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【39】
「アストリウス様。」
その声は、ダンスの伴奏が終わった途端耳に届いた。
相変わらずダンスが苦手なアウローラであったから、またもや距離の近いアストリウスに翻弄されながらの必死なダンスタイムであった。必死になりながら、それがとても楽しく思えた。
年明け最初の舞踏会であるから演奏される曲調も軽やかで、絶対調子に乗っているだろうアストリウスはやたらとスピンやターンを繰り返して、アウローラは目が回ってしまうところだった。
曲が終わったら文句を言おうと思いながら、この曲がずっと続いてくれた良いのにと思ったりもした。
曲が終わり元のポジションに戻ってアストリウスを見上げた。アストリウスは既にアウローラを見下ろしており、二人はそこで視線を絡めた。その途端、アストリウスの名を呼ばれた。
「ミネット?」
アウローラは声のした方を見る。アストリウスの肩越しに、レモンイエローのドレスを纏ったミネットが見えていた。
ダンスに興じていた人集りを器用にすり抜けて、軽やかな足取りでこちらに向かって来るミネットは、もうそれだけでステップを踏んでいるように可憐に見えた。
トーマスはどうしたのかと探し見れば、ミネットを追うように後からトーマスが付いてくる。
「アストリウス様っ」
息を弾ませ頬を赤らめ、ミネットがアストリウスを見上げた。
「踊って頂いても宜しいでしょうか。」
ミネットは、はにかみながら微笑んでアストリウスにダンスを願った。そうして、
「お姉様、構わないでしょう?」と、そこで漸くアウローラへ顔を向けた。
「ミネット、失礼を言ってはいけないよ。」
ミネットの後ろからトーマスが言う。その声音はいつもと変わらない穏やかなものに聴こえた。
アストリウスは直ぐには返事を返さない。それはアウローラを気にしているからだろう。アウローラは、家族のことでアストリウスを困らせたくはなかった。
「アストリウス様、妹の我が儘にお付き合い頂いても宜しいでしょうか。」
「君が良ければ私は構わないよ。」
「お姉様、我が儘なんかではなくてよ?アストリウス様だって構わないと仰っているわ。」
周りは次の演奏が始まるのを待っている。ここで立ち往生していても邪魔になるだろう。
「アストリウス様、ミネットを宜しくお願い致します。」
そう言って、アウローラが壁際へ移動しようとダンスホールから歩き出したその時に、
「アウローラ、私と一曲お願いしても良いかな?」
トーマスからダンスのお誘いを受けた。
トーマスは元のアウローラの婚約者で、二人は幼い頃からダンスの練習相手でもあった。ダンスばかりではない。色んな事を一緒に体験して育って来た。
「貴方も良く知っていると思うけれど、私はダンスが下手くそよ。足を踏んじゃっても文句は受け付けなくてよ?」
「承知した。」
アストリウスとミネットの後を追うようにダンスホールへ進み出る。慣れた姿勢、慣れた背の高さ。慣れた視線の先で、彼はいつだってミネットを探していた。
懐かしい思い出と切ない記憶。トーマスと過ごす時間には、いつもミネットの影があった。
「ミネットがすまない。」
トーマスが、踊りながら言うのにアウローラは思わずその顔を見上げた。
「君に、謝りたかった。」
トーマスはアウローラを見下ろしていた。こんな間近で向かい合うのは、いつぶりのことだろう。
「今更よ、だってミネットですもの、解るでしょう。だからミネットをお願いね。」
聖夜の晩の、階下での会話は聞かなかった事にして、アウローラはミネットを託す。
「ミネットは、貴方でなければ駄目なのよ。貴方でなければ愛し抜けないわ。」
「君は、幸せそうで良かった。」
「え?そう見えるのかしら。」
「あの御方なら、きっと君を幸せにしてくれるよ。」
「私、幸せにして欲しい訳ではないのよ。私と一緒にいる人が、幸せだと思ってほしいの。私はミネットの様に気立てが良い方ではないし、可愛げも無いでしょう?」
「確かに可愛げは無かったかな。」
「言ったわね。」
「頑張り屋で辛抱強くて、弱音なんて言わなかった。」
「それってやっぱり可愛げが無いわね。」
「君は美しかったよ。そして何だか儚げだった。」
「そんな軟な性格でないのは、貴方だって良く解っているでしょう。」
「君がどんな風に過ごしているのか、ここ数年の君をよく知らないんだ。ミネットばかり見ていたから。」
「確かにそうだったわね。」
もうすぐ演奏は終わりを迎える。
トーマスの肩越しにミネットのレモンイエローのドレスが見えた。黒髪の背の高い姿を探す。
トーマスとこんな会話を交わすのも、これで最後になるだろう。
「トーマス様。ミネットと、どうかお幸せに。」
「うん。君も。」
曲が終わって向き合ったまま、アウローラはトーマスを見上げた。淡い翠の瞳に微笑む。我が儘気ままなミネットを、トーマスは上手く導くだろう。ミネットは、きっとトーマスから離れない。トーマスでなければ駄目なのだと、きっとミネット自身が解っているのだと思う。
トーマスがミネットを迎えに行く。ミネットがトーマスに気が付いて、そうして馴染んだ世界に戻った様に差し出された腕に手を掛けた。
アウローラは二人の姿を見つめていたから、アストリウスが側にいるのに気付くのが遅れてしまった。
「ただいま、婚約者殿。」
腰に手を添えられて、思わず飛び上がるところだった。
「冷たいな。私を忘れていただろう。」
耳元で囁かれて頬が染まる。
「帰ろうか。そろそろ二人きりになりたいな。」
トーマスがミネットの手綱を握るように、アウローラはアストリウスにすっかり心を鷲掴みにされていると、煌びやかな王宮に背を向けながらそう思った。
その声は、ダンスの伴奏が終わった途端耳に届いた。
相変わらずダンスが苦手なアウローラであったから、またもや距離の近いアストリウスに翻弄されながらの必死なダンスタイムであった。必死になりながら、それがとても楽しく思えた。
年明け最初の舞踏会であるから演奏される曲調も軽やかで、絶対調子に乗っているだろうアストリウスはやたらとスピンやターンを繰り返して、アウローラは目が回ってしまうところだった。
曲が終わったら文句を言おうと思いながら、この曲がずっと続いてくれた良いのにと思ったりもした。
曲が終わり元のポジションに戻ってアストリウスを見上げた。アストリウスは既にアウローラを見下ろしており、二人はそこで視線を絡めた。その途端、アストリウスの名を呼ばれた。
「ミネット?」
アウローラは声のした方を見る。アストリウスの肩越しに、レモンイエローのドレスを纏ったミネットが見えていた。
ダンスに興じていた人集りを器用にすり抜けて、軽やかな足取りでこちらに向かって来るミネットは、もうそれだけでステップを踏んでいるように可憐に見えた。
トーマスはどうしたのかと探し見れば、ミネットを追うように後からトーマスが付いてくる。
「アストリウス様っ」
息を弾ませ頬を赤らめ、ミネットがアストリウスを見上げた。
「踊って頂いても宜しいでしょうか。」
ミネットは、はにかみながら微笑んでアストリウスにダンスを願った。そうして、
「お姉様、構わないでしょう?」と、そこで漸くアウローラへ顔を向けた。
「ミネット、失礼を言ってはいけないよ。」
ミネットの後ろからトーマスが言う。その声音はいつもと変わらない穏やかなものに聴こえた。
アストリウスは直ぐには返事を返さない。それはアウローラを気にしているからだろう。アウローラは、家族のことでアストリウスを困らせたくはなかった。
「アストリウス様、妹の我が儘にお付き合い頂いても宜しいでしょうか。」
「君が良ければ私は構わないよ。」
「お姉様、我が儘なんかではなくてよ?アストリウス様だって構わないと仰っているわ。」
周りは次の演奏が始まるのを待っている。ここで立ち往生していても邪魔になるだろう。
「アストリウス様、ミネットを宜しくお願い致します。」
そう言って、アウローラが壁際へ移動しようとダンスホールから歩き出したその時に、
「アウローラ、私と一曲お願いしても良いかな?」
トーマスからダンスのお誘いを受けた。
トーマスは元のアウローラの婚約者で、二人は幼い頃からダンスの練習相手でもあった。ダンスばかりではない。色んな事を一緒に体験して育って来た。
「貴方も良く知っていると思うけれど、私はダンスが下手くそよ。足を踏んじゃっても文句は受け付けなくてよ?」
「承知した。」
アストリウスとミネットの後を追うようにダンスホールへ進み出る。慣れた姿勢、慣れた背の高さ。慣れた視線の先で、彼はいつだってミネットを探していた。
懐かしい思い出と切ない記憶。トーマスと過ごす時間には、いつもミネットの影があった。
「ミネットがすまない。」
トーマスが、踊りながら言うのにアウローラは思わずその顔を見上げた。
「君に、謝りたかった。」
トーマスはアウローラを見下ろしていた。こんな間近で向かい合うのは、いつぶりのことだろう。
「今更よ、だってミネットですもの、解るでしょう。だからミネットをお願いね。」
聖夜の晩の、階下での会話は聞かなかった事にして、アウローラはミネットを託す。
「ミネットは、貴方でなければ駄目なのよ。貴方でなければ愛し抜けないわ。」
「君は、幸せそうで良かった。」
「え?そう見えるのかしら。」
「あの御方なら、きっと君を幸せにしてくれるよ。」
「私、幸せにして欲しい訳ではないのよ。私と一緒にいる人が、幸せだと思ってほしいの。私はミネットの様に気立てが良い方ではないし、可愛げも無いでしょう?」
「確かに可愛げは無かったかな。」
「言ったわね。」
「頑張り屋で辛抱強くて、弱音なんて言わなかった。」
「それってやっぱり可愛げが無いわね。」
「君は美しかったよ。そして何だか儚げだった。」
「そんな軟な性格でないのは、貴方だって良く解っているでしょう。」
「君がどんな風に過ごしているのか、ここ数年の君をよく知らないんだ。ミネットばかり見ていたから。」
「確かにそうだったわね。」
もうすぐ演奏は終わりを迎える。
トーマスの肩越しにミネットのレモンイエローのドレスが見えた。黒髪の背の高い姿を探す。
トーマスとこんな会話を交わすのも、これで最後になるだろう。
「トーマス様。ミネットと、どうかお幸せに。」
「うん。君も。」
曲が終わって向き合ったまま、アウローラはトーマスを見上げた。淡い翠の瞳に微笑む。我が儘気ままなミネットを、トーマスは上手く導くだろう。ミネットは、きっとトーマスから離れない。トーマスでなければ駄目なのだと、きっとミネット自身が解っているのだと思う。
トーマスがミネットを迎えに行く。ミネットがトーマスに気が付いて、そうして馴染んだ世界に戻った様に差し出された腕に手を掛けた。
アウローラは二人の姿を見つめていたから、アストリウスが側にいるのに気付くのが遅れてしまった。
「ただいま、婚約者殿。」
腰に手を添えられて、思わず飛び上がるところだった。
「冷たいな。私を忘れていただろう。」
耳元で囁かれて頬が染まる。
「帰ろうか。そろそろ二人きりになりたいな。」
トーマスがミネットの手綱を握るように、アウローラはアストリウスにすっかり心を鷲掴みにされていると、煌びやかな王宮に背を向けながらそう思った。
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