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「アリアドネ嬢。泣きたいの?」
「え?」
ロジャーの言葉にアリアドネは驚いた。
そうして思った。
そうなのかも知れない。
私、泣きたい気持ちだったのかも知れない。
アリアドネは傷付いていた。
初めて会った日から、ハデスはアリアドネに興味を示さなかった。アリアドネは寄り添おうと気も遣ったし努力もした。それでもハデスはハデスで変わる事は無かった。まるで彼は互いが知り合い馴染み合うのを望んでいない様に見えた。
初めて会った日に話した内容なんて、まるで貴族名鑑さながらの人物紹介で、そんなのはアリアドネに直接会わなくても、人に聞けば分かる様な、そんな程度の会話であった。
アリアドネはハデスの事を全然知らない。好きな色も、好きな食べ物も、趣味も志向も人と成りも。
ハデスが、アリアドネとそれからの人生を共に生きることを望んでいるのかも。
「私、多分、傷付いたのね。好きになってもらえそうに無くって、それで傷付いてしまったから、もうこれ以上傷付きたくなくって、それで辞めてしまいたいと。逃げたくなっちゃったのね。」
ロジャーはやはり聞き上手であった。
アリアドネの感情の糸口を、ほんのちょっと解いてくれた。後はアリアドネがその糸口を掴めば、するすると解けて容易く手繰り寄せる事が出来た。
「ロジャー様、有難うございます。分かっていたのだけれど、いざ口に出すと思った以上に惨めになっちゃうものね。でも、そろそろ本当に諦め時だったの。パトリシアと話している内にそう気が付いて。父に話すべきだと思っていたところなの。」
「僕が何か言える事は無いけれど、二人にとって良い方向に行くといいね。」
ロジャーは至極当然の事を言った。けれどアリアドネは、その感情を入れない言葉に救われる様な気がした。
「それで、ロジャー様。相談なのですけど。」
心の靄に辿り着いて解決すべく気持ちが定まって、どこかすっきりしたアリアドネは漸く本題に入った。
「ロジャー様。貴方に手伝って欲しい事があるの。」
そこでアリアドネは、パトリシアから聞いた一連の話しの内容を語って聞かせた。
昼間の食堂での出来事を見た後だったから、ロジャーの理解は早かった。そうして正しく理解をしてくれた。
「何だか気持ちの悪い令嬢だな。」
「気持ちの悪い。解る気がするわ。」
「だろう?何だろうな、ああ云う女性は商売人にはいるのかも知れないが。」
「商売、」
「酒場や春を売る女性とか。」
「あ、え、ええ。」
「だが、それともどこか違う。」
「何か?」
「うん。何と言うか、得体の知れない気持ち悪さかな。まあ、話しは解った。僕に出来る事なら手伝うよ。今日みたいな報告会で良いかな?」
「ふふ、報告会ですって。何だか格好良い響きだわ。」
「格好良いのは君だよ。」
「え?」
「昼間の君、凄く格好良かった。」
ロジャーの捻りの無い物言いが、直球でアリアドネの心に届いた。
「あれ?アリアドネ嬢、顔が真っ赤だよ。」
「お、お止めになって。からかわないで。」
「ふっ、こんなに可愛いのにね。」
「へ?」
「いや、何でも無いよ。さあ、アリアドネ嬢。報告会は随時?それとも週に一度が良い?」
「そうね。基本週に一度、特大情報は随時、でどうかしら。」
「分かった。そうしよう。今日は水曜日だし、週の中日は丁度良い。水曜日にしないか。」
「ええ。水曜日の報告会ね。とても素敵な響きね。」
ロジャーと分かれてからアリアドネは思った。
楽しかった。とっても。
異性とのお喋りが楽しく思えるなんて初めての経験だわ。言いたい事を言えるって、こんなに心が軽いのね。思うままに話せるって、自由に話題を選べるって、なんて楽しくて心が軽くなって素晴らしい事なのかしら。
幼い頃、幼子のお茶会で覚えたスキップ。ガヴァネスに品が無いからお辞めなさいと注意をされたけど、そのスキップをしてみたい気持ちになる。
迎えの馬車を馬車止まりで待っていた。
馬車はまだ来ない。
キョロキョロ周囲を見渡してみる。
どうやら誰も周囲にいない事を確かめて、アリアドネはその場でスキップしてみた。右の足で地面を蹴って左足を上げて跳ねる。ぴょん、足を替えてぴょん。
ほんの一、二歩のことだけれど、心まで浮足立ってぴょんと跳ねた。
「え?」
ロジャーの言葉にアリアドネは驚いた。
そうして思った。
そうなのかも知れない。
私、泣きたい気持ちだったのかも知れない。
アリアドネは傷付いていた。
初めて会った日から、ハデスはアリアドネに興味を示さなかった。アリアドネは寄り添おうと気も遣ったし努力もした。それでもハデスはハデスで変わる事は無かった。まるで彼は互いが知り合い馴染み合うのを望んでいない様に見えた。
初めて会った日に話した内容なんて、まるで貴族名鑑さながらの人物紹介で、そんなのはアリアドネに直接会わなくても、人に聞けば分かる様な、そんな程度の会話であった。
アリアドネはハデスの事を全然知らない。好きな色も、好きな食べ物も、趣味も志向も人と成りも。
ハデスが、アリアドネとそれからの人生を共に生きることを望んでいるのかも。
「私、多分、傷付いたのね。好きになってもらえそうに無くって、それで傷付いてしまったから、もうこれ以上傷付きたくなくって、それで辞めてしまいたいと。逃げたくなっちゃったのね。」
ロジャーはやはり聞き上手であった。
アリアドネの感情の糸口を、ほんのちょっと解いてくれた。後はアリアドネがその糸口を掴めば、するすると解けて容易く手繰り寄せる事が出来た。
「ロジャー様、有難うございます。分かっていたのだけれど、いざ口に出すと思った以上に惨めになっちゃうものね。でも、そろそろ本当に諦め時だったの。パトリシアと話している内にそう気が付いて。父に話すべきだと思っていたところなの。」
「僕が何か言える事は無いけれど、二人にとって良い方向に行くといいね。」
ロジャーは至極当然の事を言った。けれどアリアドネは、その感情を入れない言葉に救われる様な気がした。
「それで、ロジャー様。相談なのですけど。」
心の靄に辿り着いて解決すべく気持ちが定まって、どこかすっきりしたアリアドネは漸く本題に入った。
「ロジャー様。貴方に手伝って欲しい事があるの。」
そこでアリアドネは、パトリシアから聞いた一連の話しの内容を語って聞かせた。
昼間の食堂での出来事を見た後だったから、ロジャーの理解は早かった。そうして正しく理解をしてくれた。
「何だか気持ちの悪い令嬢だな。」
「気持ちの悪い。解る気がするわ。」
「だろう?何だろうな、ああ云う女性は商売人にはいるのかも知れないが。」
「商売、」
「酒場や春を売る女性とか。」
「あ、え、ええ。」
「だが、それともどこか違う。」
「何か?」
「うん。何と言うか、得体の知れない気持ち悪さかな。まあ、話しは解った。僕に出来る事なら手伝うよ。今日みたいな報告会で良いかな?」
「ふふ、報告会ですって。何だか格好良い響きだわ。」
「格好良いのは君だよ。」
「え?」
「昼間の君、凄く格好良かった。」
ロジャーの捻りの無い物言いが、直球でアリアドネの心に届いた。
「あれ?アリアドネ嬢、顔が真っ赤だよ。」
「お、お止めになって。からかわないで。」
「ふっ、こんなに可愛いのにね。」
「へ?」
「いや、何でも無いよ。さあ、アリアドネ嬢。報告会は随時?それとも週に一度が良い?」
「そうね。基本週に一度、特大情報は随時、でどうかしら。」
「分かった。そうしよう。今日は水曜日だし、週の中日は丁度良い。水曜日にしないか。」
「ええ。水曜日の報告会ね。とても素敵な響きね。」
ロジャーと分かれてからアリアドネは思った。
楽しかった。とっても。
異性とのお喋りが楽しく思えるなんて初めての経験だわ。言いたい事を言えるって、こんなに心が軽いのね。思うままに話せるって、自由に話題を選べるって、なんて楽しくて心が軽くなって素晴らしい事なのかしら。
幼い頃、幼子のお茶会で覚えたスキップ。ガヴァネスに品が無いからお辞めなさいと注意をされたけど、そのスキップをしてみたい気持ちになる。
迎えの馬車を馬車止まりで待っていた。
馬車はまだ来ない。
キョロキョロ周囲を見渡してみる。
どうやら誰も周囲にいない事を確かめて、アリアドネはその場でスキップしてみた。右の足で地面を蹴って左足を上げて跳ねる。ぴょん、足を替えてぴょん。
ほんの一、二歩のことだけれど、心まで浮足立ってぴょんと跳ねた。
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