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【47】
「アリアドネ。聞けばあの娘、学園でも貴女に粗相をしたそうじゃない。」
母は良い機会だとばかりにふわふわファニーについて言及する。
「ええ。まあ。」
「姉上はアンネマリー嬢を庇って頭から水を被ったのですよ、母上。」
「まあ。」「何だと?」
父と母が同時に言う。仲良し夫婦め。
「死にたいの?アンネマリー嬢に手出しをするなど。」
お母様。貴女のお考えこそ真っ当な貴族の考え方です。
「学園の食堂で、食事中であるのにグラス片手に走ってたんです。まるで幼子の有り様ですよ。それが童女の様に可愛らしく見えるらしいんです。」
「それは何処の家の子女等かしら。」
どうやら母はそれらの家と関わりを断つつもりらしい。
「それで、何故アリアドネに接触するのだ。」
「それは父上、ハデス殿が欲しいんだと思いますよ。」
「ハデス殿を?!」
「ええ。姉上がグラスの水で濡れたのを、ハデス殿が、こうジャケットを掛けて抱き寄せて「抱き寄せてだと?」
「貴方、話しの邪魔をしないで頂戴。それで、ヘンドリック、ハデス様はどうなさったの?」
「ええ、母上。ハデス殿が姉上にジャケットを被せて肩を抱き締めて「抱き締めてだと?!」
キッと母に睨まれて父が口籠る。
それからヘンドリック、ハデス様は抱き締めてなんていませんよ!
「まあ、かなり格好良かったんです。それで、令嬢等も騒ぎ出して。そんなだから美しいハデス殿を欲しくなったのでしょう。何しろ元々は殿下を狙っていたのですから。」
「死にたいのね、きっと。」
母の中では、ファニーは自殺願望が強い娘だと認定されたらしい。
「そうでなければ、そんな愚かな真似など。貴方、我が侯爵家も随分甘く見られたものですわね。」
「あ、ああ。抗議文を出そう。モンド子爵家だな?」
「ええ、お父様。彼女はモンド子爵の庶子なのです。それまでは母親と市井にいたのをこの春に子爵に引き取られたのだとか。学園には夏休みの少し前に編入して来た様です。」
「まあ、随分と中途半端な。二、三年はガヴァネスの下で教育を受けるべきね。」
母は至極真っ当な事を言う。
アリアドネは、自分の感覚が正しい事に安堵した。ファニーと同じ空間にいると、そんな当然の事すら曖昧になる。
「それではハデス様に貴女の事をお願いしましょう。あの夜会でも小娘を上手くあしらっておられましたからね。」
母の中では、ファニーは娘→小娘に転落した。
「それで、ヘンドリック。貴方にも注意をして欲しくて。私の弟であるから、何か仕掛けられるのではないか心配なの。それから、貴方お友達が多いでしょう?一年生の間で何か噂が聴こえたら教えて頂戴。」
「ああ、姉上。それならハデス殿からも頼まれていたよ。」
「え、いつの間に。それに貴方、ハデス様とは親しくなかったじゃない。」
「別に不仲ではないよ。姉上を粗末に扱うのは許し難いけど、どうやらそうでもないらしいから。現に殿下のお側を離れてまで帰りも送ると言うんだろう?」
「え、ええ。まあ。」
「グラントン侯爵夫人には私からお礼を言いましょう。未来の娘の義母ですからね。」
話しがどんどん広がっていく。
収拾が付かなくなりそうな頃合いに、食後のお茶が出てきた。間合いを見るのが上手い使用人に、アリアドネは心の中で拍手した。
母に押され気味であった父は、早々にモンド子爵家へ抗議文を出したらしい。
学園でのトラブルは学生の間と目を瞑るも、王城で王侯貴族の面前で受けた自家の令嬢への無礼には、流石の侯爵家もしゃしゃり出るのだぞと知らしめるには十分だったろう。
翌日、早速ハデスは帰りもアリアドネを送ってくれた。
馬車が邸内に入ると、馬車止まりに見慣れない馬車が停まっているのが見えた。
「あの紋。モンド子爵家か。」
ハデスの言葉にアリアドネも馬車を見る。
頭の中で貴族名鑑をパラパラ捲り、確かに紋章が子爵家のものであるのを思い出す。
「私も行こう。」
アリアドネを馬車から降ろして、ハデスは共に邸に入ると言う。
「よろしいのですか?」
「ああ。子爵家が君に接触を図るのだから当然だろう。もしかしたら、あの令嬢がいるかも知れない。」
それは何だかとっても嫌だ。
「宜しくお願いします。」
アリアドネはハデスに一緒にいてもらう事にした。
「アリアドネ嬢、度重なる義妹の無礼、大変失礼した。」
果たして来客はふわふわファニーの義兄であった。
応接室には父と母、何故かヘンドリックも同席していた。対して子爵家からは義兄のクリスが単身で謝罪に訪れていた。
そこへアリアドネとハデスが現れたから、クリスはすっかり小さくなった。
アリアドネもハデスも今は学生であるが、共に侯爵家の子女である。学園とは云へ、子爵家の令嬢が度々難癖を付けて良い相手では無い。
「義妹は今は謹慎させております。一週間ほど学園は休ませようと。」
「まあ。たった一週間?」
「は、はあ。」
「二、三年ではなくて?」
「は、はぁ...。」
母は手厳しい。
「拝見したところ貴族の名を語るには早そうだけれど。オルバーン公爵令嬢にもその様に言われていたでしょう?」
「は、はあ、返す言葉もありません。」
「それでも学園に通わせると?」
「は、はい。その、父が望んでおりまして...。」
「で、今日は何故貴方が。子爵は何処にいるのかしら。」
父が言葉を挟めぬ程に母の追及は止まない。
ヘンドリック、良く見ておくのよ。これが貴族夫人の姿よ!
自身はへなちょこのくせに、アリアドネはヘンドリックに目配せする。
母は良い機会だとばかりにふわふわファニーについて言及する。
「ええ。まあ。」
「姉上はアンネマリー嬢を庇って頭から水を被ったのですよ、母上。」
「まあ。」「何だと?」
父と母が同時に言う。仲良し夫婦め。
「死にたいの?アンネマリー嬢に手出しをするなど。」
お母様。貴女のお考えこそ真っ当な貴族の考え方です。
「学園の食堂で、食事中であるのにグラス片手に走ってたんです。まるで幼子の有り様ですよ。それが童女の様に可愛らしく見えるらしいんです。」
「それは何処の家の子女等かしら。」
どうやら母はそれらの家と関わりを断つつもりらしい。
「それで、何故アリアドネに接触するのだ。」
「それは父上、ハデス殿が欲しいんだと思いますよ。」
「ハデス殿を?!」
「ええ。姉上がグラスの水で濡れたのを、ハデス殿が、こうジャケットを掛けて抱き寄せて「抱き寄せてだと?」
「貴方、話しの邪魔をしないで頂戴。それで、ヘンドリック、ハデス様はどうなさったの?」
「ええ、母上。ハデス殿が姉上にジャケットを被せて肩を抱き締めて「抱き締めてだと?!」
キッと母に睨まれて父が口籠る。
それからヘンドリック、ハデス様は抱き締めてなんていませんよ!
「まあ、かなり格好良かったんです。それで、令嬢等も騒ぎ出して。そんなだから美しいハデス殿を欲しくなったのでしょう。何しろ元々は殿下を狙っていたのですから。」
「死にたいのね、きっと。」
母の中では、ファニーは自殺願望が強い娘だと認定されたらしい。
「そうでなければ、そんな愚かな真似など。貴方、我が侯爵家も随分甘く見られたものですわね。」
「あ、ああ。抗議文を出そう。モンド子爵家だな?」
「ええ、お父様。彼女はモンド子爵の庶子なのです。それまでは母親と市井にいたのをこの春に子爵に引き取られたのだとか。学園には夏休みの少し前に編入して来た様です。」
「まあ、随分と中途半端な。二、三年はガヴァネスの下で教育を受けるべきね。」
母は至極真っ当な事を言う。
アリアドネは、自分の感覚が正しい事に安堵した。ファニーと同じ空間にいると、そんな当然の事すら曖昧になる。
「それではハデス様に貴女の事をお願いしましょう。あの夜会でも小娘を上手くあしらっておられましたからね。」
母の中では、ファニーは娘→小娘に転落した。
「それで、ヘンドリック。貴方にも注意をして欲しくて。私の弟であるから、何か仕掛けられるのではないか心配なの。それから、貴方お友達が多いでしょう?一年生の間で何か噂が聴こえたら教えて頂戴。」
「ああ、姉上。それならハデス殿からも頼まれていたよ。」
「え、いつの間に。それに貴方、ハデス様とは親しくなかったじゃない。」
「別に不仲ではないよ。姉上を粗末に扱うのは許し難いけど、どうやらそうでもないらしいから。現に殿下のお側を離れてまで帰りも送ると言うんだろう?」
「え、ええ。まあ。」
「グラントン侯爵夫人には私からお礼を言いましょう。未来の娘の義母ですからね。」
話しがどんどん広がっていく。
収拾が付かなくなりそうな頃合いに、食後のお茶が出てきた。間合いを見るのが上手い使用人に、アリアドネは心の中で拍手した。
母に押され気味であった父は、早々にモンド子爵家へ抗議文を出したらしい。
学園でのトラブルは学生の間と目を瞑るも、王城で王侯貴族の面前で受けた自家の令嬢への無礼には、流石の侯爵家もしゃしゃり出るのだぞと知らしめるには十分だったろう。
翌日、早速ハデスは帰りもアリアドネを送ってくれた。
馬車が邸内に入ると、馬車止まりに見慣れない馬車が停まっているのが見えた。
「あの紋。モンド子爵家か。」
ハデスの言葉にアリアドネも馬車を見る。
頭の中で貴族名鑑をパラパラ捲り、確かに紋章が子爵家のものであるのを思い出す。
「私も行こう。」
アリアドネを馬車から降ろして、ハデスは共に邸に入ると言う。
「よろしいのですか?」
「ああ。子爵家が君に接触を図るのだから当然だろう。もしかしたら、あの令嬢がいるかも知れない。」
それは何だかとっても嫌だ。
「宜しくお願いします。」
アリアドネはハデスに一緒にいてもらう事にした。
「アリアドネ嬢、度重なる義妹の無礼、大変失礼した。」
果たして来客はふわふわファニーの義兄であった。
応接室には父と母、何故かヘンドリックも同席していた。対して子爵家からは義兄のクリスが単身で謝罪に訪れていた。
そこへアリアドネとハデスが現れたから、クリスはすっかり小さくなった。
アリアドネもハデスも今は学生であるが、共に侯爵家の子女である。学園とは云へ、子爵家の令嬢が度々難癖を付けて良い相手では無い。
「義妹は今は謹慎させております。一週間ほど学園は休ませようと。」
「まあ。たった一週間?」
「は、はあ。」
「二、三年ではなくて?」
「は、はぁ...。」
母は手厳しい。
「拝見したところ貴族の名を語るには早そうだけれど。オルバーン公爵令嬢にもその様に言われていたでしょう?」
「は、はあ、返す言葉もありません。」
「それでも学園に通わせると?」
「は、はい。その、父が望んでおりまして...。」
「で、今日は何故貴方が。子爵は何処にいるのかしら。」
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