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【1】
夏の盛りであった。
アリアドネは夕暮れ時に目が覚めた。
覚めてから、自分が夢を見ていたのだと分かった。
長い長い夢だったから、目覚めてからも今いる場所が夢なのか現実なのか、少しの時間考えた程である。
そういえば、
記憶の糸を辿る。
そういえば、熱が出たのではなくて?
そうそう、確かにそうだった。
令嬢方との茶会から戻って、何となくぼおっとする。身体が重く感じて、それから..、そうだわその晩熱が出たのだわ。
少しだけ横になるつもりがあれよあれよという間に身体が火照って、それから侍女や母が慌てて医者を呼んでいた。
はっきり憶えているのはその辺りまでであった。
多分その後は高熱で魘されるか微睡むか、兎に角はっきりした意識の無いままに、長い夢を見たのだろう。
何故夢だと思ったか。
夢の中でアリアドネは、頗る健康であったから。そうして学園の制服を纏っていたから。
今は夏休みで、学園へは通っていない。
制服など着ている筈が無いのだ。
それに。
それにハデス様は私に笑い掛ける事など無いもの。
アリアドネはルーズベリー侯爵家の子女である。一つ下に弟のヘンドリックがおり、家は将来この弟が継ぐ。
長子であっても女子に生まれたアリアドネは家を出て嫁ぐ身であり、当然ながら婚約者がいた。
それがハデスである。
ハデス・レックス・グラントン。
グラントン侯爵家の嫡男である。
ハデスは美しい青年である。
漆黒の髪に極々薄い翠の瞳。宝石に喩えるならペリドットが近いのだが、高位貴族に安価なペリドットはそぐわない。
彼にペリドットは禁忌の様に、アリアドネは勝手に思っていた。
アリアドネも、ハデスと同じく黒髪を持つ。瞳は貴族らしい鮮やかな青で、そんな暗色を纏うためか年齢の割に落ち着いて見られる事が多い。
生家が侯爵家であり、その長子として躾られてきたから尚の事、感情を抑えるのに長けているアリアドネは、学園にあっても面白味の無い令嬢だと思われている事だろう。
学園では、ハデスとアリアドネは同じ学年である。
アリアドネがデヴュタントを控えた年に、ハデスの父が同じ年の令嬢を息子に充てがったのには理由があった。
その頃、ハデスは王太子殿下の側近候補に挙げられていた。条件の一つが婚約者の存在である。
王太子殿下には、同い年の公爵令嬢アンネマリーと云う婚約者がおり、側近候補も皆、揃いも揃って同い年であった。
学園への入学を控えていた事から、婚約者も共に行動出来る様に同じ年が望ましいと思われた。
王太子殿下と公爵令嬢。
側近候補とその婚約者。
同じ年齢で固めて、王太子と側近は当然の事、妃となるアンネマリーに帯同出来る令嬢を見繕っていたのである。
彼らと同じ年齢の高位貴族の令嬢など限られている。まるで総当り戦から篩に掛けられた様に居残ったのがアリアドネであっただけなのである。
互いに望んで婚約した訳ではない。
共に侯爵家の子女であるから、幼い頃よりなんとはなしに存在は知っていた。
ハデスにしても同じだろう。
家にとっても家格は同等、派閥も同じ、大して旨味がある訳でも無い。
次期王太子妃、引いては未来の王妃に近く関わる。父にしてみれば、そちらの方に意義を見出したのではなかろうか。
婚約してもうすぐ二年。
学園も二学年に上がっていた。
けれどもハデスとアリアドネに、婚約者らしい心の交流は未だ芽生えていない。
アリアドネは夕暮れ時に目が覚めた。
覚めてから、自分が夢を見ていたのだと分かった。
長い長い夢だったから、目覚めてからも今いる場所が夢なのか現実なのか、少しの時間考えた程である。
そういえば、
記憶の糸を辿る。
そういえば、熱が出たのではなくて?
そうそう、確かにそうだった。
令嬢方との茶会から戻って、何となくぼおっとする。身体が重く感じて、それから..、そうだわその晩熱が出たのだわ。
少しだけ横になるつもりがあれよあれよという間に身体が火照って、それから侍女や母が慌てて医者を呼んでいた。
はっきり憶えているのはその辺りまでであった。
多分その後は高熱で魘されるか微睡むか、兎に角はっきりした意識の無いままに、長い夢を見たのだろう。
何故夢だと思ったか。
夢の中でアリアドネは、頗る健康であったから。そうして学園の制服を纏っていたから。
今は夏休みで、学園へは通っていない。
制服など着ている筈が無いのだ。
それに。
それにハデス様は私に笑い掛ける事など無いもの。
アリアドネはルーズベリー侯爵家の子女である。一つ下に弟のヘンドリックがおり、家は将来この弟が継ぐ。
長子であっても女子に生まれたアリアドネは家を出て嫁ぐ身であり、当然ながら婚約者がいた。
それがハデスである。
ハデス・レックス・グラントン。
グラントン侯爵家の嫡男である。
ハデスは美しい青年である。
漆黒の髪に極々薄い翠の瞳。宝石に喩えるならペリドットが近いのだが、高位貴族に安価なペリドットはそぐわない。
彼にペリドットは禁忌の様に、アリアドネは勝手に思っていた。
アリアドネも、ハデスと同じく黒髪を持つ。瞳は貴族らしい鮮やかな青で、そんな暗色を纏うためか年齢の割に落ち着いて見られる事が多い。
生家が侯爵家であり、その長子として躾られてきたから尚の事、感情を抑えるのに長けているアリアドネは、学園にあっても面白味の無い令嬢だと思われている事だろう。
学園では、ハデスとアリアドネは同じ学年である。
アリアドネがデヴュタントを控えた年に、ハデスの父が同じ年の令嬢を息子に充てがったのには理由があった。
その頃、ハデスは王太子殿下の側近候補に挙げられていた。条件の一つが婚約者の存在である。
王太子殿下には、同い年の公爵令嬢アンネマリーと云う婚約者がおり、側近候補も皆、揃いも揃って同い年であった。
学園への入学を控えていた事から、婚約者も共に行動出来る様に同じ年が望ましいと思われた。
王太子殿下と公爵令嬢。
側近候補とその婚約者。
同じ年齢で固めて、王太子と側近は当然の事、妃となるアンネマリーに帯同出来る令嬢を見繕っていたのである。
彼らと同じ年齢の高位貴族の令嬢など限られている。まるで総当り戦から篩に掛けられた様に居残ったのがアリアドネであっただけなのである。
互いに望んで婚約した訳ではない。
共に侯爵家の子女であるから、幼い頃よりなんとはなしに存在は知っていた。
ハデスにしても同じだろう。
家にとっても家格は同等、派閥も同じ、大して旨味がある訳でも無い。
次期王太子妃、引いては未来の王妃に近く関わる。父にしてみれば、そちらの方に意義を見出したのではなかろうか。
婚約してもうすぐ二年。
学園も二学年に上がっていた。
けれどもハデスとアリアドネに、婚約者らしい心の交流は未だ芽生えていない。
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