【書籍化】エリザベートが消した愛

桃井すもも

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王国では十六歳の年にデヴュタントを迎える。家の都合で一、二年ずれる事もあるにはあるが、大体は学園に入学する年にデヴュタントに参加する。

エリザベートのデヴュタントではデマーリオがパートナーを務めてくれた。ローズには父が付き添って、義母と揃って伯爵家の馬車で登城した。

エリザベートにはデマーリオが離れの邸まで迎えに来てくれて、侯爵家の馬車で城へと向かった。

エリザベートはこの先の人生で、喩え何が起こったとしても、この日の喜びだけは決して忘れないと思った。


デヴュタントの装いは、全てシェルバーン侯爵家でしつらえてくれた。
母のいないエリザベートの為に、デマーリオの母が仕度を申し出てくれたのは、エリザベートには有難い事だった。

本邸では義母がローズの為にドレスを用意している筈で、そこにエリザベートの仕度を頼むことも出来ず、執事を通して父に頼まねばならないと思い悩んでいたところでの夫人からの申し出であった。

侯爵夫人が用意したエクリュを帯びた白いドレスは、白灰色の髪を持つエリザベートの肌に良く馴染んだ。
成人の祝いであるからと、大粒真珠の首飾りと揃いの耳飾りは、侯爵夫人が令嬢時代に好んで身に付けていた物を譲られた。

真珠はいつの時代も母から娘へ譲られるものである。エリザベートは夫人のそんな思い遣りが涙が出るほど嬉しかった。

白灰の髪と母譲りの真っ白な肌を持つエリザベートには、デマーリオの瞳の色であるシトリンはぼやけてしまって似合わない。夫人から贈られた真珠はそんなエリザベートに気品を添えて、侯爵夫妻はエリザベートの姿を美しいと褒めてくれた。

「王家に奪われない様によくよく注意せねばな」

ドレスが仕上がり、最終確認の試着の為に侯爵邸を訪れたエリザベートに向かって、侯爵は眦を下げてそんな冗談を言った。侯爵の冗談めいた言葉さえ、エリザベートには最高級の褒め言葉であった。

伯爵家ではエリザベートの姿は、着付けの際も離れの邸の使用人しか目にしないだろう。父や義家族等とまみえるのは王城に来てからの事になる。
その前にこんな祝福を貰えた事が、褒められることに慣れていないエリザベートには、感激するほど嬉しかった。

デマーリオは、自身にはラピスラズリのカフスを用意していた。それは多分、エリザベートの群青色の瞳に合わせたものだろう。烟る金髪にシトリンの瞳を持つデマーリオによく映えて見えた。

ラピスラズリは大変高価で、良質のサファイアに並ぶ石である。それをデマーリオの装飾品は、鮮やかな濃紺の大粒のカボションを細やかなシトリンで囲んだもので、夜空に瞬く星を模したらこんな風になるのだろうと思った。


この日、エリザベートは初めてデマーリオとダンスを踊った。ダンスは教師から習ってはいたが、男性と踊るのは練習に付き合ってくれる老年の執事だけであった。

口から心臓が覗いているのではと思うほど恥ずかしかった。けれどもそれ以上に嬉しかった。永遠に曲が続いて、童話の踊り子の様に踊りながら死んでしまっても良いと思った。

恥ずかしくて俯いてばかりの顔を思い切って上げたところで、デマーリオと視線がぶつかった。言葉を発しようにも何一つ思い浮かばなくて、恥ずかしさも加わってはにかむ笑みしか向けられなかった。
それでもデマーリオは心象を悪くはしなかったらしく、デマーリオもまた笑みを見せてくれた。それから「美しいよ」ととても小さな声で囁いた。

胸の奥のまたその奥まで、デマーリオの言葉が沁み渡る。生涯で最も幸福な思い出をデマーリオと侯爵家から与えられたことに、エリザベートは感謝した。

だからこれ以降の人生で、二度とこんな幸福が訪れなくても、もう大丈夫だと思えた。



デヴュタントを迎えてから、エリザベートは夜会への招待を受ける事が増えた。
執事を通して父に確認をしてもらい、結果的には王家主催の夜会だけが許された。

心をローズに移していても、デマーリオは数少ないエリザベートが出席を許された夜会には、必ずパートナーを務めてくれた。
大抵が揃いの衣装までデマーリオの方で用意をしてくれて、もしかしたら父が代金を払っているのではないかと思ったほどだ。
デマーリオから贈られたていにして、それでエリザベートを慰めて、世間の耳目に対しても良好な婚約関係であると示したいのだろうと深読みする程には、エリザベートの心は幼さを失っていた。

夜会には、父や義家族が参加しているのが常であった。父に参加を絞られているエリザベートと違って、ローズは多くの夜会や舞踏会に参加しているらしかった。彼女はいつも大勢の友人等に囲まれていた。

会場で父達がいれば、デマーリオはそれを見落とすこと無くエリザベートと引き合わせた。

家族であるのに互いに遠慮がある、そんな不思議な関係であった。それをデマーリオが橋渡しをして、義母や異母妹にも挨拶をする。

「お姉様、とてもお美しいわ」

ローズは穏やかな娘だ。喩え半年違いでも妹であるのに、大抵ローズの方から気遣う言葉を掛けてくれた。

だからエリザベートもそれに答えた。

「貴女もとても可愛らしいわ」

そう言えば、父も義母も笑みを浮かべた。デマーリオも嬉しそうにローズを見た。

これで良い。これで良いのだとエリザベートは思う。ストレンジ伯爵家の令嬢で長子でもあるエリザベートは、穏やかな水面に波風を立てるまいと肝に命じていた。だから哀しい程に募るばかりの恋心にも、何とか決着を付けなければならないと思った。

その思いは塵が積もるように日に日に少しずつかさを増して、そのうち魂にこびり付くように忘れ難くなっていた。
何年経とうが一向に距離の縮まらないデマーリオとの関係に、エリザベートは疲弊していた。

そうしていつしか母の強固な護りからも、もう解放されたいと思う様になっていた。

救いの手は、思い掛けないところから差し伸べられた。その頃エリザベートは、淑女学院で得難いえにしと出逢っていた。


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