見た。そうして、
「ええ、好きですわ。街の人間も気持ちの良い者達ばかりですの。それから、名前の長いケーキがございまして、それが癖になる美味しさなのですわ。お酒を使っているので妊婦は食せないのが残念です。今度旦那様に召し上がって頂きたいわ。」
ルイーザは、長くなりそうな街の話しを楽しげに聞かせてくれた。
彼女が望むなら、毎夏をここで過ごそうかとオーガストは思う。
一年王都で忙しく暮らして、夏の間だけは妻と生まれる子を連れてここへ来ようか。
「楽しいだろうな。」
妻の言葉に耳を傾け、庭で風に揺れるブランコを目に映しながら、オーガストは小さく呟いた。
あなたにおすすめの小説
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。