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【24】
「婚約者殿。美しいな。」
開口一番にアストリウスはそう言って、アウローラの手を取りその指先に触れるだけの口付けをした。
栗色の髪を結い上げれば、直毛の髪は艷やかな光を帯びて、婚約の祝いに母から譲られた真珠の髪飾りが淡い輝きを添えていた。
光沢のあるアイボリーホワイトのドレスはアウローラを可憐に見せた。こんな柔らかな色を纏う事はデヴュタント以来で、子供の時でさえも無かった様に思う。
黒い草木模様がドレスを縁取り、漆黒のガラスビーズがちらちらと燦くのが美しく見えた。
耳飾りはアストリウスから贈られた黒蝶真珠で、アウローラの肌にグレーを帯びた真珠が良く馴染んでいる。
アストリウスへのお披露目が終わったからと、侍女が気遣ってファーコートを肩に掛けてくれた。
アストリウスの青い瞳に見つめられるのが気恥ずかしい。凍てつく冬の空気も気にならないほど、アウローラは心も身体も火照りを感じた。
雪が散らつく冬の季節に、淡く優しい白を纏うアウローラこそ妖精の様に見えると、侍女は密かに思うのだった。
アストリウスのパートナーであるアウローラは、両親達よりも後に会場入りをした。
入り口で高らかに名を読み上げられて会場に入れば、一斉に射るような視線を感じた。予想以上の眼差しの多さに思わず怯む。それを知ってアストリウスが呪いの言葉を呟いた。「みんなじゃが芋だよ。」
「ふふ、」
あまりにも有りふれたその文句に、余計に可笑しみを感じて笑ってしまう。
年の離れた婚約者は大人の色気を隠しもせずに、露わにした額も凛々しい眉も、その下にある青い瞳も全部がアウローラを魅了した。
国王陛下を筆頭に、王族達が入場すれば、国王陛下が始まりのお言葉を述べられて、それから公爵家を筆頭に王族への挨拶が始まる。
アストリウスにエスコートされるまま、国王夫妻の面前まで進み出て、横目にアストリウスがボウ・アンド・スクレープでお辞儀をするのに合わせてカーテシーで礼をするのに、緊張のあまり身体がぶれそうになる。
それをどうにか堪えて面を上げれば、王妃が『興味津々』と言う顔で、アウローラを見つめていた。そうして少し離れた席から、これまた『興味津々』と言う顔でクロノスがこちらを覗き見している。
頭の中でクロノスにグーパンチをお見舞いして、それからどうにか落ち着きを取り戻した。
「朴念仁が可憐なご令嬢と縁付いたのは誠に目出度い事ね。」
王妃陛下から祝い?と思う言葉を頂戴して、最難関であった王族への挨拶を終える。
「疲れたろう。」
「まだ始まったばかりですわ。」
「私は既に十分疲れた。」
舞踏会は始まったばかり、国王陛下と王妃陛下がダンスを披露するのに見惚れながら、疲れた疲れたと横で言うアストリウスに笑みが漏れる。
こんな風に笑わせて、アウローラの緊張を解してくれているのだろう。そうして多分、本当にほんのちょっぴり疲れているのかもしれない。八歳も年上の婚約者の、こんなところを可愛いと思える事すら嬉しかった。
「一曲どう?」
「ダンスは上手く踊れないのです。」
アウローラはダンスが苦手である。
元々夜会の経験も少ないし、ミネットに心を傾けるトーマスとのダンスは、どこかお互い壁を作ってしまって楽しみたいのに楽しめなかった。
「私だって苦手だよ。けれどもこうでもしなければ君に触れる許可が出ない。」
「な、な、何を、」
「我ながらかなり頑張ってドレスを作らせた。ちょっとくらい見せびらかしても良いだろ?」
「私なんて、」「可愛いじゃないか。」
可愛いだなんて、そんな事を言われるのはミネットの専売特許で、アウローラとは無縁の言葉である。
「さあ、未来の奥さん、行くよ。」
もう、絶対揶揄っているに違いないアストリウスに手を引かれて、ダンスホールに歩み出た。
「ワ、ワルツくらいしか踊れませんっ」
「安心して。ワルツしか演奏されない。」
「嘘つき」
「嘘か本当か聴いてごらん。」
涼しい顔でアウローラを誘って、アストリウスは中央まで進み出た。貴族達がこちらを見ている。頬が紅く染まってしまうのが見ずとも解る。
「アストリウス様、」
思わずアストリウスを見上げれば、
「その眼差しは危険だな。」
アストリウスはアウローラの耳元で囁いた。吐息が耳朶に触れて思わず身震いしたくなる。頬も首も露わになった肩まで熱くなった。
アストリウスがアウローラの背に手を添える。ドレスの背中は剥き出しで、素肌にアストリウスの体温が手袋越しに伝わって来る。
楽団が曲を奏で始めた。ワルツであった。「ね?言った通りだろう?」
そう言ってアストリウスが背中に添えた手でアウローラを誘導する。
アウローラはその手に誘われるまま半歩後ろに下がり、そうして一歩前進してからはもう何も考えられなくなってしまった。
気が付けばスピンターンをして、気が付けばプロ厶ナードポジションに、そうして気が付けばクローズして、それからゆったりとオーバースウェイで胸を反らせた。
全てがアストリウスが背中に添えた手に誘われて、もう頭の中でステップを考える余裕は無かった。終いには、アストリウスだけを信じて闇雲に身を委ねた。
曲が終ってクローズドポジションに戻り見つめ合う。
「出来たじゃないか。上手いもんだよ。」
大人の男はまるで唇が触れてしまうのではないかと思うほど顔を寄せて囁いた。
「馬鹿っ」
思わず口をついた言葉が照れ隠しであるのを全て解って、アストリウスは青い瞳を細めてアウローラを見下ろした。
開口一番にアストリウスはそう言って、アウローラの手を取りその指先に触れるだけの口付けをした。
栗色の髪を結い上げれば、直毛の髪は艷やかな光を帯びて、婚約の祝いに母から譲られた真珠の髪飾りが淡い輝きを添えていた。
光沢のあるアイボリーホワイトのドレスはアウローラを可憐に見せた。こんな柔らかな色を纏う事はデヴュタント以来で、子供の時でさえも無かった様に思う。
黒い草木模様がドレスを縁取り、漆黒のガラスビーズがちらちらと燦くのが美しく見えた。
耳飾りはアストリウスから贈られた黒蝶真珠で、アウローラの肌にグレーを帯びた真珠が良く馴染んでいる。
アストリウスへのお披露目が終わったからと、侍女が気遣ってファーコートを肩に掛けてくれた。
アストリウスの青い瞳に見つめられるのが気恥ずかしい。凍てつく冬の空気も気にならないほど、アウローラは心も身体も火照りを感じた。
雪が散らつく冬の季節に、淡く優しい白を纏うアウローラこそ妖精の様に見えると、侍女は密かに思うのだった。
アストリウスのパートナーであるアウローラは、両親達よりも後に会場入りをした。
入り口で高らかに名を読み上げられて会場に入れば、一斉に射るような視線を感じた。予想以上の眼差しの多さに思わず怯む。それを知ってアストリウスが呪いの言葉を呟いた。「みんなじゃが芋だよ。」
「ふふ、」
あまりにも有りふれたその文句に、余計に可笑しみを感じて笑ってしまう。
年の離れた婚約者は大人の色気を隠しもせずに、露わにした額も凛々しい眉も、その下にある青い瞳も全部がアウローラを魅了した。
国王陛下を筆頭に、王族達が入場すれば、国王陛下が始まりのお言葉を述べられて、それから公爵家を筆頭に王族への挨拶が始まる。
アストリウスにエスコートされるまま、国王夫妻の面前まで進み出て、横目にアストリウスがボウ・アンド・スクレープでお辞儀をするのに合わせてカーテシーで礼をするのに、緊張のあまり身体がぶれそうになる。
それをどうにか堪えて面を上げれば、王妃が『興味津々』と言う顔で、アウローラを見つめていた。そうして少し離れた席から、これまた『興味津々』と言う顔でクロノスがこちらを覗き見している。
頭の中でクロノスにグーパンチをお見舞いして、それからどうにか落ち着きを取り戻した。
「朴念仁が可憐なご令嬢と縁付いたのは誠に目出度い事ね。」
王妃陛下から祝い?と思う言葉を頂戴して、最難関であった王族への挨拶を終える。
「疲れたろう。」
「まだ始まったばかりですわ。」
「私は既に十分疲れた。」
舞踏会は始まったばかり、国王陛下と王妃陛下がダンスを披露するのに見惚れながら、疲れた疲れたと横で言うアストリウスに笑みが漏れる。
こんな風に笑わせて、アウローラの緊張を解してくれているのだろう。そうして多分、本当にほんのちょっぴり疲れているのかもしれない。八歳も年上の婚約者の、こんなところを可愛いと思える事すら嬉しかった。
「一曲どう?」
「ダンスは上手く踊れないのです。」
アウローラはダンスが苦手である。
元々夜会の経験も少ないし、ミネットに心を傾けるトーマスとのダンスは、どこかお互い壁を作ってしまって楽しみたいのに楽しめなかった。
「私だって苦手だよ。けれどもこうでもしなければ君に触れる許可が出ない。」
「な、な、何を、」
「我ながらかなり頑張ってドレスを作らせた。ちょっとくらい見せびらかしても良いだろ?」
「私なんて、」「可愛いじゃないか。」
可愛いだなんて、そんな事を言われるのはミネットの専売特許で、アウローラとは無縁の言葉である。
「さあ、未来の奥さん、行くよ。」
もう、絶対揶揄っているに違いないアストリウスに手を引かれて、ダンスホールに歩み出た。
「ワ、ワルツくらいしか踊れませんっ」
「安心して。ワルツしか演奏されない。」
「嘘つき」
「嘘か本当か聴いてごらん。」
涼しい顔でアウローラを誘って、アストリウスは中央まで進み出た。貴族達がこちらを見ている。頬が紅く染まってしまうのが見ずとも解る。
「アストリウス様、」
思わずアストリウスを見上げれば、
「その眼差しは危険だな。」
アストリウスはアウローラの耳元で囁いた。吐息が耳朶に触れて思わず身震いしたくなる。頬も首も露わになった肩まで熱くなった。
アストリウスがアウローラの背に手を添える。ドレスの背中は剥き出しで、素肌にアストリウスの体温が手袋越しに伝わって来る。
楽団が曲を奏で始めた。ワルツであった。「ね?言った通りだろう?」
そう言ってアストリウスが背中に添えた手でアウローラを誘導する。
アウローラはその手に誘われるまま半歩後ろに下がり、そうして一歩前進してからはもう何も考えられなくなってしまった。
気が付けばスピンターンをして、気が付けばプロ厶ナードポジションに、そうして気が付けばクローズして、それからゆったりとオーバースウェイで胸を反らせた。
全てがアストリウスが背中に添えた手に誘われて、もう頭の中でステップを考える余裕は無かった。終いには、アストリウスだけを信じて闇雲に身を委ねた。
曲が終ってクローズドポジションに戻り見つめ合う。
「出来たじゃないか。上手いもんだよ。」
大人の男はまるで唇が触れてしまうのではないかと思うほど顔を寄せて囁いた。
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